87帖 闇夜に浮かぶ2つの白い目ん玉

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



「どうしたんや?」


 パリーサに小声で聞いてみる。


「えーと……、私が寝てるところを、上から誰かが覗いてたの」


 パリーサは酷く怯えながらも小さな声で訴えてきた。

 周りを見ると多賀先輩も上野さんも、そしてもう一人の日本人青年も寝てる。パキスタン人の方を見ると、暗くて分かりづらいけどゴソゴソしてる人もまだ居るみたいや。

 確証は無いし疑ったらあかんけど、どう考えてもあのパキスタン人が覗きに来たとしか思えへん。


 何しにきたんやろ。パリーサに何かあったら責任取れへんし、それこそ一大事や。


「分かった。僕が見てるからパリーサは寝ていいよ」


 怖がるパリーサをベッドへ連れていき、毛布を掛ける。


「ありがとう」


 とパリーサは囁いてたけど、まだ少し震えてるみたいや。僕はパリーサのベッドに腰掛けて警戒する。眠気はとっくに消え失せてた。


 暫く周りを見てると、ゴソゴソしてたパキスタン人が起き上がってこっちを見てくる。僕が座ってるのを見つけると、すっとベッドに横たわった。

 怪しいと思て目を凝らす。暫くするとまた同じ行動をしてる。限りなく怪しいアイツが諦めるまで僕は居座るつもりで居った。

 するとパリーサが小声で話し掛けてくる。


「シィェンタイ、どう?」


 その声はまだ恐怖に怯えてる。


「そやな、僕がここに居てたら誰も来れへんし、大丈夫やで」

「ほんとに?」

「おお、安心して寝てええで」

「うん、ありがとう」


 それでもパリーサは不安がって目を開けてる。


「まだ暫くここに居ってパリーサを守るから、目を瞑って寝えや」

「うん。わかった」


 パリーサは目を瞑ると同時に僕の手を握ってくる。一瞬ドキっとして手を引きかけたけど、パリーサを安心させ様と思てしっかり握り返す。


 暫く見てたらアイツの動きが無くなった。もう諦めて寝てしもたんやろか。


 そやけどなんでパリーサを覗きに来たんやろか。そんなに女の子が珍しいか?


 もしイタズラしようとしてたんやっら許せへん。ここは絶対にパリーサを守りきると心に決めた。


 アイツはもう寝てしもたんやろか、その後は目立った動きは無い。それから30分ぐらい見張ってたけど、なんの動きも無かったさかい、もう大丈夫かなと思てパリーサの手を毛布の中へ入れる。パリーサはもう寝てしもたみたいやった。


 僕は自分のベッドで戻り横になったけど、「今度やって来たらどうしたろ」、「どんな技を掛けて撃退しよ」と考えてたら寝られんかった。なんかむっちゃ腹が立ってきて興奮もしてくる。疲れて眠たいはずやのに寝られんかった。


 あーそうや。あの王宮の夢の続きをみたいなぁ……。


 と、アホな事も考えてた。


 そんな事を考えながら天井を見てたら僕の足元を黒い影が動くのが分かった。


「来やがったな!」


 って思い、様子を伺ってると、急に僕の目の前に白い目ん玉が2つ現れた。

 黒い顔やったから目玉だけが動いてる様に見える。僕はむっちゃびっくりして思わす叫びそうやったけど、なんとか堪える。間違いなくパキスタン人の一人や。

 2つの白い目ん玉は、僕が起きてるか確認しに来たんやろう。僕が目を開けてるのに気が付き、慌てて部屋を出て行った。僕は飛び起きて靴を履き、廊下に出てみる。

 エレベータは動いた形跡がないし、階段も人気は無い。


 どこか別の部屋に隠れたか?


 あの身のこなしからすると、結構若い奴やと思う。


 何考えてるんや……。


 暫く廊下で様子を見てたんけど、その後、人の動きは無かった。


 取り逃がして残念やったけど、もうやって来うへんやろうと思て部屋へ戻る。ベッドに行くと、パリーサが起きてた。暗くて分かりづらいけど不安そうな顔をしてる。


「何かあったの?」

「いや、なんか人影があったから見に行ってただけや。でも誰もおらんかったわ」

「そうなの。でも……こわいよ」


 パリーサは、さっきの恐怖を思い出した様に震え出す。


 そりゃ怖かったやろな。僕でも驚いたし。


「大丈夫や。心配せんでええ」

「でも、また来たらどうするのよ」


 そうやな。もう絶対に来うへんとは言えんわな。どうしよ?


「シィェンタイ、お願い。私と一緒に寝て」


 なんと! でもそれはちょっとまずいかなぁ。


「お願い。お願い……」


 泣きそうな顔をしてる。そんな顔をされるとパリーサを守るって言うたさかい、後には引けへん。


「分かった!」


 それやったらと、僕は鉄パイプで出来た僕のベッドをパリーサのベッドの横にそーっと移動し、ぴったりとくっつける。


「これやったら大丈夫やろ」

「うん」

「そうや……」


 僕はリュックからトルファンのバザールで買うたウイグルの短剣を取り出し、パリーサの頭の横へ置く。


「何かあったらコレで攻撃したらええわ」


 と言うと、頷いて少し笑顔になった。


「そしたら目を瞑って寝えや。ちゃんと守るから」

「うん。おやすみなさい」

「おやすみ」


 僕もベッドに横になる。そやけど直ぐに起き上がり、パキスタン人が居った辺りの空いてるベッドの位置を確認する。奥から2列目の左から2番目と、3列目の左端。さっき怪しい動きをしてた奴が居った辺や。朝になって誰かがおったらそいつが犯人やし、文句を言うたろと思てそのベッドの位置を憶えた。


 僕が横になると直ぐにパリーサは僕に手を伸ばしてくる。パリーサを見ると目は瞑ってたし、しゃないなーと思てパリーサと手を繋ぐ。ほんで僕も目を瞑った。

 女の子の手を繋いで寝るやなんてした事無いし、ドキドキして全然眠れへん。いろんな事を妄想してたら、ますます目が冴えてくる。


 明日もこんなんやったらしんどいなー。


 て思てた。それやったら明日からは、思い切ってツインの部屋に変えよと考えた。ツインや言うても16元やったら北京のホテルより安い。それでパリーサが安心して寝られたら僕も寝られるし、それでええやんと自分に言い聞かせて寝ることに集中する。


 ふと目を開け首だけ起こしてパキスタン人の方を見たけど、なんの変化も無かった。

 窓の方を見てみると、カーテンが薄っすらと明るくなってた。



 つづく

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