68帖 明日、僕はあなたと観光がしたい

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 わざわざ古沢さんから寄って来てくれた。手には食べ物が入ってそうな紙袋を持ってる。


「こんばんわ」

「おお、こんばんわ。今何処に泊まっているの?」

「トルファン賓館です」

「へー。そこは高くない?」

「いえ、旧館のドミで1泊12元でしたわ」

「いいじゃん。僕もそっちに移ろうかなぁ」

「結構きれいですよ。是非来てくださいよ」

「そうだねー。ところで今日のバザールは行ったかい?」

「ええ、行きました」

「すごかっただろ。今日は月に一度の大バザールだからね」

「はい。けど、ちょっといろいろあって……大変でした。でも面白かったですわ」

「そうなんだ。因みにカシュガルのバザールはもっとすごいぞ。えーっと来週の日曜日だったかな」

「ほんまですか。楽しみにしておきます」


 ホテルやイベントの情報を一通り交流する。これは旅行者の一種の挨拶みたいなもんかな。

 それと、僕は建萍に言いたい事があって、旅慣れた古沢さんなら分かるかと思て聞いてみる事に。


「ところで古沢さんは中国語って分かります?」

「ああ、日常会話くらいならねー」

「すごいっすね。そしたら一つ教えてもらってもいいですか?」

「いいよ」

「ありがとうございます。えーっと、『私は観光したい』って『我想去ヲーシィァンチュ观光グァングゥァン』ですよね」

「そうだね」

「そしたら……」


 実は、『私はあなたと観光したい』ってどう言うんか聞きたかったんやけど、なんか恥ずかしなってしもた。


「ああ……、やっぱええですわ」


 そんな僕を見て古沢さんは急に笑いだす。


 あれ、なんで?


「いやいや、笑ってごめんね。女の子でも誘いたいのかなって思ってね」

「ええ、まぁ」


 その通りや! やっぱむっちゃ恥ずかしいわ。


「そうなんだ。あるよねーそういう時。僕も昔よくあったよ。がんばってね」

「はぃ」

「えーっとそういう時はね、手っ取り早く言うと……」


 とまぁ、簡単にレクチャーしてもらいましたわ。その後、古沢さんの若い頃の旅のお話、特に女性関係の武勇伝を有難く聞かせてもらう。


 一通り話を聞いて、それじゃって事で別れた。「武勇伝」の話が長すぎて、初めの中国語講座の内容は殆ど忘れてしもたわ。結構勉強になる内容やったんやけどね。


 古沢さんと別れた後も食堂街を座って見てた。お客はどんどん減っていき、ひとつ、ふたつと店の明かりも消えだす。

 北京時間で言うところの11時前、建萍の店からお客が出ると明かりが少し暗くなる。もうすぐ閉店かなと思て店に行き、戸を少し開けて中を覗いてみる。

 中には片付けをしてる建萍ジィェンピンと、なんでか分からんけど短剣屋のおっちゃんがまだ居って、座ってテレビを見てる。


「おお、来たな」

「シィェンタイ……」

「えーっと……、ただいま」


 建萍は入り口まで来てくれる。もうすっかり笑顔になってた。


「えー、明天ミンティェン(明日)、我想ヲーシィァン和你フォニー去观光チュグァングゥァン(僕はあなたと観光がしたい)」


 と古沢さんに教えて貰ろた様に言うてみる。建萍は何故かおっちゃんの方を見る。するとおっちゃんは、「うんうん」と頷く。ほんで建萍はまた僕の方を見て、


「明天、わたしと、いきましょう」


 と笑顔で言うてくれた。


 よっしゃー!!


 素直に嬉しかったわ。


「ありがとう。一緒に行きましょう」

「はい、いきましょう」

「行きましょう」


 なんか二人で盛り上がる。誤解も完全に解けたみたいでほんまに良かった。

 と、思てたらおっちゃんが口を挟んでくる。


「明天、どこいく?」


 へっ! ちょっと待って。さっきからちょくちょく関わってくるけど……。


「おっちゃんは、誰? 何なん?」


 と聞くと、おっちゃんは席を立ち、建萍の横に並んでニコニコしながら言う。


「わたし、外祖父ワィズォーフー(お爺さん)」


 なんと!


「ええっ、建萍のおじいさん!」


 まじかーと僕がびっくりしてると、「外祖父です」と言いながら建萍は笑ろてた。


「わたし、おじいさん。建萍の、おじいさん。アハハハ」


 二人で笑ろてる。

 建萍は、


「あなたは知らなかったのね」


 みたいな事を言うて、お腹を抱えて笑ろてる。なんとなく僕も一緒に笑ろた。


 つまり僕のトルファンでの行動は、建萍のおじいさんにほとんど見られてたって事やね。


 なんとねー。そうーやってんやなー。ははは……。


 僕は苦笑いしかできんかったわ。


 まぁその後は真面目に明日の予定を相談する。柏孜克里克バイズークェァリーグェァ千佛洞チィェンフォドン(ベゼクリク千仏洞)と高昌故城ガオチャングーチォンに行きたいと伝えると建萍も快諾してくれた。ほんで明日の朝9時に、つまり北京時間の11時に建萍の家の近くでもある葡萄棚で待ち合わせる事になった。


「そしたら、また明天」

「はい」

「おじいさん、さいなら」

「おお、さよなら」

「さよならー」

「ほな建萍、さいならねー。おやすみー」


 店を後にした。

 いろいろあったけど、なんかスッキリできて良かったわ。明日が楽しみになってきたし……。


 そやけど、今日は疲れたなぁ。


 僕はグーと背伸びをして再びホテルに向かって歩きだす。まだお客でいっぱいの店からは笑い声が聞こえてくる。今日のバザールの打ち上げでもしてるんやろか。歩いて行くとその賑やかな声もだんだん小さくなっていく。


 店を出た時は涼しかった風も、今は寒く感じる。突風が吹くと結構寒い。そやけど建萍のあの笑顔を思い出すと、なんか心が暖かくなった様な気がする。


 僕はニヤニヤしながら、ホテルへ帰った。



 つづく

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