111帖 職人の子

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 公園を出た僕らは何処へ行くか相談してなかったし何となく暫く歩いてた。


「ねー、どこ行く?」

「そうやなぁ……。多賀先輩、早よ帰ってこんやろか」

「シィェンタイの行きたい所でいいよ」

「うーん。そしたらまた職人街でもええか? ラワープ屋も行こ!」

「うん、また弾いてくれる?」

「ああ、ええよ」

「わー、楽しみ」


 僕は何となくこっちへ行ったら職人街に行けそうな気がして、小さい路地に入る。建物の陰に入るとやっぱり涼しい……いや少し寒いかな。


 住宅街の路地をクネクネ進んでると自転車に乗った若者が向って来た。彼の自転車の荷台には、大きな鍋が何枚も重ねて載せられてる。これからバザールへ卸に行くんやろか。僕は職人街が近いと見た。


 少し大きな路地に出ると、やっぱり「タンタン、カーンカーンカーン、トントン」と一定リズムで金属や木材を叩く音がしてる。僕らは見事、職人街に出られた。


 何軒も工房が続いてて、何処も家内制手工業や。たまにボール盤のある工房を見るけど旋盤などの大型の工作機械は見かけへん。ブリキか銅板を叩いたり曲げたりして簡単な食器類や日曜雑貨を作ってる工房が殆ど。

 ただその腕前はすごくて、見てて飽きへんかった。溶接や半田付けの腕も相当なもんや。水差しなどの薄くて複雑な曲面も1回で完璧に仕上げてた。


 ある店では師匠の手裁きを、若い弟子が真剣に見ている。まだ仕事をさせて貰えへんのやろ、更に見習いの少年は掃除をしてた。

 日本やったら大型のプレス機で一瞬で出来てしまう鍋も、ここでは全て手で叩いて作ってる。こちはメッキ屋さんかな、大きな水槽と薬品が入ってるポリタンクが重ねてある。塗装屋さんもあるね。


 ここで金属加工ゾーンは終わって、こんどは刃物ゾーンに入る。工房の数は少なかったけど、金属をグラインダで削ったり砥石の様な岩石で磨いている。隣は柄の部分の装飾工房。こっちは鞘の加工。工房毎に分業をしてる様や。


 次は木工芸ゾーンに入る。

 ある工房では、複雑な模様の入ってるテーブルを作ってた。ほぼほぼ完成してたけど、その前で若い職人が親方にしつこく怒られてた。なんかヘマでもやったんやろう、今にも「お前はクビだ。出て行け!」と言わんばかりに親方は怒鳴ってた。「そうやって失敗をして成長するんだよ、頑張れ」と、僕は心の中で応援してた。


 パリーサが足を止めて熱心に見ている工房では、木製の小物や玩具を作ってた。完成品が幾つか置いてあったけど、その中には日本の達磨落としの様なおもちゃがあった。日本から伝わったんか、逆に日本に伝わったんか知らんけど、違うのは顔がないところ。偶像崇拝が禁止されてるからやろと想像してた。

 パリーサは、玉が左右に動く小さな玩具を手にしてる。左右に振るとカタカタと音がする。


「パリーサ、これ欲しいんか。子どもみたいやん」

「私じゃないよ。いとこに赤ちゃんが生まれたから、その子にいいかなって思ってただけよ」

「買おか?」

「いいわ。またトルファンのバザールで売りに来るだろうから、その時に……」

「おっちゃん、これ、多少钱ドゥォシャオチィェン(なんぼ)?」


 おっちゃんは、困った顔をして話しかけて来た。


「これはまだ完成してないんだって。完成品はバザールに売ってるって」


 そう言えば、何の着色も装飾もしてないわ。木地のまんま。

 ここの職人街は余り商売気は無い。製造直売と言うよりも発注を受けた分だけ製造して卸してる感じやから、どの工房でも積極的に売ろうとはしてこうへん。


「そうなんや。ほんなら、またバザールに行こか」

「うん。ありがとうね、シィェンタイ」


 木工ゾーンの最後はあの楽器屋さん。今日はあの少年は居らんみたい。学校に行ってる時間帯やな。

 僕はまたラワープを手に取り、音を鳴らす。やっぱりええ響きで、エスニック感たっぷりの音に魅了された。


「また弾いてみるわ」


 フォークギターをちょっと噛じっただけの僕やしそんなに弾ける曲は無い。

 ラワープを構えてパリーサの顔を見ると、ニコニコしてなんか期待されてるみたい。

 そしたらって感じで僕はちょうどこのラワープの音色にも合おてると思て「四季の歌」を弾こうと思た。作詞の荒木さんには申し訳ないけど、歌詞は忘れたんで鼻歌で。観客はパリーサ1人やけど、 二人で盛り上がった。

 弾き終わった後おじさんは、


「どうだ、80元で買わないか」


 とまた言うてきた。めっちゃ安なってる。お買い得やったけど、やっぱり旅の途中で壊れそうやったさかい今回はパスした。

 おじさんに挨拶をして、店を出る。僕らは、いっぺんホテルに戻って多賀先輩が帰って来てへんか確認することにした。


 また十字路を西に進み、住宅街を抜けて水の無い池の広場に出てる。なんとそこにはあの兄妹の兄が、学用品が入ってるカバンを背負い一人で泥で遊んでた。僕らは少年の傍にしゃがんで話しかけた。


「おはよう」


 と僕やパリーサが声を掛けても振り向きもせず、ひたすら泥を捏ねて遊んでる。その泥の中には昨日あげたビー玉が入ってた。


「おい坊主、学校は行けへんのか?」

「うん」

「なんでや」

「行きたくないんや。それより一緒に遊んでや」


 少年は笑顔で訴えてきた。もちろんパリーサの通訳で僕は少年と喋ってる。


「うーん、そうやなぁ。でも学校は行った方がええし……、学校行ったらまた遊んだるわ」

「でも、行きたくないんよ。学校行ったらな、汉族ハンズー(漢族)の奴にいじめられるんや」

「そうか、そりゃかなんなぁ」

「そやから、学校は行かへんねん」

「そやけど学校行って勉強したらなんでも出来る様になるぞ。お前は大人になったら何がしたいんや」

「僕はお父さんの仕事を一緒にやりたいねん」

「なんの仕事や?」

「お父さんはグゥォ(鍋)とか食具シージュ(食器)を作ってる」


 この子のお父さんはあの職人街で働いてるんや。


「ほんなら、お前も锅をつくりたいんやな」

「うん。いっぱい作ってお金を稼ぎたい」

「そうか、それはええこっちゃ。ほんならな学校でいろんな事を勉強したら、たくさん作る方法とか考えられる様になれるで」

「ほんまに?」

「ああ、ほんまや。勉強するといろんな事を考えられる様になるから、仕事にも役に立つぞ」

「そうか、わかった。ほんなら勉強するわ。そしたらまたビー玉で遊んでや」

「ええよ、なんぼでも遊んだる。その代り勉強、頑張れよ」

「よっしゃ、ほんなら学校に行ってくるわ。また、遊ぼな」

「おお、行ってらしゃい」

「行ってらっしゃい!」

「ほな、またなー」


 少年は泥の中からビー玉を取り出し、もとから汚れてるズボンでビー玉を拭いてポケットにしまうと学校の方へ走って行った。会話の最後の方は、不思議な事にパリーサの通訳が無うてもなんとか会話が成り立ってた様な気がする。不思議と心が通じ合うた気がした。


 僕らは「あいつ頑張って勉強するやろか」とか「いじめられへんやろか」などと、少年の事を心配しながらホテルに向かって歩いてた。

 風は涼しいけど、日差しは大分きつなってきた。



 つづく

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