94帖 カシュガルの夜景
『今は昔、広く
なんで今日に限ってみんな早よ寝るんや!
同じ日本人の旅行者と食事をして仲良くなれたし、今晩は夜通し話そうと思てたのに当てが外れた。
ホテルの5階の廊下をパリーサは、いつも仕事の時に奏でてた鼻歌を鳴らしながら廊下を歩いてる。ほんまに浮かれてるわ。
それに比べて僕は、ドキドキしてる。
二人だけの部屋、同じベッドで過ごす……。
自分でそう決めた事やのに、どないしよかとまだ悩んでた。
そやけど、考えが纏まるより早く部屋に着いてしまう。20秒ほどで考えつく筈がないわな。
僕は、「もう、どうにでもナレっ!」て思いで部屋に入る。
パリーサはというと、部屋に入るなりいきなり窓の傍へ行き、外を眺めてる。
「シィェンタイ、見てごらん。綺麗だよ」
いったんソファーに座りかけた僕は、「よっこいしょ」と言うて立ち、わざとパリーサから離れた窓際へ行く。
街には夕闇が迫り、街灯や窓の明かりが目立ってきてる。遠くの
今にも消えそうな橙色と力強い街の明かりの対比が面白い。僕はカメラを持ってきてファインダーを覗く。
「ねえ、きれいでしょう……。シィェンタイ、なんでそんなところに居るの。こっちへおいでよ」
「分った、分かった。写真撮ったらそっちへ行くわ」
シャッターを切るとカメラをテーブルに置いてパリーサの側へ行く。
「ねえーねえー、上から街を見るのって面白いね。灯りも綺麗だし、人があんなに小さく見える」
「
「お仕事は遅くても夕方までだし、暗くなる前に帰ってしまうから。それに
「そうなんや」
パリーサの頭越しに窓の外を覗いてみると、さっきまで山の中腹まで夕焼け色やったんが、一番高い頂きだけが橙色に光ってる。
「パリーサ、あそこ見て。山の頂上」
「わー、光が消えるわ」
あっと言う間に頂きから光が消えて稜線が灰色のシルエットになり、この世界に夜がやって来た事を示してる。そんな瞬間がちょっと神秘的や。
それはパリーサにも伝わってるみたい。
「なんか素敵な瞬間だったね。ありがとう、シィェンタイ」
「いやいや、僕がやったんとちゃうし」
「だけど教えてくれたのはシィェンタイだから。一緒に見られて嬉しかったよ」
「まぁ、そうやね」
「夜が始まったね」
パリーサは視線を下に落とし、夜の街並みを眺める。決して夜景としてはそんなに凄いもんでは無いけど、電球のオレンジ色の光りに照らされてる人々の生活は、ここでしか見られん貴重なもんやと思た。夜のカシュガルもやっぱりペルシャ風やった。
「明日は夜の街を歩いてみいひんか?」
「うん、行く行く。とても楽しみだわー」
めっちゃ喜んでるパリーサ。
「ありがとっ!」
「えっ、何がや?」
「だって、シィェンタイから誘ってくれるなんて今まで無かったから」
「そうやったかなぁ……」
「そうよ。それに明日は大バザールの前の夜だから、きっと賑やかよ」
「そうなんや」
「うーん、楽しみだわ」
嬉しそうにしてるパリーサを見てると、僕も楽しみになってきたわ。そういえば、トルファンでもバザールの前夜は街中がお祭り騒ぎをしてたもんな。
「そしたら明日の夜は、食べ歩きしよか」
「それもいいわね。きっと美味しい屋台がいっぱいあるわ」
明日の夜は、それで楽しみになってきたんやけど、ふと今夜の事が頭を過ぎる。
さて、これからどうするかな?
「パリーサ、この後はどうする」
「そうね、えーっと……、シィェンタイは何がしたいの?」
えっ! 何がしたいて……、それは――。
「そ、そうや。シャワー浴びよか」
「そうね、さっぱりしましょうか」
僕が先にシャワーを浴びる。シャワールームから出てきてもパリーサは相変わらず外を見てた。
「パリーサもシャワーしておいでや」
「うん。そうそう。私がシャワーしている間に寝ちゃだめだよ。それから、ちゃんと部屋に居てね。何処へも行かないでよ。変な人が入ってきたら困るからね」
やっぱりちょっとは不安なんかな。真剣な顔で言うてたわ。
「ちゃんと居るし。心配いらんで」
そう言うと、パリーサはシャワールームへカバンを持って入って行く。
僕は濡れた髪を乾かす為に窓辺に座って窓を開ける。すると、まだ夜を楽しむ人々の音が入って来る。バザール周辺の通りは煌々として明るい。少し冷たくなった風が気持ち良かった。
東の方の漆黒の部分は砂漠やろか、全く明かりが無い。それに比べて空には数え切れん程の星が輝いてる。空気が乾燥してるせいか天の川もはっきりと判る。
砂漠で星を見ながら寝られたらええなぁと思い、どうやったらできるか考えたけど、なかなかその方法が浮かばん。
一人やったらどうにでもなるけど、何をするにもパリーサの事を考えなあかんし、そうするとやっぱり諦めるしかないわ。まぁ、これから砂漠はなんぼでもあるし、カシュガルに居る間はパリーサを守る事に徹しようと思たら、自分自身を納得できた。
でもいつかやってみたいな。
僕の新しいミッション、
『砂漠で野宿をして星空を見ながら寝る』
が出来た。
つづく
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