104帖 日曜バザールで
『今は昔、広く
人集りに近づくと異様な匂いがして動物の鳴き声が聞こえてきた。
「動物のバザールだね」
なるほど、檻の中には羊がたくさん入ってる。紐で杭に繋がれてる羊も居る。
僕はパリーサの手を引いてあちこちの人集りを見て回る。
檻に入ってるのは羊だけやない、鶏やアヒル、牛も居る。ちょっと離れたとこにはなんと駱駝まで居った。「やっぱり居るんや。ここは砂漠のオアシスなんや」と改めて実感した。そやけどこんだけ交通が発達した現代で駱駝は必要なんかと疑問も残こる。
やっぱり豚は居らんかったな。
丸いブリキ製のタライを囲んでるとこでは、その中に蛇がウジャウジャ。一斗缶の中には蛙や
いろんな動物が居ったけど、それを売り買いする人も様々でウイグル以外の民族服もたくさん見られた。
そんな中にオレンジ色のシャツを着た背の高い小汚い男が日本語で値段交渉をしてる。
あれっ! と思てよう見てみると多賀先輩やった。
「多賀先輩!」
「おお、北野。パリーサちゃん、こんにちわ」
「ここで何してるんですか?」
「今この羊がなんぼするか聞いててん」
「まじで買うんですか」
「そうや」
多賀先輩の顔は真面目やったけど、「またこの人は冗談を言うてるわ。そんな事して売人のおっちゃんをからかってるわ」と思てた。すると後ろから見たことある顔が覗いてきた。
「こんにちはー」
あっ、林さんや。一緒に来てたんや。
なんか多賀先輩にピタッとくっついてええ雰囲気やなぁ。
パリーサとの久々の再会を喜んでるみたいで、キャッキャ言うて喋ってる。
「あんな、昨日は
「それってマジですやん」
「そやしさっきから交渉してんや。そやけど、なかなか安ならんわ。日本人や思てナメとるわ」
へーっ。やっぱやることがひと味ちゃうなこの人は。て言うか「無茶やんそれって」と思う様なこともしてしまうんが多賀先輩のええとこでもあるけどな。
「やっぱこういうもんは店じまい直前に値切らな安ならんな」
「なるほどねー」
「ほんで北野らは何してるんや」
「いや、日曜バザールに行こう思て通りかかったんですわ」
「そうか、ほんなら一緒に行こか。そろそろ昼飯食べたいし」
「いいっすね、4人で行きましょか」
そこから林さんの案内で殆ど水の流れてない川の橋を渡り、日曜バザールの会場まで歩いて行く。道すがらパリーサと林さんは中国語で仲良く話してるし、僕は多賀先輩に
向こうでは林さんの家がなかなか見つからんと何時間も探し回って大変やって、諦めかけて屋台で飯を食べてたら、偶然その前を林さが通りかかって会うことができたらしい。劇的再会やって力説してた。
一緒に用事を済ませ、それから林さんの家に行き晩飯を食わせて貰ろた。夜は「……」やって言うてた。なんやうまいことやってんなぁと思たわ。
「多分、今日もホテルには帰らんと思うし、荷物だけ見といてくれるか」
「それはええですけど、出発までにはちゃんと帰ってきてくださいや」
「大丈夫や。明日には帰るさかい」
ほんまかなぁと思てたら、僕らはバザールに着いた。
日曜バザールは言うだけの事はあるわ。屋台や仮設のテントがいっぱい建ってて、今まで見てきたどのバザールよりも熱気に溢れてる。
まずは腹ごしらえという事で、屋台で好きなもんを注文して食べる。僕は昨日食べんかったモツと春雨の炒めもんとベンシィルという羊肉の水餃子を頼んで食べた。「何でも好きなもんを食べてええで」て言うたのに、気を使こてかパリーサも僕と同じもんを食べる。なんでも僕と同じもんを食べるんがええらしい。そこまで一緒にせんでもええのにと思たけどちょっと嬉しくなってしもた。
食べた後は、それぞれ別々にバザールを見て回る。
売り手も買い手も色んな所から色んな人が集まってる。トルファンのバザールでは見かけんかった民族服の人も居る。
顔は日本人に似てるけど山岳地帯に住んでるっぽい服装の穀物屋。顔立ちは欧州系で黒い円柱形の帽子を被った香辛料屋。どう見ても怪しい顔のペルシャ系の絨毯屋。ホテルにぎょうさん居ったパキスタン人も店をやってる。逆にいろんなもんを大量に購入してるパキスタン人も居った。格好よく言えば輸入業者。パキスタンに持って帰って売るんやろ。
服装はパキスタン人と同じやけど平らな帽子を被ってる人も居った。買いもんのおばさんの中には、赤い円筒形の帽子に布を掛けてる人も居った。ターバンみたいに白い布を巻いてるじいさんもおる。
もちろん
物も人も国際色豊かで、流石はシルクロードの一大中継都市カシュガルや。これが大昔から続いてるんやろなと思て、その場に自分が居ることを考えると不思議な気分になる。服装がそれっぽかったら良かったんやけど、ちょっと大げさに言うと「シルクロードの旅人」になれた感じやった。
ほんで僕らのお目当てと言えはパリーサの頭に被せる布や。幾つか見て回って気に入ったものを見つけたらしい。一つは
「どっちにしようかなぁ?」
2回見て回っても悩んでた。
「そんなに悩むんやったら、両方買うで。ほんでどっちかをレイラのお土産にしたらええやん」
「そう、レイラの分も買っていいの」
「いいよ。レイラが喜ぶんならね」
「それじゃ……、お願いします!」
とびっきり笑顔でお願いされた。「良かった、喜んでくれてる」と思て僕はすぐにパリーサの手を引いて塔吉克族のおっちゃんの店に行き、花柄の「ロパチ」と言うてたスカーフを買うた。
問題は生地屋の方で、「スカーフにしたいんやけど50センチだけ売ってくれ」と言うたらメートル単位でしか売れへんと言うてきた。このペルシャ人風のおっちゃんは英語が話せるみたいで、耳打ちをする様にこっそりと僕に話し掛けてきた。
「3メートル買ってくれたら安くするよ」
「3メートルも要らんわ。それやったら1メートルでええわ」
「ちがうね。3メートルあったら、ドレス作れるね。4メートルあったらドレスもスカーフも作れるよ」
と誘惑してくる。
そやけどなーと考え込んでたら、
「これ、いいシルクよ。これでドレス作ったら奥さん綺麗になるよ。うほほほっ」
とスケベな笑い声を上げてた。こうやって買いもんしてたらパリーサはやっぱり奥さんに見えるんかとそっちの方が気になってしもた。
そやけど、あの布で作ったドレスを着てるパリーサを想像すると……素敵に思てしまう。「うまいこと商売するなー」と、シルクロードの商人に負けてしもた。
値段次第では買うてもええかと思て4メートルで交渉すると意外に安かった。相場は判らんけど、50元やったら払えるし、それで注文した。
ところが布を切ってる段階で、それを見てたパリーサは驚いて少しきつい口調で慌てて僕に言うてきた。
「あんなに長い布は要らないよ」
「そやけど、あんだけあったらドレスを作れるって」
「そんなの要らないよ。スカーフだけでいいのよ」
「でもな、あの布で作ったドレスはパリーサに似合うで。それともドレスの裁縫はできへんか?」
「裁縫は、
「そしたら作って着てみてや」
と言うとパリーサは下を向いて黙ってしもた。
おっちゃんはどうしたんやと聞いてきたけど、問題ないと言うてお金を払い布を受け取った。
「はい。これでドレスと余ったらスカーフも作ってや」
と渡そうとしたけど、パリーサは受け取らへん。
それどころか俯いてて、泣いてるみたいやった。
つづく
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