91帖 路地裏の子どもたち

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 路地裏が好きや。そこで生活する人々の息遣いを感じられる。家の中までは覗けへんけど声や音でそれを感じる事が出来る。それが好きでよく路地を通り抜ける。たまにちょっと危険な雰囲気のとこもあってスリルも味わえる。

 ただそこの住人の迷惑にならん様にする配慮は必要や。写真撮影は、場合によるけど許可を取る必要もあるやろ。


 今、僕らが歩いてる路地は、住宅街の中を迷路の様に張り巡らされてる。同じとこを2回、3回と通った感じがする。頭の中でマッピングをしてたけど、思わず迷子になりかけた。でもそれがまた楽しい。


「北野、ここさっき通ったとこやんけ。へへへ。今度はあっち行くぞ!」


 多賀先輩もそれを楽しんでるみたいや。


 カシュガルの一般家庭の建物は、レンガと土で作られてる。木材の梁も見えるけどほとんどの材料が土や。そやから住宅街の路地裏は黄土色をしてる。

 一部白い漆喰で上塗りされてる壁もあるけど、月日が経ち風化してひび割れてたり剥がれ落ちてたりしてるのも生活感があってええ味を出してる。

 僕は観光地より、こういう日常が溢れる風景の写真を撮る方が面白いと思うし、好きや。既にフィルム1本分、撮ってしもたわ。


「土の家ってなかなか味がありますね」

「そやけど火事になったらこの辺は狭いし、消防車とか入れへんな」

「そうですね。そやけど、この家って燃えるんですかね。全部土ですよ」

「そやなぁ。もしかして水を掛けたらドロドロになって流れてしまうんとちゃうか」

「ですよねー。この辺は放火魔と違ごて、放水魔がでたら大変ですね」

「そやでー。火の用心と違ごて水用心やな」


 住民の方に聞かれてたら怒られる様な不謹慎な話しをしてた。


 角を曲がると急に視界が広がる。住宅街の中に水の無い池と広場があり、池の側では小学校低学年ぐらいの子ども達が泥んこ遊びをしてる。ウイグルの子ども達や。

 その中の一人の少年が僕らを見つけ、


「フォトグラフ、フォトグラフ!」


 と言うて寄ってきた。手や足や服もドロドロ。顔まで汚れてたけど、大きな澄んだ瞳はキラキラと光ってる。

 パリーサは、その少年は写真を撮って欲しいと言うてると教えてくれた。バスターミナルを出てからやっとパリーサの声が聞けたわ。


「ええよって言うたげて」


 とパリーサに通訳を頼む。それを聞いた少年は、まだ池で遊んでる友だちと妹らしき4歳か5歳ぐらい少女を連れてくる。

 カメラを構えるとその少女は、汚れた手を服で拭き、髪の毛を整えてる。


 服は汚れてしまうけど、髪型は気になるんや。


 目は茶色でパッチリして、顔はそれぞれのパーツが整い、既にこの歳で完成されてると思た。そやし大人になったらウイグルの女性は皆、めっちゃベッピンになるんやと思う。

 少年の顔も彫りが深く、茶色い目が印象的で、やっぱり大人になったらイケメンになるんやろ。今は泥だらけやけどね。


 僕が、


「写真を撮るでー」


 と声を掛けると、3人はピシっと気をつけをする。緊張した表情がとても良かった。大人がそんな表情をするとシラケるけど、子ども達の非日常的な表情は面白い。僕はシャッターを切った。


 子ども達は、


「サンキュー」


 と言うてまた遊び始める。今度は遊びに集中してる表情を横から撮らせて貰う。生き生きとした茶色い目が素敵やった。


 僕が写真を撮ってる横から、多賀先輩は子ども達に


「一緒に遊ぼか」


 と、声を掛けてる。パリーサも通訳しながら「あそぼー」って感じで子ども達へ寄っていく。


「シィェンタイもおいでー」


 パリーサは笑顔で僕を呼んでくれる。僕は嬉しくなり、カメラを木の枝に掛け、急いで皆のとこへ行く。


 多賀先輩は、地面に円を書いて「ケンパ」を教えてた。そのうち広場で遊んでた子達もやって来てその説明を聞いてる。多賀先輩は幼稚園か小学校の先生状態になってしもた。

 僕も「ケンパ」の上級コースを作って盛り上げる。パリーサは、子ども達に混じって無邪気に楽しんでたわ。屈託のない笑顔が戻ってきて、僕は少しホッとした。


 1時間位遊んだやろか、一人また一人と家へ帰って行き、最後に残ったんはあの兄妹だけ。陽も傾き少し暗くなってきた。

 僕はパリーサに通訳をお願いする。


「家帰らへんのか」

「まだ帰らへん。お母さんが呼びに来るまで遊ぶ」


 そう言うてニコニコしながら次の遊びをせがんでくる。実のところ僕らは疲れてた。多賀先輩は完全にダウンしてさっきから座り込んでる。

 僕もそろそろホテルに帰りたいねんけど、大きい茶色い目は、


「もう少し遊んで!」


 と言うてくる。


 そう言われると、なかなかサヨナラしにくいなあ。


「もう今日は終わりにしよ。また明日来るわ」

「えー、もう少し遊びたい」

「うーん、そや。明日ええもん持って来たげるし、明日にしよう」

「うん、分かった。明日、絶対ね」


 と、今日はもうお別れする事に。

 少年はなかなかしっかりしたお兄ちゃんで、妹の手をちゃんと引いて歩き出す。兄妹が二人で住宅街の方に消えて行くのを見届けると、僕らもホテルに向って歩きだした。

 そやけど僕らはまだ「迷子」の途中やったわ。住宅街から抜け出すのにもう少し時間が掛かり、結局遠回りになったけど、それはそれで面白かった。


「北野、さっき言うてた『ええもん』ってなんや」

「へへへ。こんな事もあろうかと、実は日本からビー玉を持ってきてたんですわ。あれって綺麗やし、外国には無いでしょう」

「そやな、それはええは。俺もいっぱいアイテム持ってるけどな。そやけど明日は俺いいひんし、また遊んだってや」

「いいっすよ。パリーサも一緒に遊べるか?」

「うん、いいよ! 子ども達の笑顔はいいよねー」


 世話好きのパリーサやし快く返事してくれたんは嬉しかったけど、意外やったんは多賀先輩が子ども好きやって事。まさかあんな風に子どもと遊ぶとは思てもみんかった。


 そういえば大学の学祭の時、僕ら現役の模擬店の横で、ぎょうさんのおまけやちっちゃなおもちゃを広げ、小さな子ども相手に


「1個10円やでー!」


 って言うて商売して遊んでたな。元々子どもと触れ合うんが好きなんやろと、多賀先輩のいつもと違う一面を見られてほっこりしてしもた。


 ホテルに着くとロビーでツインルームの鍵を受け取り、荷物の移動の為に一旦6階のドミトリーへ向かう。


 部屋に入ると、パキスタン人が増えてたし、僕やパリーサが寝てたベッドには新しく入って来た日本人が座ってる。寝たきり青年は相変わらず寝てた。相当な闇に落ちてるみたい。


「こんちはー」

「こんちはー。すんません、それ僕らの荷物ですわ。部屋変わりますねん」

「ですよねー。今日この部屋は満室って聞いてたから不思議だなぁと思っていました」

「あれ、日本の方ですか?」


 とパリーサを見てもう一人の日本人が聞いてる。パリーサは自分のベッドに他の人が座ってるんを見て戸惑ってた。


 そうや、ツインに替えた事はまだ言うてへんかったわ。


「いや、違うんですわ。ウイグル人です。ちょっと訳有ありで……。えーっと、後でまた来て説明しますわ」

「へー、そうなんだー」


 とちょっと怪しい目で見られた。


 まあ、しゃぁないか。


「パリーサ、部屋替わるで」

「替わる?」


 僕はツインルームの鍵を見せると、流石は現役のホテル服务员フーウーユェン(従業員)、意味を分かってくれたみたいでカバンを取って僕に付いてくる。


「また後で来ますわ」


 と言うて部屋を出た。


「いいの? ツインルーム。高くない」

「ええよ。その方が安心できるやろ」

「うん、嬉しい。今晩は安心して寝られるわ。シィェンタイ、ほんとにありがとう」


 パリーサは笑顔で喜んでくれたし、「これで良かったんや」と自分自身を納得させ、二人でツインルームへ向かった。



 つづく

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