108帖 中国の端っこで山屋と山の話で盛り上がる
『今は昔、広く
二人でホテル前の通りまで戻ってくると、歩道のベンチに腰掛けてる日本人男性らしき人がずっとこっちを見てくるのに気が付いた。僕は恐る恐る挨拶をしてみた。
「こんばんわ」
「こんばんわ。やっぱり日本人ですか。よかったわ」
「どないしたんですか、こんなとこに座って」
「いやね、ここから見える山が綺麗なんですよ。そやけぇ、ボーッと見てましたんや」
「山って、あれですか?」
僕は南に見える雪が積もった山の頂きを指差した。
「そうです。私、山が好きなんです」
「あの山って、ムスターグ・アタとコングールですよね」
「へー、よう知ってはりますね」
「あんまり自信はないですけど、たぶんそうやと思います。写真集で見た記憶が薄っすらと……」
「山、登るんですか」
「はい、僕も山が好きなんですわ。大学の時、ワンゲルに入ってました」
「やっぱり。その靴見てたら分かりますわ。そのブーツは登山靴ですよね」
「へへへ、バレてましたか」
僕はずっと軽登山靴で旅をしてる。そんな珍しい事をしてる僕を見つけて、山登りが好きそうな人間が居るとずっと見てたらしい。
「これから一緒に晩飯でもどうですか。山の話を肴に一杯どうですか?」
「いいっすね」
「ほんで、そちらの女の人は……」
その人はパリーサの方に視線を向けた。
「こんにちは」
とパリーサは日本語で挨拶をした。
「えーっと、ウイグル人です」
「ですよね。日本人離れした綺麗な人やなと思てましたんや。へー、カノジョですか?」
「まぁそんなとこです」
そう言われるとちょっと照れてしもた。そんな僕を見てパリーサが聞いてくる。
「どうしたの?」
「この人がな、パリーサのことを僕の
と、説明したらパリーサは元気な声で、
「はい。わたしは、シィェンタイの、ガールフレンドです」
と堂々と言うてた。めっちゃ嬉しかったけど、なんか恥ずかしなったわ。
「こんにちは。私は長岡です。なかなか可愛いね」
とパリーサにも笑顔で話してくれた。
「ありがとうございます。私はパリーサです」
パリーサは日本語でちゃんと答えた。
「そいじゃ3人で御飯を食べに行きましょか」
「ええとこありますよ。案内しますわ」
僕らはすぐ近くの
僕は長岡さんをみんなに紹介して一緒に食べることに。長岡さんはみんなに自己紹介をしてくれた。
名前は長岡千秋さん。32歳の広島県在住。広島のある山岳会に所属してて、なんでも来年の夏に登る
僕と長岡さんは飯を食い
山屋はいつでも山の話で盛り上がれるし、それぞれが持ってる体験談は面白い。「あるある」話しも結構あって盛り上がった。
「僕の入ってたワンゲルはちっぽけな部やったんですけど、すごい先輩も居はってね、五大陸のうちの4大陸の最高峰を登らはったんですわ」
「ええがのう、ぶち山屋のう」
酒が入ると長岡さんは広島弁が出てきてちょっと怖い。けどそこがまた面白かった。
「マッキンリーでは山頂に大阪タイガースの旗を差してきたらしいですわ」
「へー、おもろいな。あと登っとらん山はどこよ」
「後はチョモランマだけや言うてはりましたわ。あっ、それとこんな人も居りましたで」
僕はビールを飲み干して話しを続ける。
「厳冬期の北岳(南アルプス・三千百九十二メートル)の肩ノ小屋付近にテントを張って寝てたら、ちょっとした斜面にテントを張ったもんやさかい、いつの間にか滑りだして外に出てしもてたんです。ほんで夜はマイナス20度まで下がったらしいですけど、シュラフだけで朝まで寝てたそうですわ」
「あははは。ほうか、よう生きとったな」
「そうですわ。本人曰く、テントで寝てるはずやのに何で星が見えるんかなぁって不思議に思て寝てたそうですわ」
長岡さんはこの話にハマったらしく、暫く笑いまくってた。
「そや。その人、カシュガルへ一緒に来てるんですわ。多賀先輩て言うんですけどね」
「そん人は今、なんしょうるんね? 会いたいなぁ」
「えーと話せば長ごなりますけど、まぁ羊を1匹買うて、今、
「へー、みょうちくりんな人やなあ」
多賀先輩も居ったらもっと盛り上がったのにと思た。明日には帰って来るし、また一緒に晩飯を食いながら山の話をすることにした。
パリーサと他の3人は山の話に興味は無いらしく、それでもパリーサにいろんな日本語を教えては喋らせて楽しんでた。お陰で日本語のボキャブラリーが増えたみたいやし、持て囃されてパリーサもキャッキャ言うて楽しんでたわ。
楽しい
3人は夜のバザールを見てくると言うて去って行き、長岡さんとは「また明日の夕方に会うて話しをしましょう」と約束をすると、僕らとは別のホテルに向かって帰って行った。
僕とパリーサは道路を渡り、
楽しい晩御飯やった。
つづく
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