67帖 向神发誓、如果我撒谎的话让我死都行

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 コルマチョップを食べ終えた僕は、汗を拭きながらおっちゃんが戻って来るのを待ってた。


 暫くして厨房からおっちゃんが出て来る。顔はニコニコしてた。ちゃんと言うてくれたんやろか?


「大丈夫。大丈夫」


 と言うて、僕の肩をポンポン叩いてくる。そやけど、ちょっとわざとらしい笑顔が気になる。


 建萍は厨房から出て来ると他のお客さんに料理を運び、そして僕のテーブルに寄ってくる。僕はドキドキしてきた。

 建萍は少し下を向いてたけど、目が少し赤いのが分かった。


「建萍……」

「大丈夫。問題ない。ハハハ」


 とおっちゃんは笑ろてる。でも建萍は黙ったままや。僕の向かいに座ってるおっちゃんは、食べるのを止めてテレビの方を向く。気を使こてくれたみたい。


「えーと、建萍。那个人是ナーグェァレンシー宾馆的ビングァンデェァ服务员フーウーユェン(あの人はホテルの従業員です)」


 これぐらいしか言えへん。もっと中国語が話せたらと思うと悔しくなる。

 その言葉の足りなさを補ってくれたんやろか、おっちゃんがウイグル語で何か言うてる。建萍は小さく頷いてた。まるで幼子が諭される様に。

 僕もなんか言わなあかんと思て、


「建萍、重要チョンイャォ(大切)です」


 と言うと、建萍は顔を上げて僕を見てくれる。顔には涙の跡があった。

 誤解とは言え、辛い思いをさせてしもたんやと胸が痛む。


「ごめんな」


 すると建萍は小さな声で、


「ヨウメイヨウ、ドゥイシィァンマー?」


 と言うてくる。


 あっ、これ。この前葡萄棚で話してた時も言うてた……。あかん、意味が分からん。どう返事したらええんや?


 と思てたら、おっちゃんが「没有メイヨウ」と耳打ちしてくれる。


「没有!」


 と言うと、今度はさっきより大きな声で、


「シィァンシェンファシーマー?」


 と建萍に言われる。僕は思わずおっちゃんを見てしまう。おっちゃんは、声を出さずに口だけ動かして教えてくれた。


 そのまま言うたらええねんな!


「シィァンシェンファシー」


 建萍の表情は少し緩んだ様に見えた。

 そして、


「ウソは、ダメよ」


 と言うてくる。

 更におっちゃんは耳元で囁く。僕はその通りに言うた。


「……」

「ルーグゥォウォ……」

「……」

「サーフゥァンデェァファンラン……」

「……」

「ウォスードウハアン」


 そう言い終わると、建萍はクスクスと笑う。何を言わされたんやろうと僕はちょっと不安になる。なんかの呪文やろか。

 それでもやっと機嫌を直してくれたんが僕にとっては嬉しかった。


 ホッとしてたら、向かいに座ってたおっちゃんがテーブルをポンポンと叩き、テレビを指差してた。

 僕はテレビを覗き込む。建萍もおっちゃんもテレビの方を向いた。


 そのテレビにはなんと、僕と多賀先輩が映ってた。先日の列車に乗ってた時の映像や。僕は「中日友好」と書いた紙を持ってフザけた事をしてる。


 今日が放送日やったんや。日曜日の夕方って教授が言うてたな。もう夜やけど。


 建萍は時々笑いながらそれを見入ってる。

 おっちゃんにはめっちゃウケてた。ちょっとわざとらしい笑いやったけど、雰囲気を盛り上げてくれてるんやと思た。他の客もみんなテレビを見て笑ろてた。


 ナレーションで何を言うてたか分からんけど、その度にみんな僕を見て中国語で何か言うて笑ろてる。何を言われたか分からんし僕は照れ笑いをするだけ。

 建萍にも「面白いー」みたいな事を言われた。


 僕らの映像が終わり、別の映像が流れ始める。建萍は別のお客さんの対応に行く。

 僕は汗をかいてたんと、この一連の騒動でめっちゃ緊張したんで外の空気を吸いたくなる。

 店も混んできたし、


「9時にまた来るわ」


 と言うていっぺん店を出る事に。建萍は何も言わんかったけど、笑顔で頷いてくれた。いろいろあったけど、建萍の笑顔を見るとそれだけで何故か落ち着いた。


 外に出ると、空はすっかり暗くなってた。風が気持ちよく、汗がすっと引いていく。

 僕は誰もいなくなった高昌市场ガオチャンシーチャン(高昌市場)の隅に座り、食堂街の明かりをなんとなく眺めてた。


 そう言えば……。


 あのおっちゃんに何を言わされたんか気になってきた。とんでもない事を言わされたんとちゃうやろかと、ちょっと不安になる。また会うたら確認せんとあかんな。

 それに明日はどこに行こかなと考える。行きたいとこは柏孜克里克バイズークェァリーグェァ千佛洞チィェンフォドン(ベゼクリク千仏洞)と高昌故城ガオチャングーチォンぐらいしかないけど、建萍はそれでええんやろか。他に行きたいと所とかあるんやろか……。


 って考えてたら、ホテルに向かって歩いてる古沢さんを見つけた。


 まだトルファンに居たんや。


 僕が立ち上がると、それに気付いてこっちに寄ってきてくれた。



 つづく

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