96帖 フィーバー
『今は昔、広く
目を開けると、もう部屋の中まで明るくなってる。気持ちええ目覚めや。こんなに気持ち良う目が覚めるやなんて久しぶりや。流石は高い部屋だけの事はある。なんかめっちゃぐっすり眠れた感じ。
今日は6月8日の土曜日。
布団の中はポカポカで余りにも気持ちがええしもう少し寝よと思て寝返りを打つと足に何か当たる。そうやパリーサが居るんや。
僕は布団をそっとめくってみるとパリーサの頭が見えた。僕のお腹ら辺で丸まって寝てる。
昨晩「寝たらダメ」って言うてたのにパリーサが先に寝てしもたんや。やっぱりめっちゃ疲れてたんやな。まぁ僕も寝てしもたんやけど。
結局、今日何するか予定も立ててへん。まぁ多賀先輩も居らんし今日ぐらいゆっくりしててもええやろと思て反対を向いてもう一回目を瞑る。
あかん、それやったら僕のお尻がパリーサの顔にくっつく。そう思て仰向けになったけど、そうするとなんか寝づらい。やっぱり起きよかなかと思てたらパリーサの咳き込んでる音が聞こえたし、また布団の中をそーっと覗いてみた。
髪の毛の間からパリーサの目が見えた。
「おはよう……、ゴホ。ゴホ、ゴホ」
声は完全にかすれとる。
「おはようやけど、どうしたんや」
「ちょっと頭が痛いの……」
もしかして風邪引いたか? 昨晩は安心してゆっくり寝られたられたはずやのに。
僕は髪の毛を掻き分けてパリーサのおでこを触ってみる。
「あかんわ。熱でてるわ」
「そう。少ししんどいわ。
「ちょっと待ってや」
僕はパリーサをちゃんと寝かし、タオルを濡らしてきてパリーサのおでこに載っけた。
「どうや」
「うん気持ちいいよ」
「僕、薬持ってるし飲むか?」
「ありがとう……。でもねいつも飲んでるいい薬があるから、それを買って来てくれない。お願い」
「おお、ええよ。その方がええわ。薬買うてくるし、薬の名前は分かるか?」
「うん。ペンを貸して」
僕はメモ帳とペンを渡すと、パリーサはウイグル語で書いてくれた。
「これ持って薬屋へ行ったらええねんな」
「うん、これで分かるよ」
薬屋って何処にあるんやろ? まぁええわ、受付で聞こ。
おでこのタオルを取り替えようと取ったらもう既に熱なっとる。そやし氷も買うてこなあかんと思た。
「ほんなら、ちょっと行って来るけど、一人で大丈夫?」
「うん、大丈夫。薬、お願いね」
パリーサは虚ろな目で微笑んでくれたけど痛々しいだけやった。こりゃ大変や。早く元気になって欲しいと思い、急いで部屋を出て下まで降りた。
受付には、
「それなら有るよ。ちょっと待って下さい」
と、おっちゃんは奥へ入って行く。
「あまり無理をさせてはいけないですよ」
とお姉さんに言われたた。おいおい、昨日の夜は何にもしてないでと思たけど、慣れへん旅で疲れてた上に一昨日の夜は不安で寝られんかったやろし、そんなんが積もり積もってパリーサの身体を蝕んでたんかな。しかも昨日は一日中観光してしもたさかい余計に負担になってたんかな。もう少しその辺を考えてやれば良かった。
「これが薬だ。それとこれを飲ませなさい。すぐに元気になるよ」
紙に包まれた薬を2包とお茶っ葉みたいなもんが入ってるビニール袋を受け取る。
「ありがとうございます」
「それからショイラを頼んでおいたから、レストランに取りに行って食べさせて上げなさい」
「分かりました。あと、氷はありますか」
「それなら部屋の
とお姉さんは言うてくれたけど「ビンシィァン」って何や? まぁええわ、部屋を探したら分かるやろ。
「いろいろとありがとうございました」
と礼を言うて奥のレストランに向かう。まだ
「すんませーん」
すぐにウイグルのおばちゃんが出てきてくれた。「ちょっと待ってなさい」みたいな事を言われたんで立ってると、暫くして器をお盆に載せて持ってきてくれた。これがショイラか。ウイグル風のお粥って感じやな。身体が温まりそうや。
おばちゃんにはウイグル語でなんや言われたけど、何のことかはさっぱりやし、お礼だけ言うてレストランを出た。
部屋へ戻るとパリーサは眠ってた。
「パリーサ。起きてこれ食べや。それから薬を貰ろてきたで」
「ああ、シィェンタイ。ありがとう」
と言うけど起き上がってけーへん。ショイラをテーブルの上に起き、パリーサを起こそうとして布団をめくると白い素足が見えてしもた。思わずドキっとして、またすぐに布団を掛けた。そうや。ズボン履かんとトレーナだけで寝たし、冷えて風邪引いたんやと思た。
「ちょっと起きてな」
とパリーサの上半身を起こし、背中に枕を2つ差した。
「これ食べられるか」
とお盆ごと布団の上に載せた。顔はボーッとしてるし、目の前に有るショイラに気がついてるかどうかも分からん。しゃぁないし、僕はレンゲで掬って食べさせた。
「はい、口開けてー」
パリーサの少し開いた口にレンゲを付けた。
「熱い!」
パリーサは顔を背けた。
「ごめんごめん」
これは配慮が足らんかった。僕はフーと冷ましてからもう一度食べさせた。今度はうまいこと食べてくれた。ショイラって美味しいんかな?
「おいしいか?」
「……、少しね」
あんまり美味しく無いんかな? でも食べたほうがええと思て次々とパリーサの口にショイラを運んだ。半分ぐらい食べたとこで「もういいよ」と言うてきた。
お盆を下げて薬と水を渡すと、パリーサはそれを飲み枕をどけてすぐに横になる。だいぶんしんどいみたいやわ。そうや、氷や。
「パリーサ、『ビンシィァン』って何?」
「えっ。ええと、
おお、冷蔵庫ね。あれ、そんなもんこの部屋にあったっけ?
部屋を見渡してもそんな白物家電なんか見当たらへん。もしかしてこの扉の中かなって開けてみると、ここにあったわ。小さい冷蔵庫の中から氷を取り出し、ビニール袋に入れてタオルでくるんでパリーサの頭に載せる。
「どう? 気持ちいええやろ」
「うん。ありがとう……」
でも氷入のタオルは直ぐにパリーサの額から落ちてしまう。
しょうがないし僕はパリーサの横でタオルが落ちん様に手で押さえる。
パリーサは頭が痛いんか顔をずっと
僕の手はだるくなってきたけどパリーサの顰めっ面を見てたら頑張ろうと思た。それでもすぐに限界が来たんで、僕も横になり左右の手を交互に替えてタオルを支える。暫く載っけてると気持ちがええのか顔が緩んできた様に見える。そやけど身体の震えは止まらんみたい。
「どうや」
「気持ちいいんだけど、身体が寒いの」
「寒気がするんか」
「うん」
パリーサが昨日干してた服はもう乾いてるけど、あれでは温まらんやろ。しょうがないんで僕はリュックからセーターともう一個のちょっと臭いジャージを出す。もちろん簡単に洗濯はしてあるけど……。
「これ着いや」
「うん」
パリーサを起こしてトレーナの上からセータを着せ、ドキドキしながらジャージを履かせる。恥ずかしがらんと履いたパリーサに申し訳ないけど、不謹慎にも横目に見えたピンクの下着がめっちゃセクシーに思てしもた。
そして布団を掛けて、僕もまた横になって氷入タオルを頭に載せると、
「シィェンタイも布団に入ってよ」
と虚ろな目で訴えてきた。
その方が温かいやろと思て僕も布団に入る。するとパリーサは自分の足を僕の足の間に入れてきた。これはまずい! と思たけど、確かに脚先は冷たかった。
「これは……、あかんのとちゃうの」
と心配になって言うた。
「何が?」
「ムスリムの女の子がこんなにスキンシップしたらあかんのやろ」
身体を触れ合ってええのは夫だけやと日本を出る前に読んだ本に書いてあったような気がする。
「大丈夫。私、ほんとうのムスリムじゃないから」
えっ! どういうこと?
「違うってことか?」
「……」
パリーサは少し眉間にシワを寄せてた。なんかまずい雰囲気になってしもたなと思てたら、
「私の
と言うてたけどその意味は分からんかった。そやけど震えてるパリーサを何とかしたくてそれ以上は聞かずに足を温めることにする。
取り敢えず早く元気になって欲しいと思て、それからもパリーサの要求を全て飲むことにした。
こうして僕のパリーサの看病は続く。
つづく
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