114帖 予期せぬはなし。
『今は昔、広く
長岡さんの真剣な眼差しに、僕は少々緊張してしもた。
「えっと来年、『
「はぁ」
「四姑娘山は六千二百五十メートルなんやけど、他にも五千メートル級の
僕は頭の中では、チャイナドレスを来た綺麗な四人姉妹のおとぎ話を勝手に想像してた。末っ子の四姑娘が一番高いんかぁ……。
「ほいじゃけー、もし良かったら北野くんも一緒に行かへんかなぁと思うて」
「おおー、いいっすね。何か面白そうですやん」
「ほんまにぃ。そう思てくれるんやったら……、ほんま言うたら是非来て欲しいと思いよるんよ」
「へっ?」
「いやね、僕らぁ本隊は何日も掛けて山頂をアタックするんじゃが、毎日トレッキングするのも飽きるやろし、トレッキング隊の人には山頂アタックの日まで滅多に来れんこの辺の観光も入れたらええかなゆぅて思うたんよー」
「なるほど。それやったら山も砂漠のオアシスも楽しめますよね」
「ほうじゃろ。じゃけぇ僕はこうして下見に来てるが本番は山に登っとって案内でけんが、もし良かったら北野くんがトレキング隊の現地案内係をやって貰えたら嬉しいなと思うとったんよ」
「おお、ええですやん。僕、やりますよ」
「ほうかぁ。それじゃったら僕も助かるけーの。それに案内係ってことで多少は参加費もオマケできるけぇね」
「そんなんええですよ。僕、また来たいと思てたんです。それに山も見れるし、最高ですわ」
「そう言ぅてくれるんやったら僕も嬉しゆわ。ほいじゃ一応、僕らのスタッフに入って貰うっちゅうことでええか?」
「はい、是非お願いします。がんばりますわ。そやけど……、取り敢えずパキスタン行って、ほんで行けたらイラクまで行きたいんで日本にいつ戻るか判らんのですけど」
「そがぁなん構へんで。トレッキング隊の事が実際に動くんは来年、年明けてからやから」
来年かぁ、日本に帰ってるんやろか。いや、今年中には帰らんとあかんな。
「分かりました。ほんなら宜しくお願いします」
と言うと長岡さんは握手をしてくれ、広島の連絡先と僕の連絡先を交換し、大まかな打ち合わせをした。その後、
こんな日本から遠く離れたカシュガルでまさかの思い掛け無い話やけど、めっちゃ楽しみになって気持ちは高揚してきた。
それに、またパリーサに会えるってことやん。パリーサは笑顔で話は聞いてたけど多分何にも分かってへんと思うし、僕は嬉しなってこの事をパリーサに英語で伝える。
「パリーサ」
「なーに?」
「僕はパキスタンに行って……ほんで日本に帰ったら、また来年、トルファンに来るわ」
「ええっ。ホントに!」
「おお、ほんまや。また来る。長岡さんと一緒に中国に来るから、ほんでトルファンにも行くねん」
パリーサはまだ状況を把握できてないらしく不思議そうな顔をして長岡さんに尋ね、長岡さんはパリーサに英語で丁寧に説明してくれた。それを聞いたパリーサは大げさに喜ぶかと思てたけど、そやのうて静かに笑みを浮かべ喜びを噛みしめる様に頷いてた。その反応にちょっともの足なさもあったけど、ほんまに嬉しそうなんが僕にはしっかり伝わってきた。
「そうや、長岡さん。パリーサはトルファンに住んでて英語も話せるし、それにトルファンのホテルに勤めてるんですわ。そやし、いろいろと現地で世話してくれまっせ」
「そうなんだんじゃ。そりゃぁ何かと助かるなぁ。パリーサさん、よろしゅうじゃ」
「パリーサも手伝ってやって」
「はい、いいですよ。ガンバリマス」
と日本語で答えてた。
その後も長岡さんとは飯を食べながら山の話で盛り上がった。別れ際に長岡さんが思い出した様に、「明後日の
長岡さんと別れて僕らはホテルに戻った。
5階でエレベータを降りるとパリーサは部屋まで突然走り出し、鍵を開けて入る。僕も遅れて部屋に入り扉を閉めると、スカーフを外したパリーサが僕の胸に飛び込んできた。さっきまでと違ごて堰を切った様に感情をだしてきた。
「すごいわ。すごいわ……」
と歓喜の声を上げてた僕の胸に顔を擦り付けてきた。「どうしたんや」と聞くと僕から離れ、クルクル回って踊り出す。ウイグル語で何か叫びながら気持ちを表現してるみたいや。
「だって、奇蹟だわ。うふふ」
部屋中をまるでアメリカのミュージカル映画の様に鼻歌を歌いながら駆け回る。僕はソファーに座ってそれを眺めてた。一通り部屋を巡るとパリーサも僕の横に座り、腕にしがみついてきた。
「なんてことなの。本当は、もう会えないんじゃないかと思ってたのよ。また会えるなんて……、こんな素晴らしいことはないわ。最高よ!」
と、めっちゃ嬉しそうな顔で僕に話しかけてきた。
最高の笑顔で僕に微笑み掛けてくる。
「僕もめっちゃうれしいで。ほんまに楽しみやなぁ」
「私も。これでトルファンに帰っても……、悲しくないわ」
「また会えるで。1年後やけど……」
と言うと俄にパリーサの顔が崩れだす。「えっ!」と思うくらい、さっきまでの笑顔が曇り、そしてくしゃくしゃの顔になって声を上げて泣き出しだ。「どうしたんや」となんべん訪ねても答えは無く、そのまま泣き続けた。
そんなパリーサを僕は抱きしめて背中を擦った。なんか今まで我慢してたもんが切れた様に、小さい子どもの様に身体を震わせて泣き崩れてた。顔はくしゃくしゃやったけど、それも愛おしく思えてしまう。僕はパリーサをギュッと抱きしめ、パリーサの思うようにさせた。今朝、僕がパリーサにして貰ろた様に。
それでもしばらくすると泣き止み、涙を拭きながら少し笑顔で「シャワーを浴びてくるわ」と言うと、着替えを持ってシャワールームに向かう。
入れ替わりに僕もシャワーを浴びる。僕がシャワーから出てくると、パリーサはベッドの中に居った。
僕は窓を開け、夜風に当たりながら来年のトレッキングの事を考えてた。それと
「シィェンタイ、こっちへ来て」
てっきり寝てるんやと思てたパリーサが呼んできた。僕は窓を締め、タオルを干してベッドに潜り込む。パリーサは笑顔で僕を迎え入れると、背中に手を回してきた。僕も腕枕をしてパリーサの背中を擦る。
パリーサは嬉しそうにニヤニヤ微笑んでたけど、その次の瞬間には涙顔に変わってた。涙を堪えてる様やったけど、それも耐えきれん様になってかまた泣き出してしもた。
声を出して泣くパリーサ。
また会えるけど、それは一年後の事やし、複雑な気持ちやったんやと思う。僕はただ「大丈夫やで、大丈夫」と励ます様にパリーサの背中を優しく撫でるしかなかった。
パリーサは息をつまらせ咽ながらも小声で、
「離さないで、シィェンタイ」
「うん、離さへん」
「私……、シィェンタイのこと、好きです」
と日本語で言うてきた。僕も隙かさず、
「僕も好きやで」
と返す。
パリーサは「
僕はグイッとパリーサを引き寄せ、
「
と泣き止むまで何度も何度も呟いてた。
そうしてるうちにパリーサも僕も、深い眠りについてた。
つづく
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