113帖 泣いた後には、
『今は昔、広く
僕はパリーサを抱きしめ、ずっと泣いてた。涙こそ今は枯れてしもたけど、心は弱ってた。時々襲ってくる身体の震えをパリーサは何も言わんと背中を擦って受け止めてくれた。
何で泣いてるか聞かれたら余計に辛くなるんを分かってんのか、何も言わんとただただ僕を抱きしめ、笑顔で見守っててくれたんやと思う。それが嬉しくて僕は心が安まるまで甘え続けた。
そうしてるうちに、「こんな事してたらちょっと恥ずかしいなぁ」と思えるほど心に余裕が出てきた僕は、パリーサに散歩に出ようと提案した。パリーサはやっぱり何も聞かず「うん」とだけ返事をして外出の準備をする。
髪の毛を括り直しスカーフを被り身だしなみを整えるパリーサを眺めながら僕は「ありがとう」と心の中で呟いてた。
「そうだわ。あれを食べてから行きましょう」
パリーサは多賀先輩がくれた袋からイチジクを取り出し、皮を剥いて食べさせてくれた。まるで子ども扱いやったけど素直に甘えた。食欲は無かったのに大好物のイチジクやってし食べてみると甘くて少し酸味があって日本のものより美味しく思て、2つ、3つとペロッと食べてしもた。
パリーサも一緒に食べては「美味しいね」と言うて微笑んでる。その笑顔は、更に僕の心を落ち着かせ、元気を与えてくれた。パリーサが傍に居ってくれたお陰で僕はなんとか救われた。
外へ出た僕らは別に何処へ行くとも相談もせずに歩いてた。足はなんとなくホテルから近いアーケードのあるバザールに向かってた。昨日、大きなバザールがあったにも関わらず、今日も大勢の人で賑わってた。何を見るとか何を買うとかの目的もなしにただブラブラと歩いてたけど、それだけでも楽しかった。現実に戻って来て少し気が楽やった。
僕らは、面白そうなもんが見つかれば手に取ってみたり、美味しそうなもんがあれば1つだけ買うて二人で分けて食べてた。
バザールの雑踏の中をパリーサの後ろ姿を見ながら歩いてると、あと3日でお別れやと思うと、やっぱりこれからが不安になってきた。パリーサが居らん様になったら、僕は大丈夫なんやろか。多分これからもっと辛いことがあるかも知れんのにそん時はどうしたらええんやろと思うと、無理やと分かっててもパリーサを一緒に連れていく方法は無いやろかと考えては「無理やなぁ」と思て余計不安になって歩いてた。
ある雑貨屋の軒先に例の職人街で作ってた玩具を見つけた。あの工房で見た玩具にちゃんと着色されて完成した状態で売ってる。僕としては素地のままの方が木の温もりもあってええのにと思たけど、中国の人は派手な色に塗られたこっちの方がウケるんやろ。パリーサに声を掛けると嬉しそうにいろいろな玩具を手にして選んでた。そやけど結局あの工房で見た玉の付いてるカタカタと音が鳴るのを気に入ってたんでそれを購入した。たった8元やったけど、パリーサは物凄く喜んでくれてる。
「そんなに言わんでもええで。今日のお礼やから。ありがとうな、パリーサ」
「なに? 今日のお礼って」
「さっきホテルに居った時に、パリーサが僕を癒やしてくれたから……」
「そうなの。私はシィェンタイと一緒に居たかっただけたよ」
と軽く言われると、ますます離れがたく思ってしまう。だれも居らんかったらすぐにでもパリーサを抱きしめたかったけどそれはできんし、どうしようもない思いを断ち切るんが結構大変やった。それでも僕はできるだけの事はしようと思てパリーサに話しかけた。
「これ以外に、何か要るもんはないんか?」
「要るものって」
「パリーサは、カシュガルで何か買いたいもんがあったんとちゃうん。要るもんがあったら買うで」
「ううん。別に買いたい物はないのよ」
「ほんでも折角カシュガルまで来たんやし、要るもんがあったら言うてや」
「何も要らないのよ。ただ、シィェンタイについて来たかっただけだから」
なんちゅう子や! こんな僕をそこまで想ってくれてるとは……。
パリーサが可愛く思えてしかたがなかった。あと3日。僕はしっかり思い出を作ろうと改めて決心した。
アーケードバザールを抜け、僕らは
僕は3日前に会うたあのロバ車のおじいさんを探してた。どこかええとこに連れてってくれるような気がしてた。呑み終えた後も暫く石段に座って探してたけど、そんなにタイミング良く現れることは無かった。逆に、若い兄ちゃんが「観光、行くね!」としつこく誘てきたんで、パリーサに断って貰ろてその場を去った。
帰りにまた水の無い池の広場を通ってみる。数人の子ども達が集まって遊んでたけど、僕らを見付けると屈託の無い笑顔で走って寄ってきた。もちろんあの兄妹も居った。妹は昨日と全く同じ服装で汚れも同じとこに着いてた。貧しい身なりやけど目の輝きは綺麗やった。大人になったらパリーサみたいに綺麗になるんやろうなと思ってたら、お兄ちゃんが僕の前に来て訴えてくる。
「学校行ってきたで。そやし、お兄ちゃん、遊ぼ! 今日は何をしてくれるんや」
パリーサも目を輝かせてた。
「よっしゃー。ほんなら棒倒しでもしよか」
広場の片隅で砂を集め山を作る。流石、砂漠のオアシスだけあって砂は直ぐに集まる。木の枝を見つけて来て頂きに差し、みんなで順番に砂を取って誰が倒さんと取れるかを競った。
それ以外に遊べるもんを見つけては、少し暗なるまで子どもらと時間を過ごす。パリーサも子どもに還ったみたいに一緒に燥いでた。
また例のごとく少しずつ人数が減っていき、最後に兄妹を見送ると僕らもホテルに向かって歩き出した。
ホテルの前まで戻ってくると、昨日と同じ様に長岡さんがベンチに座って山を見てる。声を掛け、また一緒に晩御飯を食べることに。
「あのーー」
「えっと……。あっ、どうぞ」
僕と長岡さんが同時に話し始めたけど、長岡さんは僕に譲ってくれる。
「えっと。明後日なんですけど、タクシーでも貸し切ってムスターグ・アタやコングールの麓まで行ってみませんか。綺麗な湖もあるんですよ」
「おお、それはええのう」
「あっ、『綺麗な湖』ってのは僕の想像ですけどね」
「ははは、ほんでも山が見られるんやろ。ええやんかぁ」
「そしたら明後日の朝に、また僕らのホテルに来て貰えますか」
「いいっすよ」
「多分その時には、昨日話してた先輩も居ると思います」
「そうかぁ。今日はまだ返って来てへんのやな」
「はい、なんでもイチジクの収穫を手伝ってるとか……。まぁ、ちょっと変わった人ですわ」
「まぁ、山が好きな奴は変わりもんが多いからのう」
「そうですね。そやけど僕は普通ですでぇ」
「そんなこと無いで。北野くんも結構変わってるで」
「そうですか」
「そりゃそうやん。就職蹴ってこんなとこに居るし、ウイグル人の彼女作ってるしなぁ、ははは」
返す言葉も無かった。パリーサを見ると、なんか話の内容を理解してるみたいで、「彼女」と言う言葉を聞いて喜んでるみたいやった。
「ほいで僕の話しやけど、その明後日の話しにもちょっと関係があるんやけどなぁ……」
注文した
つづく
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