85帖 旅は道連れ

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 其尼巴チーニーバー宾馆ビングァン(其尼巴ホテル)のロビーは5階までの吹き抜けで、より一層高級感がある。それにはパリーサも目を丸くして見上げてる。


「こんなホテル、初めてだわ」


 僕もこんなホテルには日本でも泊まった事が無い。格安で泊まれるかどうかなんか、余計に心配になってくる。

 隣を見るとパリーサは気合を入れてた。


「よし、行きましょう」


 受付は汉族ハンズー(漢族)のおっちゃんとお姉さん、ウイグルのおっちゃんの3人が対応してる。しかも全員が英語を話してた。


 さすがは国境の街や!


 と思うと同時に、それだけ高級ホテルって感じがしてくる。


 僕らを対応してくれたんは汉族のおっちゃんで、パリーサが中国語でドミトリーの有無と料金を聞いてる。ドキドキして結果を待つ。

 そやけど、1泊一人6元やと聞いてホッとしたわ。こんな綺麗なホテルに150円位で泊まれるんなんてめっちゃラッキーやね。


「トルファンより安いやん」

「そうね、私が働いてるホテルより安いわね」


 それだけ辺境の地ってことかな?


「安いしめっちゃええやろ。俺の予想通りや」


 多賀先輩、そんなん言うてないやん。めっちゃビビってたくせに。


「でもね……、女性専用のドミトリーは無いみたいなの」

「男女一緒って事か?」

「そうなの……」

「それはやっぱまずいか」

「……」


 パリーサは悩んでた。初めての旅で心配なんやと思う。


「そしたら、シングルはなんぼなん?」


 パリーサは値段を聞いたけど、おっちゃんは困った顔をしてパリーサに話してる。


「シングルは10元だけど、今日は部屋が空いてないって」

「どないしょー。ほしたらツインは?」


 と言うとパリーサが聞いてくれる。


「部屋は空いてるけど、16元だって」

「そうか。それやったら、パリーサの好きなようにしてええで。お金は何とかするし。ね、多賀先輩!」

「お、お、そうやな」


 今、話しを聞いてへんかったでしょう。受付の汉族のお姉さんを見てましたね。確かに綺麗やけど……。


「ほら、パリーサのええ方を選びや」

「でも……」

「かまへんで」


 悩んだ結果、パリーサはやっぱり僕らと一緒にドミトリーに泊まる事にする。僕と多賀先輩が居ったら心配無いやろと言うてたけど、多分お金の事を気にしたんとちゃうかな。

 僕もその方がホッとしてる。お金の事はええねんけど、もしツインにしたら当然、僕とパリーサが同じ部屋に泊まる事になるし、それはちょっと不味いかなと思てた。


 受付を済ませて僕らは6階のドミトリーに入る。広めの部屋にはベッドが16台あって、綺麗で風通りも良く、快適な感じ。

 部屋の半分位はパキスタン人のおっちゃんが座ってて、なにやら話をしてた。日本人らしきバックパッカーも2人寝てる。


 僕らは端っこの少しへこんだとこにあるベッドを確保し、一番奥ににパリーサを、その横に僕、ほんでパリーサの足元の位置に多賀先輩が寝る事にする。これでパリーサを守れる。完璧や!


 リュックを置き、ベッドで横になる。フワフワやないけど、库尔勒クーミィラ(コルラ)や阿克苏アークェァスー(アクス)の旅社のベッドに比べたらめっちゃ快適や。パリーサもベッドに転がって嬉しそうにしてる。

 僕はその姿を見て少しホッとしてた。


 それから僕は起き上がって窓から外を見る。ここからカシュガルの街が一望できた。なんとええ眺めや。


 街は全体的に茶色い建物が多く、土か砂で出来てる様に見える。木々もたくさんあり、今まで見てきたオアシスの眺めと違がう。それに上から街を眺められるんも素敵やった。

 所々にモスクがある。数は結構ありそう。西には高い山々が連なり、あの向こうはパキスタンかなと想像してた。

 その山々に今まさに太陽が沈みそうやった。


 とうとう中国最果ての地に来たんや。


 と実感した。いつの間にか多賀先輩は横に来て写真を撮ってる。


「日本人の方ですか?」


 と、寝てた人が声を掛けてくる。


 パリーサがはしゃぎ過ぎて起こしてしもたか?


「はい、そうです。すんません、寝てはったのに」

「いえいえ、いいんですよ。僕は上野って言います」

「僕は北野です」

「俺は多賀っす」

「私、パリーサよ!」


 上野さんは、パリーサを見て「えっ!」て顔をしてる。僕らと一緒やったけど、顔付きは日本人離れしてるし、不思議に思てる。

 それで僕からここまでの経緯を話すと、変に納得していろんな事を含めて同情してくれてるみたいやった。

 ほんならついでやし、一緒に晩御飯を食べに行こうって事になる。もう一人の寝てる人も誘ってみたけど、しんどいから行かへんと言う事やった。なんかホンマにしんどそうで口数も少ない。お大事に。


 みんなで部屋を出ようって時になって、パリーサが食べに行くのを躊躇ってる。


「食べへんかったら死んでまうで」


 と言うたけど、パリーサは下を向いてモジモジしてる。


「街の店に行くのもあかんのか?」

「それはいいんだけど、お金が……」


 やっぱりお金の事が気になってたんやな。


 ほんでも多賀先輩や上野さんもパリーサを誘ってくれたら、なんとか行く気になったみたい。


 変なとこで気を使う子やな。ほんまに気にせんでええのに。


 ここまで来たら、


『旅は道連れや!』


 と言おうとしたけど、英語でなんて言うんか分からん。


「なんも気にせんとー、パリーサの事は僕に任せてや。一緒に旅してるんやし」


 そう言うとパリーサの表情が少しだけ緩んだ。



つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る