99帖 前夜祭

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 宵闇が迫る直前の街にパリーサと二人で繰り出した。街は熱気がまだ残ってるけど、流れる風はええ気持ち。


 ホテルを出て右に曲がり、色満路スェァマンルーから解放北路ジェファンベイルーに出ると道の両脇には露店が立ち並び、バザールの向こうまで続いて街はお祭りの空気に包まれてる。僕は高ぶるテンションを押さえながら先を急いだ。


 人通りも多いけどまだ二人で並んで歩ける程度で、これからどんどん増えていきそうな雰囲気や。屋台から煙ってくる肉の焦げたに良いや香辛料の香りが食欲を一層湧き立てた。


「食べたいもんがあったら何でも言うてや」

「うん、ありがとう。えへへ! 何を食べようーかなぁー」

「ぎょうさん食べて元気にならな。明日のバザール探検が本番やからな」

「分かってるよ。たくさん食べるね」

「よっしゃー。僕は肉、食いまくったるからなー」

「私も―」


 盛り上がっては見たものの、肉と言えば殆ど羊の肉やけどね。鶏肉も売ってるけどあんまり美味しそうやない。

 先ずは定番の羊肉串シシカバブから。店のおっちゃんは「シシカワプ」と発音しとったけど中身は一緒。うーん、香辛料か効いてて美味い。パリーサは「ケイマカワプ」と言うつくねみたいな羊肉串を食べてるし、一口貰ろた。食べやすくて美味しいけど、僕はやっぱり肉の塊の方がええわ。


 更に僕は肉塊をかぶりつきたくなって「チョップ」と言う骨付きの肉の塊も頼んだ。肉汁が垂れてくるほどジューシーでちょっと食べにくいけど「肉食ってるー」って実感できる代物。


 因みに全部同じ店で食べたんと違ごて、メニューによってパリーサがうまそうな店を選んでくれた。そやからあっち行ったりこっち行ったり戻ったりしながらのホンマの食べ歩き。元気になったパリーサとワイワイ言いながら楽しんでた。


 肉の後はお口直しに、と言うてもこれも肉が入ってるけど「サムサ」を食べたい言うた。そしたらパリーサは、


「もっと美味しいもんがあるから」


 と、屋台やのうてカマドのある店を探し、ウイグルの兄ちゃんがやってる小さな店に入った。カマドの内側にナンを貼り付けて焼いてる。

 パリーサが言うもっと美味しいもんとは、「グシナン」と言う羊の肉のパイみたいなもん。パリーサは、焼き立てを食べられる様に注文してくれた。熱々やったけどサムサより「洋風」で病みつきになりそうな味や。量がめっちゃ多かったんで半分はお持ち帰りにして貰ろた。


 お腹が満たされてきたし少しぶらつくことに。街に出てきてからのパリーサは終始笑顔や。二人で並んで歩いてたけど、下から見上げてウイグル料理の名前を出しては嬉しそうに材料やスパイスや味の事をいろいろ説明してくれた。「そうか、そうか」と返事はしてたけど、そんなもんは直ぐに憶えられんし頭には何にも入ってこうへん。


 僕はパリーサの元気な笑顔を見てるだけで嬉しかったし、食欲を満たされた今は夜の街を一緒に過ごせることだけで満足してた。

 説明してくれた事を一個も憶えてへんとバレたらめっちゃ怒られそうやわ。


 そのまま南へ歩いて行くと、艾提尕尔清真寺アイティガーェァモスク(エイティガール寺院)の向かいにある広場に差し掛かる。そこにはちょっとした段差と言うか舞台みたいなもんが作られてて、これもパリーサが得意げに説明してくれた。


「ここでね、ウイグルのダンスをするんだわ。綺麗な踊りよ」

「もしかしてトルファンでもやってたやつか?」

「そうね。場所によってちょっと違うかも知れないけど、この広さだとたくさんの人が踊れるからね、とても華やかになるわね」

「パリーサも踊れるんか。その……ウイグルのダンス」

「ええ。妈妈マーマ(お母さん)に教えて貰ったわ」

「へー、妈妈はウイグルなんや」

「そうよ、この前見たでしょ。何言ってるの、シィェンタイは。うふふ」


 と笑ろてるパリーサを見て考えてしもた。お母さんはウイグルで、お父さんは……何やったけな。


「そうだわ。シィェンタイも踊る? 教えてあげようか?」

「いや、ええよ。僕はダンスは苦手やさかい」

「大丈夫よ。優しく教えてあげる!」


 もっと他の事を教えて欲しいけど……。


 僕らはバザール広場に着いた。そこはめっちゃ人が多くて突入しても面白そうやけど、パリーサが病み上がりやし今日は辞めとこと思た。


 人集りを横目に通りを歩いていくと、また何やら美味しそうな匂いがしてきた。一つはモツと春雨を炒めた様な料理の屋台、隣の店ではモツに何かを詰めて煮たもんにタレをかけた料理、その向かいは大鍋で大量にこしらえたポロ(ウイグル風ピラフ)の店があった。3つとも食べたいけど、既にお腹は9分目までいってる。


「パリーサ、まだ食べられるか?」

「あと少しならね」

「ほんなら、これとこれとこれから1つ選んでや」

「わかった。えーっとね……、ウップケエースイプがいいわ」

「おっしゃ。それ食べよ。そしたら残りの2つは明日のお昼ね」


 2つ目の店でそのウップケエースイプを一皿頼んでパリーサと分けて食べた。


「おいしいね。私はこれが大好きなの。爸爸パーパ(お父さん)もウイグルの料理ではこれが一番って言ってたわ」


 ほほー、なるほど。ってことは、爸爸さんはやっぱりウイグルじゃないんやな。


「そやけどこれ、ケースイプ……」

「ウップケエースイプよ」

「そうそう、それそれ。あっさりしてて美味しいな。中に詰めたるお米も味がしみてて絶妙やわ」

「ね! さっき言ってた通り、おいしいでしょう」


 さっきの説明の中に出てきてたんや。


「おお、おいしいわ。これは日本では食べられへんなー」

「日本にはこういう料理はないの」

「無いなぁー。ほんまにええもん選んでくれたわ。おおきにな」

「えへへ」


 パリーサも満面の笑みを浮かべて美味しそうに食べてる。最後はもうお腹がいっぱいで苦しくなってきた。そやのにパリーサは、


「次はあれね。あれ……」


 と言うて艾提尕尔清真寺の横まで引っ張ってこれた。


「デザートを食べようね」

「何、砂漠か?」

「そうデザートよ」

「何! 砂と石を食べるんか」


 と『dessert』=「食後の甘いもん」と、『desert』=「砂漠」を掛けた冗談のつもりで言うたのにパリーサには通じひんかったわ。


「何を言ってるのよ。ヨーグルトだよ」


 と普通に流されて山羊乳のヨーグルト屋さんに連れて行かれた。白いヨーグルトにいろんな果物をトッピングして、更にその上に甘そうな蜜をかけたもん。それを2つ頼んで石段に座って食べる。

 山羊のヨーグルトは酸味に少しクセがあったけど、果物と甘い蜜が混ざって食後にぴったりのデザートや。なんとなくお腹もスッキリしてくる。


 じっくり味わいながら食べてると、急に大きな音で音楽が鳴り始め、さっき見つけた舞台の上で綺麗な民族衣装を着た男女が踊りだした。

 まわりのお客は手拍子や声援で盛り上げてる。


「祭が始まったなぁ」

「ねー、綺麗でしょう」

「そうやなー」


 トルファンの葡萄棚で見た踊りに似てるけど何となくこっちの方が激しい動きに見えた。思わず食べるのを忘れて見入ってしもた。


 踊ってる人は僕より少し年上、いやだいぶん年上に見えたけど、女の人は綺麗やし男の人はみんなイケメンや。

 と思て見てたら、そうでない人も居った。おばさんやおっちゃんも踊ってる。よう見てみたら一般の人も混じって踊りだしてたし、舞台だけやのうてその辺でも音楽に合わせて踊ってる人もおる。

 なんかええ雰囲気や。やっぱ祭わええなーと思てたら、突然僕の名前が呼ばれた。


「おお、北野さん。ここに居たんですか」

「あれー、こんばんわ」

「おお、パリーサちゃんもいるじゃん。こんばんわ」


 ホテルの方からやって来た日本人の集団は、坂本くんと真野くんと唐崎さんと、そしてあの女の人。その横で下向いて立ってるんは……、寝たきり土山くんやないか。とうとう連れ出されてしもたか。


「一緒に御飯でもどうですか?」


 と坂本くんが誘ってくれた。その時の唐崎さんの表情は苦虫を噛み潰したような顔で、「あれが、日野ばばぁだ」とあの女の人に分からんように口だけ動かして言うてた。

 やっぱりあの人が伝説の人やったんや。あの様子からすると4人とも捕まってしもて逃げられへんかったみたいやな。情報を伝えられへんかって申し訳ない。


「すんません、僕らはもう食べてしもたんですよ」


 唐崎さんは「えーーーー」みたいな顔をしてた。


「それじゃーさ、食べなくてもいいから一緒に歩きましょうよ。夜の街は楽しいわよ」


 と言うてきたんはあの女の人や。

 坂本君も真野くんも「そうやそうや、ついてこい」みたいな顔をしてる。


「すいません。そうしたいんですけど……、彼女まだ病み上がりなんでそろそろ帰りますわ」

「そうなのねー、歩いてたら……」


 とあの人が言いかけたところで唐崎さんが割って入ってきて、


「それは残念なやなぁ。じゃーまた明日にでもしようか」


 と言うて目配せしてくれた。連れてかれるのも怖かったけど、ほんまにパリーサの体調の事も心配やったし、感謝です。唐崎さん!


「じゃ、パリーサちゃん。お大事にね」


 と言うて歩いて行ってくれた。あの女の人はこっちを振り返り「あの子って彼の彼女さんなの……」みたいな声が聞こえてたし、付いて行って説明したほうが無難やったかなと、少し怖くなってしもた。

 世間はお祭り騒ぎやのに、あの4人は浮かれる様子もなく「仕方なしに行きますわ」みたいな顔してたな。それにしても土山くん、無理やり起こされたんやろう、むっちゃ可愛そうやった。


「シィェンタイ。あの人達、何を言ってたの?」

「いやな、パリーサは病み上がりやから今日は早く帰った方がええよって」

「そうなんだ。みんな優しいのね。そう言えば、少し寒いかも……」


 祭はこれから益々盛り上がりそうな感じやったけど、パリーサの身体のこともあるし唐崎さんもうまいこと言うてくれた手前、今晩はこれで帰ることにした。僕はウインドブレーカを脱いでパリーサに着せる。


「これ着てたら寒ないやろ」

「ありがとう、シィェンタイ」

「ほな帰ろか」

「うん。帰ってゆっくりしよぉ」


 そうやった、夜はまだまだこれからや。取り敢えずパリーサを休まそうと思て僕は人集りを避けながらホテルへの道を急いだ。



 つづく

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