103帖 非日常の日常
『今は昔、広く
「ねーねー、さっきのはなーに?」
「へへー」
袋を取り出してパリーサに見せた。
「これはな、『ビー玉』っていうおもちゃや。あの子らに会うたら遊ぶねん」
「へー、綺麗なボールね。素敵だわ」
「パリーサにもあげるよ。好きなん選んで」
「じゃあーねー、これちょうだい」
赤と白のマーブルのビー玉を手に取り、光にかざし喜んでる。あの子らも喜んでくれそうやな。
パリーサはそのビー玉を大事そうにバッグの中に閉まってた。
一旦、6階のドミトリーに向かい部屋を覗いて見る。日本人4人ともまだベッドで寝てた。多賀先輩の荷物を見ると昨日のままで、やっぱり帰って来んかったみたいや。
すると真野くんが身体を起こしてきた。何か具合が悪そう。
「おはようございます。すんません、起こしてしもたみたいで」
「ああ、おはようございます。もう外出するんですか」
「はい、日曜バザールに行こうと思て」
「そうですか。僕らも後で行きますが……」
と言いかけて頭を押さえてる。
「どないしたんですか?」
「昨日、夜店に行った後、朝まで呑み明かしてたんですよ」
「もしかして、あの「日野」さんとずっと一緒やったんですか」
「はい。あの人が奢ってくれるって言うからしかたなく付き合ってたら朝になりました」
「はは、それは大変やったっすね。大事にして下さいね」
「はい……」
と言うとベッドにぶっ倒れてしもた。僕らはそーっと部屋を出た。
ホテルを出るとまずアーケードバザールに向かう。まずまずの人混み具合。ここはもう見慣れたウイグルの人々の日用品店や飲食店がある。そこをさっと通り抜けると
そして昨日行かへんかった常設バザールの広場に入る。やっぱりここは結構な人混みで、僕はパリーサの手を繋ぎ、引いて行った。パリーサは一瞬驚いたけど直ぐに意味を理解して付いてきてくれた。
「トルファンのバザールより大きね」
「そうやな。でも売ってるもんはあんまり変わらんね」
「そうね。でも何だか、あの日の事を思い出したわ」
「何を?」
「シィェンタイとレイラとお買い物した時ことを」
「あー、あったな。そんなこと」
「シィェンタイが荷物を持ってくれたわ」
「おお」
「嬉しかったよ。とても」
僕はちょっと複雑な気持ちやったわ。あん時はまだパリーサの事を「鬱陶しいなぁ」とか「面倒臭いなぁ」って思てた。でも今は違う。お遣いでもなく、何を買うていう事もない。ただ一緒にバザールを見て回ってるだけやけどパリーサと一緒が楽しいと思てる。思わず僕は笑ろてしもた。
「どうして笑ってるの?」
「うん。パリーサとこうやってバザールを回ってるんが楽しくて笑ろてしもたんや」
「私も楽しいよ」
パリーサも笑顔で答えてくれた。
周りの殆どが
非日常の中に見つけた日常。それがパリーサやった。一緒に観光したり、御飯を食べたり、寝たり起きたりして過ごす事が普通になってきた。
僕は、「何日一緒に過ごしてきたやろ」と思い返してた。
「ねーシィェンタイ。何を考えてるの?」
とパリーサに言われて我に返る。気が付くとバザールの出口まで来てた。
「いやな、パリーサと出会ってから何日たったかなと思ててん」
「今日で10日目よ」
まだ10日かぁ。もっと長いこと経ってると思たわ。
「そやけど、パリーサは何でそんなん知ってんの」
「だって、毎日数えてるもの」
そうなんや。そんな事をしてるパリーサが益々愛おしく感じてしもた。
「たぶんこっちの道を行ったら、日曜バザールの方へ行けるで」
「うん。シィェンタイに付いて行くわ」
人混みを抜けたけど僕らは手を繋いだまま住宅街の中を歩いていく。
太陽の日差しと建物の陰が明暗をはっきりと分けてる。まるで時間が止まってしもた様に見える。できたらほんまに時間が止まって欲しいと願ってた。
ちょっとしたスペースで遊んでた小さな子ども達が僕らの方を見てる。何や不思議そうな顔をしてたんが印象に残った。
「僕らが歩いてたら変かな」
「そうねー。日本人とウイグルが二人だけで歩いているもんね」
そうか。パリーサはウイグル人や。何族でもええ。
住宅街を抜けると、バスターミナルから来る南北の通りと、先日行った
交差点の向こうには大勢の人が集まってた。
「何やってんのかな」
「あそこもバザールじゃない」
「行ってみよか」
「うん。行こう!」
交通の殆ど無い信号機も無い交差点を、二人で手を繋いだままゆっくりと渡った。
つづく
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