105帖 パリーサ、加油!
『今は昔、広く
店の前で立ち尽くすパリーサに僕は声を掛けた。
「どうしたんや」
返事は無かった。僕はパリーサの手を引き、人混みを避けながらベンチのまで連れて行き座る。パリーサも俯いたまま座った。
「この布、綺麗やろ。これで作ったドレスは、きっとパリーサに似合うと思うで」
「……」
「僕はそれをパリーサに着て欲しいねん。そやしこの布を受け取ってくれへんかな」
「でも……」
パリーサは泣くのを堪えて話してきた。
「シィェンタイは……、居なくる。パキスタンへ行ってしまう」
そうや、と思てから僕はハッとした。
「それならドレスを作ってもシィェンタイに見せられない。そんなのってイヤよ……」
そうか、そういうとこを……。
パリーサにとって辛いこと言うてしもたんや僕は。そこまで考えんと僕の独り善がりでやってしもた事を後悔する。僕は何も言えんかった。
「この布は綺麗だから、ドレスを作ったら可愛いと思うわ。でも……、でもシィェンタイが居なかったら意味がないよ」
そう言うと、パリーサは声を上げて泣いてしもた。
僕に対するパリーサの気持ちは分かってるはずやのに、僕がパキスタンに行って居なくなるのを知ってて今日までこんなに明るく楽しく過ごしてくれてたのに、全てを台無しにしてしもた。僕はまたパリーサを泣かしてしもた。
僕ってホンマにアホや。自分のアホさ加減に嫌気が差してきたわ。
周りは相変わらず賑やかで、売り買いの掛け声が響き渡ってる。ウイグルの民族音楽が流れてる事に初めて気が付いた。
僕はどうしたらパリーサが納得して受け取ってくれるか考える。簡単な事やない。今、僕に出来ることは何やと探ろうとしたけど、僕はパリーサの泣く姿をただただ眺めるしか出来んかった。
どれぐらい経ったか分からんけど、いつの間にか目の前には多賀先輩と林さんがバザールで買うたもんを入れた袋を持って立ってた。
「えらい暗いな。どないしたんや」
顔を上げると、林さんは心配そうな顔でパリーサに声を掛けてくれてる。
「お前、またパリーサちゃんを泣かしたな。俺は知ってんやぞー」
と冗談ぽく話してくる多賀先輩に突っ込む気力は無かった。パリーサは顔を上げ林さんと中国語で話してる。
「まぁ、ちょっと……」
と答えるのが精一杯やった。
「喧嘩か? 中身は聞かんけど、早よ仲直りした方がええぞ」
「……」
僕が黙ってると、林さんはパリーサの手を取って立ち上がりバザールの出口の方へ向かって行った。
「北野、行くぞ」
多賀先輩はそう言うて二人の後ろを付いて行った。仕方なしに僕も後を追う。
バザールを出て市街地の方へ向かう。バザールへ向かうロバ車やたくさんの人とすれちごた。
「北野。お前、パリーサちゃんとめっちゃ仲良かったのに、どないしたんや」
「もうすぐ別れ離れになるって事が……、それがちょっと現実味を帯びてきたちゅうか、その……」
「やっぱりそうか。面倒臭いわなぁ、それは」
「分かりますか?」
「分かる。俺も昨日そうやった」
「そうなんすか。それで多賀先輩は林さんとどうしたんですか」
「俺らは話したで。いつかは別れる日が来る。そやから今だけでも楽しもうってお互いに納得したんや」
「そうなんですね」
そやから逆に仲良くできるんやとちょっと納得した。そやけど僕は、それだけでは済まされへん様な気もしてる。
「そんな話し、よう出来ましたね」
「筆談やからな、大変やったわ。それで昨日一晩かかったんや」
そやったんか。やっぱ多賀先輩も時間かけて話ししてるんや。
「まぁ
そう言う多賀先輩はふざけてるんかと思てたけど、顔は真剣やった。なんかちょっとだけ勇気を貰ろた様な気がした。
前を歩いてるパリーサは少し元気になったみたいで、林さんと笑顔で話してた。時々パリーサは大きな声を出して興奮してるみたいやった。
そこまで元気になってるパリーサの様子を見て僕は少し安心するとともに、林さんに「ありがとう、すんません」と心の中で唱えてた。
僕がパリーサに声を掛ける勇気は、まだちょっと足りんかった。
動物バザールまで戻ってきた。
「俺らは羊を買うたらまた
「そうっすね。いっぺんホテルに戻りますわ。なんか疲れましたわ」
「ははは。まぁ、パリーサちゃんとしっかり話しせえよ。なぁパリーサちゃん」
「はいっ」
とパリーサは元気に返事しとったけど、何の事か分かってんのかな思た。
僕らは多賀先輩と林さんとここでお別れをした。
別れ際、林さんに「ありがとう御座います」と言うてみたら、
「パリーサを泣かしたらあかんよ」
みたいなことを中国語で言われた。更に林さんはパリーサに向かって、
「パリーサ、
と言うてた。パリーサを見ると笑顔で手を振ってた。
そして多賀先輩と林さんは仲良く動物バザールの中に消えていった。
「ほんなら行こか」
「うん!」
パリーサの涙はすっかり消えニコニコしてたけど、逆に僕の心は沈んだままやった。
ほんでも元気になったパリーサに悪いなと思て僕は、表情だけは笑顔で取り繕ってた。
つづく
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