100帖 ベッドの中の語学講座
『今は昔、広く
ホテルに着いてパリーサを部屋に入れると直ぐに多賀先輩の様子を見に、僕は6階のドミトリーへ向う。
部屋を覗いて見ると2人のパキルタン人が居るだけやった。多賀先輩の荷物はそのままでまだ帰ってきてないみたいや。ホンマに帰ってこうへんのやろか?
5階の部屋に戻ると、パリーサはソファに座って僕を待ってた。
「
「いや、まだ帰ってないみたいやわ」
「やっぱりね。それじゃシャワーを浴びるから、ここに居てね」
未だに誰か入ってくるかも知れんと心配するパリーサ。こんなところにも可愛さを感じてニヤニヤしてしもたけど、それだけしっかりと守ってやらなあかんと思た。僕はパリーサのオデコを触り、熱が無いか確かめる。
「よし、熱は無いな。しっかり温まるんやで」
「うん、分かったわ。でも絶対に何処へも行かないでね」
「分かった、分かった。心配すんなって」
漸く安心してシャワールームに入って行く。
水音を聞きながら、僕はカメラとレンズにブロアを掛けて砂埃を落とす。
「あー気持ちよかった。シィェンタイも早く入って来て」
パリーサは僕の青いジャージを履き赤いトレーナを着て洗濯した下着を干してる。チラっと覗き見してもたけど、めっちゃブラがでかい。パリーサの胸ってあんなに大きかったかなと後ろ姿を眺めてた。普段の服装はフワっとしたワンピースやから目立たんけど、って何を想像してるんや僕は……。
トレーナ姿のパリーサはウイグルやのうてヨーロッパ系の普通の女の子に見える。「中国であってペルシャ風のヨーロッパ系。これが中央アジアかぁ」と訳分からん事を頭に思い浮かべながらパリーサを見てた。
パリーサが隣に座りタオルで濡れた髪を乾かし始めると、僕は腰を上げ着替えを取ってシャワールームへ。
僕はシャワーを簡単に終え、すぐに出て来た。
「シィェンタイ、洗濯するよ」
髪の毛を乾かしたパリーサは僕が脱いだ下着とシャツを持って、またシャワールームに入って行った。自分でやるのにと思たけどここは任せて、
「おおきに!」
と日本語で言うといた。
僕は窓を開け夜風に当たる。風はかなり冷たくなってる。
街の灯りは昨日と違って煌々と輝き、風に乗ってウイグルの民族音楽が微かに聞こえてくる。まだまだ祭りは続いてる。
唐崎さんたちはどないしてるんやろう。あの「日野ばばぁ」さんの振る舞いに困ってへんか少し心配になってた。明日、今日の話を聞いてみようと興味本位で思てしもた。
「ねーねー『おーきに』ってなーに?」
と洗濯を終えたパリーサはそれを干しながら聞いてくる。
「えーっと、『Thank you so much』の日本語や」
「えっ、『ありがとーござーます』じゃないの?」
「それの『
「へー、面白いね。シィェンタイ、私に日本語と『Kansai accent』を教えてくれない?」
「ええよ」
干し終えたパリーサはベッドに潜りこんで、こっちへ来るように手招きしてる。僕も布団に入りパリーサの方を向く。パリーサは髪の毛を掻き上げ笑顔で見てくる。
「パリーサは幾つの言葉を話せるんや」
「そうねー、
「そうなんや。いっぱい喋れるやん」
「すごい?」
「すごいで。
「
「ふーん。そうすると、爸爸は蒙古なんか?」
「そうよ」
「なんか難しいなぁ。そしたら家では何語で話してるんや」
「
「みんなで話す時は?」
「维吾尔語と中国語のミックスね」
「へー、そりゃ大変やな」
「生まれた時からだから平気よ。それよりシィェンタイ、早く日本語を教えてよ。ねー、早くー」
とせがんでくる。以前やったら鬱陶しいと感じてやろに、今は逆に嬉しくなってる。
「ほしたらー、パリーサが英語で言うたら日本語で言うたるよ」
「分かった。じゃーねー……」
吐息が顔に掛かるくらいの距離で日本語講座が始まった。手持ち無沙汰やったけどそこは我慢。真剣に聞いてくるパリーサに誠心誠意で応えよ。
挨拶や基本的な会話は出来るみたいや。もちろん知らん単語もあるみたいやけど片言でもすぐに話せそう。パリーサは日本語は蒙古語と言葉の順番が似てると言うてた。そやし語彙さえ増やせば話せる感じやったし、逆に関西弁は教えん方がええかも知れん。
そう思ていろいろな言葉を教えた。パリーサが英語で言うた単語を日本語で教えるとそれを使こて自分で文章を作って話してくる。たどたどしいけど十分使えるレベルや。
「そんだけ話せたら、ホテルに日本人が来ても通訳できるでー」
「そうなの。嬉しいわ。でも、あまり来ないのよねー。
「そうなんや」
「ところで、ちょっと休憩しない」
かれこれ1時間ぐらい喋ってた。
「そやな」
パリーサはスルッとベッドから出ていった。
布団の中には、パリーサの温もりだけが残ってた。
つづく
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