76帖 オアシスの夜に
『今は昔、広く
この町までは鉄道が通っており、駅前のバスターミナルは大勢の人で賑わってる。
バスを降りる時、助手のおっちゃんに明日の出発時間を聞くと7時だと言うてる。北京時間なんか
僕らがバスから立ち去ろうとしてると、大家族のウイグルのおっちゃんが僕らに声を掛けてくる。
「お前たちは若いんだから、さっさと手伝いなさい。それが普通だろ」
みたいな事を言われ、おじいさんをバスから降ろすのを手伝わされる。
2畳くらいの絨毯におじいちゃんを載せてバスから降ろす。僕ら以外の中年のおじさんも手伝ってたけど、文句は一言も言わんかった。
そういう事をするのはウイグルの世間では当たり前で、普通なんや。
お年寄りを大切にするのんは当たり前なんやけど、改めてそれが「普通」という事を感じさせられた。
おじいさんを荷車に乗せ、バスターミナル前の5階建ての大きな「
簡単な宿泊の手続きを済ませて、まずはおじいさんを1階の個室に連れて行く。そして僕らは割り振られた部屋へ入る。
一泊10元やったんであまり期待してなかったけど、部屋は予想どおり簡易宿泊所って感じや。ベッドが10個あるだけの大部屋で、トイレもシャワーも無い。それらは全て共同で廊下にある。
僕ら男は3階の大部屋で、パリーサや漢族の女の子、それに大家族のおばさん達は皆、女性用の4階へ行く。トラブル防止なんやろか、このへんは意外ときっちり別れてた。
部屋の中には商人のものと思われる荷物がたくさん置いてある。宿泊客は僕ら以外は全てウイグルのおっちゃんやった。
ベッドの脇にリュックを置いてチェーンロックでつなぎ止める。一応ロックはしたものの、蓋は簡単に開けられるし中身だけ盗ろうと思えば盗れる。気休め程度にしかならへんけど、それでもこれでリュックは盗られる事は無いと安心し、晩飯を食べに部屋を出る。
階段の踊り場には、パリーサが一人で立ってた。
「晩飯食べに行くか?」
「うん。一緒に行こうよ」
一緒に行かんとまた、「ルールだから」と言われそうやったんで3人で旅社を出る。
パリーサが選んだ屋台の前のテーブルに3人で腰掛ける。多賀先輩とパリーサはチョチュレとナンを注文したけど、僕は余り食欲が無かったんでナンとシシカバブーだけにする。それでもシシカバブーは5本も食べてしもて、お腹はいっぱいになる。
僕はこのバス旅が始まってからパリーサの元気がないのに気付いてた。トルファンに居る時は口やかましいほど喋ってたし生き生きしてる様に思えたけど、バスに乗ってからは、バスの中でも休憩の時でも口数は少ない。一人で旅に出てきたし、トルファンで何かあったんやろかと少し気になってた。
「パリーサ、今日はあまり元気ないな」
「そうかしら。私はいつもと同じだけど」
「それでもいつもよりあんまり喋ってへんで」
「……」
「
「……」
どこか悲しそうな顔やったけど、返事もせんと大人しくスープを飲み続ける。そやし僕もそれ以上は聞かんかった。
僕も黙って残ってたナンを口に入れる。ナンを食べ終わってから、多賀先輩にこれからの予定を問うた。
「多賀先輩、この後どうします。もうホテルで寝ますか?」
「眠たいけどなぁ、ちょっとうろうろしよか。なんか楽しそうやで。この雰囲気、好きゃなぁ」
「そうですねー。夜店も多いし、面白そうですよね。ほんなら、パリーサはどうする?」
「もちろん、一緒に行くわ」
僕らはすっかり暗くなった库尔勒の駅前をぶらつく。街灯と屋台の明かりで照らされた駅前は大勢の旅人で賑わってる。飲食店もまだいっぱい開いてるし、歩道にはさっき食べた様な屋台がたくさん並んでて、皆楽しそうに飲み食いしてる。
屋台毎にラジカセで音楽を鳴らしてるんやけど、店主の民族性によってか曲調が異なる民族音楽が流れてる。もちろん出してる料理も違うし、漂ってくる香辛料の匂いも店ごとに違う様に感じる。
殆どがウイグルと漢族の店やけど、中には
客はウイグルのおっちゃんが多かったけど、店主と同じ様な服装をしてるお客も居る。それに今まで見た事の無い服を着てる人たちも居って、やっぱりここはシルクロードの中継地やという雰囲気がプンプン漂ってくる。僕はかなり興奮してた。
移動手段は変わったけど、こうやっていろんな人が行き来する光景は昔と変わらんのやろなと感慨を覚えた。隣では多賀先輩も目を輝かせてた。
そんな僕らと対象的に、パリーサは少し寂しそうに歩いてる。
「パリーサ、元気ないやん」
「そうかなぁ」
「こうゆう旅行はしたことないんか?」
「そうねー。実はトルファンから出るのは初めてなの。
「英語はよう喋れるのに、旅行はしたこと無いんか」
「そうね。ムスリムの世の中では、女子は一人で旅行できないのよ。ダメなの。危険だから」
「そしたら、今は怖いのか?」
「怖くはないけど、ちょっと心配で……」
その目はホンマに不安そうやった。トルファンでは見たことない暗い顔。いつもは鬱陶しいヤツやなーと思てたけど、今は少し同情したわ。
「シィェンタイ。お願いだから……、私を一人にしないでね。いつも一緒に居てね」
「そやな。カシュガルまでは一緒やからな。安心してええで」
「ありがとう。お願いね」
「大丈夫や。心配するな」
と言うとパリーサの表情は少し明るくなった様に思えた。
その後僕らは、夜の異国情緒をたっぷりと味わい、涼しくなってきた頃に旅社へ戻る。
階段でパリーサと別れる時、
「明日の朝、勝手に行かないでね。私も一緒だからね」
と念を押される。
「大丈夫や」
と言うと安心して上の階へ上がって行った。
部屋に入ってベッドの上に横になると強い疲労感と眠気に襲われた。
僕はさっきの不安そうなパリーサの事を考えてた。ムスリムの厳しいルールがあって、特に女性は大変そうや。僕らはお金さえあれば自由に旅が出来るし、好きな事もできる。そう思うとなんか申し訳なくなってきて、明日はもう少し話し掛けてみよと思う。
そう思てたら僕は知らん間に眠ってしもてた。
つづく
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