62帖 アイデンティティ
『今は昔、広く
洗濯が終わりシャワーも浴びたし、昼飯を食べに行く事に。
案の定、建萍の店はお客で一杯や。他の店もいっぱいみたい。しょうがないし僕はバザールへ向かって歩く。
大通りの
ちょっと覗いてみよと思て中へ入る。店の中は、当たり前やけど中国製品ばかり。お客も汉族がほとんどで、汉族専門の店みたいに感じた。
2階に上がってみると、ちらほら外国製品が売ってる。アメリカ製の髭剃りが売ってたけど、パッケージは中国語で書いてある。そういえば日本を出てから髭を剃ってないわ。
一通り品揃えを見たけど、どこでも売ってる様なもんばっかり。
唯一、気になったんは「麻雀牌」や。昔見た香港映画の麻雀のシーンを思い出した。日本で普通に売ってる様な小さな麻雀牌でなく、タバコのパッケージぐらいの大きさの麻雀牌。それがなんと150元で売ってる。思わず欲しくなって悩んでしもた。
結局持ち運びが重くて大変そうやったんで買うのは諦めたけど、直ぐに日本へ帰るんやったら絶対に買うてたと思う。僕は麻雀が大好きやねん。
百货商场を出てバザール一へ。ここも昨日より店が増えてる感じや。
僕はいつものシシカバブー屋で4本食べる。つまり全ての味を食べ比べてみる訳や。店が増えてた関係で、いつもの位置とは少しずれてた。変わらんのはこのシシカバブー屋の兄ちゃんの服装や。いつも同じ胸のとこに綺麗な模様のある白いウイグル服を着てるけど、お腹の辺は石炭と灰で黒く汚れてる。ズボンも靴もボロボロ。ウイグル語しか喋らへんし、そんなに裕福では無い感じ。
愛想がええ訳でもないし世間話をしてくる訳でもないけど、僕はこの兄ちゃんとこの店? を気に入ってる。半畳ほどのスペースで家族の為に毎日頑張って働いてる。そんな兄ちゃんの姿は素敵に見えた。
食べ終わって歩いてると、喫茶店の様な店舗から僕を呼んでる声が聞こえた。見ず知らずのおじいさんが手招きしてる。寄っていくと向かいの席に座れと言われた。もちろんウイグル語やけど。
おじいさんは、
「シシカバブーを食べたらお茶を飲みなさい」
みたいな事を言うて、僕の分のお茶を頼んでくれた。
「ヤポンィーリキ(日本人か)?」
「ヘーェ、ヤポン(はい、日本人です)」
おじいさんは嬉しそうに握手を求めてくる。やっぱり敵の敵やから? 僕はお茶のお礼を言うて握手をする。
おじいさんはウイグル語で話し始めたけど僕には判らん。僕は少し首をかしげたけど、お構いなしにおじいさんは語る。
そのおじいさんの語り口調は独特のリズムと抑揚があって、言葉は判らんけれど不思議とその話に入っていった。
お茶を飲んでから、おじいさんは窓の外を眺めて話を続ける。
「昔はのう、オアシスはもっと大きく、水も豊富で、草原も豊かやった。儂らはたくさんの動物と少しの畑を耕して暮らしとったんや。それが汉族が来てから暮らしがキツくなっていった。儂らは必要な分だけ貿易で金を儲けてたのに、それを横取りされてしもた。今、金を儲けてるのは汉族と一部の
おじいさんに魔法を掛けられた僕は、話にのめり込む。しかも日本語で話しかけられているみたいに話の内容が頭に入ってくる。お茶を飲めと言うてから、おじいさんは話を続けた。
「そやけど汉族がみんな悪い訳ではない。汉族でも儂らよりひどい生活をしてるヤツが居るんも知ってる。要するにドンがあかんのや、ドンが……」
お茶を一口飲んで、そして遠くを眺めながら寂しそうな顔で話を続ける。
「古いほんまのウイグル語を話せるやつも減ってきた……。しかし歯向かう事はできん。戦う術がないんや。そのうち儂らの生活や文化や習慣、そして人そのものが無くなってしまうかも知れん……。だから若い奴らには頑張って欲しいと思てるんや……」
とおじいさんが言うたかどうかは分からんけど、僕は何となくそう言うてる気がした。
話が終わると、「おしまい」みたいな事を言うて笑顔でまた握手をしてきた。そしておじいさんと僕は店を出る。
喫茶店の周りには、さっきより出店が増えてる。人も増えてきた。
「明日はもっと大きなバザールが立つよ」
と、おじいさんは言うてるみたい。明日も見に来ようと思た。
すると、その前をロバ車に乗った多賀先輩が通過して行った。
「多賀先輩!」
と声を掛けたけど聞こえんかったみたい。
僕はおじいさんにお礼とお別れを言い、多賀先輩を追いかける。多分ホテルに戻るんやろ。僕もそっちへ向かって歩き出す。
途中、赤い垂れ幕のある体育館の様な公会堂の様な建物の前を通る。そこも結構な人集りで、着飾ったウイグルの男性や汉族が何やら真剣な顔をして話してる。
团结中路を左に曲がると葡萄棚の通りや。なんとそこにも露店が立ち始めてた。電球がぶら下がってるところを見ると夜店でもやる雰囲気や。
ホテルの部屋に戻ってみると多賀先輩はシャワーを浴びてる。
「ただいま」
と大きな声で言う。
「おお、おかえり」
シャワーの水音が止まった。
「買い出しはどうでしたか?」
「まあ大変やったけどな、バーベキューの用意は完璧や」
「良かったですね」
日曜日は暇やし、僕もバーベキューに行きたいなーとちょっと思てきた。
「女の子は来るんですか?」
「おう。なんと2人、可愛い子が来るらしいわ。えへへへー」
そうなんや。2対2か。そやし邪魔せんとこうと思た。
「めっちゃええですやん。どんな女の子が来るんですか?」
「いや知らん」
なんや知らんのか。可愛いんかな? どんな子が来るんやろうと想像してたら多賀先輩はシャワーから出てくる。
「今からまた出てくるわ」
「えっ、また」
「そう。その女の子らと漢族の兄ちゃんと一緒に晩飯食うねん」
「そうなんっすか」
「そやしこれ、貰ろたんやけど食べといてくれるか。なんやサムサって言うもんらしいわ」
テーブルの上を見ると包み紙があって、開けてみると中から三角形をしたパイの様なもんが5,6個入ってた。
晩御飯こそ建萍の店で食べようと思てたけど、また明日行くことにしてサムサを頂く事にした。
多賀先輩が出て行き、日も暮れて暗くなってくる。部屋の電気を付け、僕は一人でサムサを食べる。
サムサは、パイ生地の様な皮の中に、羊肉のブロックと玉ねぎなどの野菜が入ってる。冷めててもそこそこやったけど、焼きたてやったらめっちゃ美味しいやろなぁと思た。
四つ食べたらお腹が苦しくなってきたんで、ベッドに横になる。胃が小さくなってきてる様な気がする。そういえば体重も減ってるかも?
しーん、とする部屋。
窓の外から軽快な民族音楽と歌声が聞こえてるのに気付いた。
外を覗いてみると、葡萄棚の辺りが明るい。残りのサムサを口に入れ、ホテルを出て行ってみた。
近付くと、音楽や人の声がだんだんと大きくなってくる。葡萄棚にも明かりがぶら下げられ、ウイグルの人達で賑わってる。
男の人はいつもより綺麗な刺繍の帽子をかぶり少し長めの黒いベストを、女の人は普段よりも派手な色のドレスを着て踊ってる。
楽しそうなんでもっと近づいてみる。
踊っている人の中には小さい子供も居たけど、70か80位のおじいさんも居る。若者に劣らずキレのある踊りをしている。すごいなーと感心するとともに、祭りが大好きな僕はワクワクしてきた。
更に近づこうとした時、昼におじいさんから聞いた話を思い出す。なんとなくやけど、他民族である僕はあの場所に行くべきではないと思た。
ちょっと寂しかったけど、僕は近づくのを止めてホテルに戻りだす。
部屋に戻りベッドで横になる。
通りから聞こえる楽しそうな音を聞きながら、僕は一人で寝る事にした。
つづく
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