97帖 看病

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 温まって来たんかパリーサの震えは少しマシになった。それと同時に深い眠りに入ったみたいや。

 暫くして頭の氷を取り替える為に布団から出ようとすると、パリーサがすっと僕の服を捕まえてきた。寝てるんとちゃうんかいな。


「どこ行くの?」

「大丈夫、心配せんでええ。ちゃんと居るし。氷を変えるだけや」

「そうなの……」

「どっこも行かへんし。そうや、お茶飲まへんか。温まるで」

「うん、ありがとう。」


 貰ってきた茶葉をコップに入れ魔法瓶の开水カイシュェイ(お湯)を注ぐ。

 开水は一定時間毎に、服务员フーウーユェン(従業員)が沸騰したお湯をヤカンで継ぎ足しに来てくれる。北京のホテルでも列車でもそうやった。中国で初めて体験したけど、生水が飲めへんこの国ではなかなかええシステムや。


「シィェンタイ……」

「ん、何?」

「ごめんね、どこも行けなくて。ゴホッ」

「そんなん気にせんとき。連れ回したん僕やし、パリーサが疲れてるん気付かへんかったから、ごめんな」

「ゴホッ……。シィェンタイは謝らなくていいのよ。私が悪いから……」

「病人はそんなん気にせんでええし。今日はずっと傍に居るし」

「ありがとう、本当に……」

「まぁ、毎日一緒に居てるけどな。へへ」

「そうね。ふふ……、ゴホッ、ゴホッ」


 強烈な匂いのするお茶やったけど、コップを持っていくとパリーサは身体を起こし飲み始めた。


「どうや?」

「うん、温まるわ」


 味はどうか聞きたかったんやけど普通に飲んでるとこ見ると、匂いがきついだけで大した事はなさそう。そやけど、ちょっと味を確かめてみたい。


「一口貰ろてもええか」

「うん、いいけど」


 少し口に含んでみる。

 げっ! これはお茶やない、薬や。漢方や。

 めっちゃ苦かったけど、パリーサはようこんなもんを平気な顔をして飲んでるなぁと思た。


「どう?」

「もう二度と飲まんわ」

「うふふ。温まるのにねー」


 と少し笑顔が増えてきた気がする。薬が効いてきたかな。


 その後も僕は、布団に入りパリーサを温めたり、氷を替えたり、薬のお茶を入れたりして看病をする。徐々に回復するパリーサの様子を見てると、その手間も苦ではのうて楽しく感じてきた。


 昼まえにはぐっすり眠り、その表情も穏やかになってた。

 今日は休養日やと割り切って僕も一緒に寝たわ。



 猛烈に暑さを感じて目が覚め、僕は布団から出た。部屋もめっちゃ暑いし、窓を開けて換気をする。


「ふー」


 汗かいてたわ。と言うことは……。

 パリーサを見るとやっぱり汗をかいてる。僕はお茶を入れ、Tシャツをリュックから出し、パリーサを起こして着替えるように促した。セータはともかくトレーナは汗で重とうなってる。トレーナを脱がし髪の毛をたくし上げ乾いたタオルで背中を拭く。白い肌が少し赤みを帯びてる。パリーサはブラを外して前を隠す。僕は丁寧に汗を拭き、Tシャツとセータを着せるとお茶を渡した。


「ありがとう。大分楽になったよ」

「そうか、よかったわ。もうお昼過ぎてるけど何か食べるか?」

「そうね、うーん……、チョチュレとマンタが食べたいわ」

「ほんなら買うてくるわ」

「うん、待ってる」


 僕は1階のレストランでチョチュレを注文し、外へでて通りの向こう側のウイグル料理の店でマンタを買う。帰りにレストランでチョチュレを受け取り、部屋に戻ってベッドで一緒に食べた。食後に薬を飲ませ、再び寝かせた。


「もう大丈夫よ。シィェンタイはどこか行ってきてもいいよ」


 と言うけどまだ少し心配やし、こうなったら最後まで看病したいという気持ちで一杯やった。


「構へんで、今日はパリーサの傍に居るて決めたし。そうや、洗濯でもしとくわ」

「うん」


 と言うて笑顔を見せて目を瞑った。


 僕は今まで溜めてたもんとパリーサが着てたトレーナや下着やタオルを洗濯する。リュックから細いザイルを出して部屋に張り、洗濯したもんを干す。この部屋には似つかわしくない風景やけど、看病といい、洗濯といい、人の為になる事をすると気持ちがええし満足感があった。観光はしてないけど、これも旅の一部やと妙に納得できてた。


 洗濯物を干すと部屋が蒸し暑くなってきたんで、窓を開けて風を通す。外の日差しはキツイけど、やっぱり風は涼しく気持ち良かった。


 北の方を眺めてたら、多賀先輩の事を思い出した。

 今頃何してるんやろ? 林さんと仲良くいちゃついてんのかなと想像してたら、さっきのパリーサの白くて細い背中を思い出してしもた。あの時は何にも感じひんかったたけど、ちょっとセクシーやったなと思い返してた。



 パリーサが寝てしまうとする事が無かった。僕はソファーに座り記録用のノートを出して今まであった事を書き留める。トルファンを出てから何も書いてへんかったわ。

 思い出すと、この5日間だけでもいろいろあったけど、書いてる事はほぼパリーサの事やった。パリーサが突然バスに乗り込んできて旅に付いてきたとか、パリーサと一緒の部屋で夜を過ごしたとか、怒ったとか拗ねたとか。笑顔が素敵に感じる様になったんはいつからやろうと思い出したり。

 そん時そん時のパリーサの表情まで細かく書いてしもた。


 ふと、前のページを読み返してみると、6月1日のところに「きつね娘現る!」って書いてあった。自分で書いたんやけど思い出して笑ろてしもたわ。あの時のパリーサの記述は、その1行しか無かった。


 そやけどここ数日はさっき書いた通り、パリーサの事ばっかり書いてる。パリーサ中心で僕の旅が進んでる事になる。

 変わったなーと思い、今日のところに、


『パリーサの看病をする。早く元気になってまた笑顔を見たい』


 と書いて終わった。そう書いてからちょっと恥ずかしなったけど、誰にも見せへんしええかと思てノートを片付けた。



 つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る