107帖 夕焼けにビー玉

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 そのうち僕も歌い出し二人で揃って歌いながら歩いてると、偶然にもあの水の無い池の広場に出た。そこには先日、多賀先輩が教えた「ケンパ」をしてる子ども達が居った。

 僕らの姿を見付けると、あの少年がやっぱり妹の手を引いてこっちにやって来た。それに釣られて4人の少年達も走って寄ってくる。


 僕はウエストバッグからビー玉を出して地面に置くと、少年達は一斉に声を上げた。

 女の子はその中から青と白のマーブルのビー玉を大事そうに手の上に載せ、「きれいねー」みたいな事を言うて、なんか一生懸命説明してる。パリーサが言うには「このボールは、私の目に似てる」と言うてるそうや。確かにパリーサの目は少し青みがかかってて他のウイグルとは少し違う気がする。


 僕はパリーサに通訳を頼んで、ビー玉の遊び方を少年達に教えた。僕が手本を見せて、少し離れたとこのビー玉に「パチン」と当てると、みんなは拍手をしてくれた。

 それぞれビー玉を持っていき、当てる練習をする。要領良く当てる子も出てきた。

 まだ小さい女の子には難しそうで、パリーサは僕が示した通りに手を取って教えてるけど、そのパリーサ自身がなかなか当てられへん。それでも女の子とパリーサはキャッキャ言いながら楽しんでた。


 僕は男の子を集めて「三角出し」を教えてた。パリーサは女の子と遊んでるし、僕は日本語で説明してた。それでもなんとか説明した通りに遊んで喜んでる。言葉なんて通じんでもなんとかなるもんやと思た。


 何回かやってると、やっぱり一番年下の「お兄ちゃん」少年が負けてしまう。ちょっと悔しそうな顔をしてたんで、今度は「目落とし」を教えてた。各自練習をしてたけど、なかなか当たらへん。そんな中で「お兄ちゃん」少年は一回で「パチン」と当てて大喜びしてた。喜んでくれて僕も嬉しかったけど、当たったんはその1回だけやった。


 更に3人の少年が加わってきたんで、適当に10個ぐらい穴を掘って「ゴルフ」をやった。これにはパリーサと女の子も加わって大盛り上がりやった。


 一通り遊び終えると僕は木陰で座って休憩し、ビー玉で遊んでる少年達を見てた。パリーサも一緒になって遊んでたけど僕を見付けるとこっちへ寄ってきて隣に座った。


 パリーサの服装はワンピースやけど、いつも胡座あぐらで座るパリーサに違和感を憶えてた。ワンピースの下にはスラックスを履いてるさかい別にセクシーでも何でも無いけどね。

 パリーサに聞くと、ウイグルの男も女もみんなこんな座り方をするらしい。それがこの民族では普通なんや。そういえば、昔は駅なんかでもしゃがんで電車を待ってる人が多かった。そやけど最近は減ってるなと、日本の事をなんとなく思い返す。

 まったく関係の無い話やなと、一人で照れ笑いをしてるとパリーサが突っ込んできた。


「シィェンタイは何を笑ってるの」

「いや、みんなで遊ぶと楽しいなと思っただけや」


 と誤魔化した。


「子ども達と遊ぶのは好きなの?」

「そうやな。好きやな。僕は学校シュェジャォ老师ラオシー(先生)の执照ヂーヂャオ(免許)も持ってるさかい」


 と言うと、パリーサは目を丸くしてびっくりしてた。


 少し風が涼しくなり、子ども達の陰が長くなってくると、一人、また一人と家に帰りだした。


「僕らもそろそろ帰ろか?」

「うんん。もう少しここに居たいわ。あの子達が帰るまでね」


 その目は子ども達を見てる様でも何処か違う所、もしくは違う時空を眺めてる様やった。

 僕も後ろ手にもたれて空を眺めようとしたら、右手に布を入れた包み紙が当たった。

 僕は夕焼けに染まりかけた空を見て暫く考え、思い切って言うことに。


「パリーサ」

「何?」

「僕はまた新疆シンジィァンに来るわ」

「えっ」

「そやから何時になるか分からんけど、また戻ってくるわ。トルファンに」


 そう言う僕にパリーサは笑みを浮かべて、「そんなに無理をしなくてもいいわよ」みたいな事を中国語で言うてきた。なんで今さら中国語やねんろと思たけど、僕は続ける。


「そやしこの布を貰って。ほんでドレスを作ってや。また見に来るから」


 と言うとパリーサは夕焼けの空を見上げて黙ってしもた。そんなパリーサの顔を覗き込むと肌は夕焼け色に染まり目は少し潤んでた。すると直ぐに横を向いて腕で涙を拭くと、こっちを向き直して、


「ありがとう。でも今は、この時を楽しも。喀什噶爾カーシェーガーェァー(カシュガル)を楽しみましょ」


 と笑顔で言われた。なんか無茶苦茶辛くなって今度は僕が泣きそうになってしも。そやけど、たぶんパリーサの方がもっと辛いんやと思うと、僕は笑顔を作って大きな声で、


「分かった、楽しも。楽しむでぇ、パリーサと一緒に」


 と言うとパリーサは微笑んでくれた。そやけどあと3日しか無いと思うと、やっぱり泣けてきた。それをなんとか我慢して、そっと紙の包みを渡すと「ありがとう」と言うて大事そうに受け取ってくれた。僕とパリーサは見つめ合うて微笑んでた。


「もう中国に慣れたし、いつでもトルファンに来れるさかい。列車でも飛行機でも……」


 と言うとパリーサの目には涙が少し浮かんできた。


 そこへあの兄妹がビー玉を両手で持って、「もう家に帰るから」と返しに来た。


「ええよ、全部あげるよ」


 と言うと少年は、「こんなん貰えへんよ」みたいなジェスチャーをして僕の前にビー玉を置く。

 妹は少し欲しそうな顔やったから僕は、


「そしたら、2つずつあげるよ」


 とパリーサに言うて貰ろた。兄妹は嬉しそうに20個ほどあるビー玉の中から好きな色を2つ選んだ。僕は、もう一つずつ兄妹の手の中に入れる。二人は喜んで「ラフメットありがとう」と言うてビー玉をポケットにしまい、手を繋いで住宅地の方へ帰って行った。

 女の子はお兄ちゃんに手を引いて貰いながら振り返り、何度も手を振ってくれた。

 一昨日の様にその後ろ姿を見送ると、僕らも手を繋いで歩き出した。



 つづく

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