102帖 母性
『今は昔、広く
薄っすらと目が開く。
カーテンの外はほんの少し明るくなってて、目の前にはパリーサの髪の毛があった。心地良い目覚めやったけど少し腰が痛い。昨晩のパリーサに足を掛け左手を背中に回した状態と同じ姿勢やった。
なるべく起こさん様にパリーサの身体からそっと足を離そうとするけど、左手がパリーサの脇に挟まれて身体が動かせへん。手の中にはとてつもなく柔らかいものがある。紛れも無い、それはパリーサの胸やった。
いつの間にか僕と同じ方向を向いて同じ様に「くの字」で寝てたし、背中やと思てたんはお腹やった。これはやばいと思てちょっと強引に左手を抜こうとすると、パリーサの脇がキュっと締まって腕が抜けなくなる。
「しばらく、このままでいて……」
と言うパリーサの小さな声が聞こえた。なんや起きてたんかいな。
それでも左手をぶらぶらさせてると、パリーサは左手で僕の手の甲を掴み胸に押し付けた。柔らかい感触が伝わり、心臓が一気に爆動し始める。もう目も頭も冴えまくってた。
これでは我慢できん様になると思て左手をお腹の方へずらすと、こっちはこっちでキュッと締まっており、括れが容易に想像出来る。
すると今度はパリーサがぐるっと回り、こっちを向く。その反動で僕は仰向けになり解放されたけど、パリーサは僕の肩に頭を乗せ右手で僕の胸を撫でてくる。
「なぜこんなにドキドキしてるの?」
「パリーサが、こ、こんな事をしてくるからやんか」
「いやなの」
「うーん……、嫌やないけど」
「私はこうしてると落ち着くのよ。ずっとこうしていたいわ」
「そんなことしてたら……、僕は狼になるで」
「狼?」
「そう。狼になって羊のパリーサを食べてしまうで」
「うふふ。面白いことを言うのね」
ませてんのか、うぶなんかどっちなんや。誘ってる様にも思えたけど、僕の目を見て微笑んでる様子は完全に安心しきってる。
でも何でか僕の心も落ち着いてきた。
小さい頃、母親に甘えられなかった僕が、弟や妹が母親に甘えてるのを見て羨ましがってたのを思い出した。
それが今適ったかの様に優しい感覚に包まれ、疲れや辛いことや悲しいことも全て癒やされていく。そんな不思議な感覚が体中に染み渡っていった。
それくらいパリーサの右手は優しかった。僕はパリーサに母性を感じてたんや。
パリーサが何処へも行かんように右腕を首から肩へ回すと、パリーサは「うふ」と笑ろて手を止めてしもた。
「もっと手を動かしてや」
「いいわよ。小さい頃、
やっぱりそうなんやと、幼い子どもの様な自分に恥ずかしく思たけどそれ以上に欲しかった。もう少し甘えてたい。男はやっぱり母性に弱いなと思いながら右腕でパリーサを引きつけた。
「昨日のお礼ね」
そのまま暫くパリーサに身を委ねてた。目を瞑り心地良さが頂点に達すると、僕はまた眠ってしもた。
次に目が覚めた時はパリーサをしっかり抱いていた。パリーサは僕の胸で吐息を漏らしてる。
そーっと腕を動かし時計を見る。
6月9日の日曜日。午前11時37分。
流石に食欲はどうしようもできん。僕はパリーサを揺すって起こす。
「パリーサ。朝御飯たべよか」
「うーーん。おはよう」
大きく背伸びをして起きるパリーサ。
「昨日のグシナンが残ってるし食べへんか」
「そうね。でも冷たいと美味しくないよ」
「大丈夫、任せて!」
僕はベッドから立ち上がり、リュックの中から携帯コンロを出した。ポンピングをしてホワイトガソリンが入ってるボトルに圧力を掛ける。パリーサはその様子をベッドの隅まで来て覗き込んでる。火を付け、その上にセラミックの板を載せた。
「わー、すごいね。こんなのがあるんだぁ」
「凄いか? これは登山用のやつやねん」
温まったセラミック盤の上に切ったグシナンを置く。すると部屋中に香ばしいええ匂いが漂い始めた。
「美味しそう。私もお腹が空いてきたわ」
「もうちょっと待ってや」
中まで温まった頃合いを見てパリーサに渡す。もう一切れ載せて温めたる。中から滲み出た肉汁が焦げて余計に食欲をそそる。ガソリンのコックを閉めて温まったゴシナンを持ってベッドに座る。
僕のが温まるまで待っててくれたパリーサと一緒に食べた。
「昨日の夜、食べた時より美味しく感じない」
「そうやな。なんか深い味がするね」
と訳の分からん表現しか出来んかったけど、確かに昨日より美味しい。そやけどその美味しさが更に食欲を湧き立てた。
「パリーサ、日曜バザールに行ってもっと食べよ」
「うん、そうしよう」
少しガソリン臭い部屋で外出用のジーパンとシャツに着替える。パリーサも僕に隠れてトレーナーをジャージを脱いで着替えてる。見えへんけど、パリーサの白い肌、柔らかな大きな胸、括れた腰を頭の中で想像してしもた。
「それじゃ、行きましょう」
髪の毛を括って布を被ったパリーサが僕のところへ寄ってきた。
「あっ、ちょっと待ってや」
僕はリュックの雨蓋のチャックを開け、奥からビー玉の入った袋を取り出しウエストバッグの中に入れた。
「何、それ」
「後で見せたるわ。ええもんや」
と言いながら部屋を出た。
つづく
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