93帖 都市伝説!?

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 ミライの眼差しから逃れた僕は6階へやって来た。

 ドミトリーでは、寝たきり青年以外の日本人4人が端っこのベッドの辺りに集まって話をしてる。それと、日本人5人以外は全員パキスタン人やったわ。


 えらい多いな。部屋を変えて正解やな。


「おー来たなぁ。えらい遅かったやんけ」

「すんません、ちょっとした手違いがあって受付へ行ってました」

「そうか。ほんで大丈夫やったんか」

「はい、なんとか」


 僕の気持ちは何ともなって無いのに、そう言うてしもた。僕は多賀先輩と一緒に居る日本人の3人を見て挨拶をする。


「えっと、僕は北野って言います。よろしくです」

「今、多賀さんに話を聞いてたところです。なんか大変ですね。あっ、僕は坂本です」

「俺は真野っす」

「真野は大学の連れです」


 と坂本君が付け加える。


「へーそうなんやぁ」


 最後はちょっと歳の離れた旅慣れた感じの人。


「私は唐崎と言います」

「3人は一緒に旅してはるんですか?」

「いえ、僕と真野は一緒に日本から来ましたが、唐崎さんとはパキスタンのフンザで会って、それから共に行動してます。さっきのバスで一緒にここへ着きました。あそこのパキスタン人も同じバスでしたよ」


 なるほど。


 その後、いつも通りに身の上話をしてるとパリーサが部屋に入って来る。ほんで僕の横にちょこんと座った。


「パリーサちゃん、こんにちは」


 坂本くんが声を掛けてくれる。パリーサも挨拶して自己紹介をした。3人に「可愛いね」と言うて貰ろてパリーサは上機嫌になってる。でもまぁ上手いこと、この日本人の中に入れたみたいでホッとしたわ。


「いろいろ話しもしたいですけど、取り敢えず一緒に晩飯でもどうですかねー」


 と食事に誘ってみる。


「そうですね、行きましょうか」

「ホテルの前に食堂があるんですが、そこでええっすかね」

「それはありがたい。そこでいいよね」

「僕らはどこでも」


 と言う事で、昨日上野さんと行った利民饭店リーミンファンディェン(利民飯店)へ皆で向かう事に。寝たきり青年には坂本君と真野君が声を掛けてたけど、やっぱり反応は無かったみたい。


 実はその二人は、インドとパキスタンであの寝たきり青年こと、「土山君」と会うた事があるらしい。インドでは普通やったけど、パキスタンで会うた時は別人みたいになってたそうや。なんか酷い目に会うて人格が変わったみたいやと言うてる。いったい何があったんやろう、というのも気になるけど、ちゃんとご飯を食べてるかどうかの方が心配やった。


 インドやパキスタンはハマればいいとこに感じるけど、合わへん人は人格が崩壊するかも知れん。そんな人を何人か見てきたし、どっちにしても人生は変わるよ、と唐崎さんが言うてた。


 恐るべし、インド&パキスタン!


 利民饭店では全員分の注文をパリーサがしてくれた。3人はカレーは飽きたし中華料理は楽しみやと喜んでる。インドとパキスタンでは、ほぼ毎食カレーやったそうや。

 食べながら、やっぱり定番の旅情報を交換する。僕らは、3人がこれから向かう北京やトルファンの情報を伝える。もちろんパリーサもトルファンの事をいろいろ説明して話に加わった。

 3人は逆に、インドやパキスタンであったことを話してくれる。中でも印象に残ったんは、唐崎さんが話してくれたある女性の話し。


「日本人で、40歳ぐらいのおばさんなんだけど、もう20年も日本に帰ってないらしい」

「あっそれ、僕らもインドで聞きましたよ。日野って言う人でしょう。何でもパスポートも無くして日本に帰れないとか。それでインドに住んでしまってるって聞きました」

「そうそう。通称『日野ばばぁ』。この人、有名なんだよ」

「それって都市伝説みたいなもんですか?」


 と多賀先輩が口を挟む。


「いやいや。実際に去年、ネパールからコルカタ(=カルカッタ/インド)に着いた時に見たんだよ。ちょっと太った髪の長いおばさんで、別の日本人旅行者に声を掛けてたよ。なんでも若い奴に声を掛けて、騙して金を稼いでるって噂もある」


 僕はそんなすごい人が居るんやと驚きながら聞き入る。


「で、あれですよね。パスポート無いはずやのにパキスタンや中国の、この辺にも突然現れるんですよね」

「そっ! それなんだよ。ギルギット(パキスタン)で会った奴は、ピンディ(=ラワールピンディ)で日野ばばぁに捕まって逃げて来たらしいけど、奴が言うには、近いうちにこのカシュガルに来るらしいってよ。何でも、大きなイベントかあるとかで……」

「それって、もしかして日曜日のバザールですかね」


 僕が知ってるイベントと言うたらそれくらいしか無いけど……。


「それかもね。インドで『まりこの店』って言う雑貨屋で商売してるらしいからね。それの仕入れかもね」

「マジすか。それ、ヤバないですか」

「どうかねー。日曜日は気をつけた方がいいかもね」

「もしかしたら、もう来てるかも知れませんよ」


 と脅してきたのは口数の少ない真野君やったから、余計に怖なったわ。


 話は尽きへんかったけど、3人は移動で疲れてるから帰って寝ると言うし、多賀先輩も明日の朝は早いしで、続きはまた明日って事でお開きに。3人ともパリーサの事情に同情してくれて、5人での割り勘にしてくれた。感謝、感謝です。


 ホテルへ戻り、僕とパリーサはエレベータの5階でみんなと別れる。

 ドアが閉まる間際、


「北野さん、がんばって下さい!」

「北野、男になれー」


 と坂本君と多賀先輩に冷やかされた。


 さーて、どないしよ。


 これからどうなるか想像もでけへん。僕はちょっと不安になりながら廊下を歩いてた。



 つづく

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