86帖 上野さんと王妃
『今は昔、広く
僕らはホテルを出て、通りの向かいにある飯屋を目指す。途中、両替屋のおっちゃんがまた寄ってきたけど、
「このおっちゃんはレートが悪いから、やめといた方がいいよ」
と上野さんが追い払ってくれた。
「若いヤツも居るから、そいつの方がレートがいいですよ」
「因みにレートはなんぼくらいなんですか?」
「1ドル15ルピーが最安でしたね」
「ほー、なるほど。ルピーね」
「
なるほどと思たけど、安いんか高いんかよう分からん。取り敢えず「ルピー」って単位と、1ルピー7円弱って憶えとこ。
上野さんオススメの汉族の店へ入る。4人でテーブルに着き、注文はパリーサに任せる。メニューが中国語で書いてあるのと、パリーサが遠慮せん様にと思たから。
注文が終わるとお決まりの身の上の話しから会話が始まった。
上野さんは関東出身の25歳で、会社を辞めて去年からアジアを回ってる。今回はインドからパキスタンを経て中国にやって来たそうや。中国はもう3回めやけど、またチベットだけは行けて無いと言うてた。
「今、チベットはあの「騒動」のせいで外国人は入れないそうです」
「やっぱりそうか」
「僕らもチャンスがあれば行きたいと思てるんですわ」
「何も無かったら鉄道で蘭州からゴルムド経由で入るのが普通なのですが、今は外国人は乗れないらしいですよ。それでも何とかして乗った人の話に因ると、途中で見つかると警察に捕まったり帰されたりするらしいです」
「なんと」
「でも
「そうなんですか」
「やっぱり無理っすかぁ……」
「はい。賄賂を渡そうとしたけど、それすら無理でしたね。一ヶ月前にインドで会った人は和田から入れたと言っていたのですが……、かなり厳重になってますね」
僕らが話してるのをパリーサは楽しそうに聞いて頷いてる。日本語が解かるんやろか?
「パリーサ、僕らが話して事は分かるか?」
「ぜーんぜん分からないわ」
みんなで笑ろてしもた。上野さんは英語が上手で、今話した事をパリーサに英語で説明してくれた。
「パリーサ、英語やったら分かるの?」
「半分は分かったわ」
そうなんや。英語も完璧ではないんやね。そりゃそうやわな。中学で習っただけで、あとはお客と話して憶えたって言うてたからね。
そんな事を話てたら料理が運ばれてくる。肉の炒めもんに八宝菜みたいの、それにとうもろこしのスープ。肉は牛肉を期待したけど、やっぱり羊やった。
あとは僕がリクエストした水餃子。パリーサは豚肉が入ってたら食べられへんからと、水餃子の代わりに
食べながら、僕らは上野さんからいろいろな情報を聞き出す。パキスタンの最新情報はタメになった。格安ホテルの名前や場所に、バス代や食べ物の相場、治安状況など。バスに乗ってた時に隣の人にジュースを貰ろて飲んだら、それは睡眠薬入りやったそうで、目が覚めたら荷物が無くなってた人の話とかはちょっと怖かった。用心せなあかんな。
料理を食べ尽くし、なんか久しぶりにお腹一杯食べた気がする。ずっとウイグル料理ばっかりやったから中華料理は久々でめっちゃ美味しく感じた。
たっぷり話しを聞かせて貰った上に店を出る時には、上野さんは僕の事情を察してか3人での割り勘にしてくれた。ええ人はやっぱ居るわ。その事をパリーサに伝えると、パリーサは上野さんにも丁寧にお礼を言うてた。
上野さんは明日の早朝のバスで
散歩て言うても3人共疲れてたさかい大した事もせんと30分程歩いただけでホテルへ帰る。
部屋に戻ると、上野さんがシャワーに入ってた。ほんでその後にシャワーを使わせて貰う。
パリーサが入る時は、僕にシャワールームの前で立ってて欲しいと言うてきたんで、しゃぁないなと思いながら立番をする。
パリーサの鼻歌とシャワーの水音を聞くと、トルファンのホテルに居た時の事を思い出してしもた。
たまたま掃除に来てたパリーサと、こんな旅をするなんて……。
不思議な出会いですわ。
その後、多賀先輩、僕の順番でシャワーを浴びる。僕が出てきた時は、こちらだけ電気を消して多賀先輩は既に熟睡してたし、パリーサもベッドに入ってた。
僕がベッドで横になると、パリーサは、
「今日はありがとう。おやすみなさい」
と小声で言うて目を閉じた。
今日も色んな事があったなぁと一日を振り返ってると眠たくなってくる。そやけど明かりを付けてパキスタ人達が話してるんが気になってなかなか寝付けへん。今まで聞いたことの無い言葉が聞こえてきた。
これがウルドゥー語なんやろか?
晩飯の時、上野さんにパキスタンはええ国やでと聞いてたけど、なんかの呪文みたいなウルドゥー語を聞いてたら、これから彼らの国に行くのかと思うと正直なところ少し怖いような感じに見舞われてしまう。
時々笑い声も聞こえてたけど、怒鳴ったりする感じもあった。
何の話しをしてるんやろう。もしかして如何にして僕らを騙して金を巻き上げようかと相談でもしてるんちゃうやろかな?
と、変な想像をしてたら、いつの間にか寝てしもてた。
僕は夢を見てた。
オアシスのアラビヤ風の王宮に居て、僕は国王やった。僕は謁見の間で豪華な椅子に座ってる。前ではシャルワール・カミーズを着て、何故かインド風のターバンを巻いたパキスタン人の男達がひれ伏し、ウルドゥー語で懇願してる様子やった。何を言うてるか判らんなーと思てたら、隣に座ってる王妃が軽やかな声でそれに対応する。
華やかな衣装に頭から半透明の布を被ってる王妃の顔を覗き込むと、王妃は僕を見てニコッと微笑んだ。
「全て私に任せて。大丈夫よ」
と言うたんはパリーサやった。
ああ、パリーサが王妃になったんやー。
などと、のんきな事を考えながら、僕はパリーサ王妃の対応を眺めてた。ウルドゥー語を使いこなして指示するその姿を頼もしく感じてた。
しかし、夢はそこで終わり……。
で、目が醒めた。気が付くと僕は身体を揺さぶられてる。横を向くと、微かな明かりの中でベッドの横でしゃがみ、僕を起こしてるパリーサ王妃……、いや普通のパリーサが居った。
身体を起こしてパリーサをよく見ると、夢の中の堂々とした態度とは違ごて、酷く怯えた顔で小さく震えてた。
つづく
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