60帖 サルボボ
『今は昔、広く
店の前で、僕と多賀先輩とウイグルのおっちゃんの3人は世間話をしてた。
やっぱりこのおっちゃんもウイグルと日本人は友達だと言うて盛り上がってる。しかもビールまで奢ってくれた。
試しにおっちゃんにビールを勧めてみる。
「ノーノー。私、ムスリム。お酒ダメねー」
「そうでした。ごめんなさいね」
やっぱりお酒は禁止されてるんや。ちゃんと決まりを守ってるんやと感心させられる。
これから僕らが進むルートは全てイスラム教の国やから中国を出たらお酒は飲まれへん。そう思て更にビールを追加する。今のうちにたくさん飲んでおこう。ついでにシシカバブーも追加。
因みに注文を取りに来てくれたウイグルのお姉さんは彫りも深くて、ジィェンピンと違ごて100%のウイグル民族やと感じた。それにしてもウイグルの女性はみんな綺麗に見えるわ。
暫くしておじさんは、
「そろそろ帰る」
と言うて席を立ち、大通りの方へ歩いて行った。
それと入れ替わりに、学校終わりの子ども達の姿が見えてくる。ぞろぞろ歩いてる子供の中で小学生の2年生か3年生ぐらいの男の子がこっちへ寄って来た。もちろんウイグルの子。
「
と聞いてくる。
「そうや日本人やで」
「オオー、日本人。アハハハ」
なんやこいつ、僕らを見て笑ろとる。
「お前は誰や」
と多賀先輩が聞く。
「オオ、日本人。コニチハ」
ちょっと日本語喋るけど、こっちの日本語は分からへんみたいや。
「それは、『こんにちは』や」
「コンチハ?」
「こ、ん、に、ち、は」
「オオ、コンニチワ」
「そうや、それでええ」
「オハゴザマス」
「それは『おはようございます』や」
「オハヨウ……。アーハハハハ」
僕らを指差して笑ろとる。なんかバカにされてる様や。まあ、こんな小さい奴が言うてるから構へんけど。
「日本語、日本語!」
なんや日本語を教えて欲しいみたいな口振りや。
「私は」
「ワタシワ」
「ウイグル人です」
「ウェイウーェァーズー(ウイグル族)デス」
「OK、OK」
「アハハ、アーハハハ」
なんやこいつ。教えてほしいのか、からかってるんかどっちや。
多賀先輩は段々イライラしてきて、
「お前むかつくなぁ。あっち行け」
と言うた。
「アッチケー。アーハハハ」
日本語を言うたびに指を差されて笑われる。だんだん僕もムカついてきた。
「はい、あっち行って。バイバイ」
「アー、バイバイ、ダメ。日本語、日本語」
バイバイされるのは嫌みたいやな。もうちょっと遊んで欲しそうや。
「お前はサルボボかぁ」
と言うて多賀先輩は少年を指差す。
サルボボとは、ご存知の通り岐阜県は飛騨地方のお土産。猿の赤ちゃんという意味の赤い色で黒い頭巾と腹巻をした人形や。とても可愛い。本来は、子供を守るとか子宝とか安産とかのお守りの意味があるらしい。
僕らのワンゲル部では、北アルプスの山行に行った帰りは高山に寄ることにしてる。以前、話した長野県の松本と同じで、山で汚れた体を温泉で洗い落とし居酒屋で山行の無事を祝う。その後は始発列車まで高山陣屋付近で野宿をする。その時に赤いサルボボを見つけ、僕らの話題になる。なんで話題になったかというと、「サルボボ」という響きがフランス語に似てたんで、わざとフランス語風に「サルボボ」と言うのが流行る。大概酔っ払ってたんで呂律も回らへんし、誰かの問いかけに対して真面目に答える気が無いときは「サルボボですねー」とか「それはサルボボなんとちゃうか」とか適当に答えてた。とにかく「サルボボ」と言うておけば、話が進んでいった。
そんな用法で多賀先輩は「サルボボ」と言うたわけでは無いと思う。その少年が猿みたいな動きをしてたんで、そう言うたんやろ。
それを少年がどう捉えたか分からんけど、きっぱり否定してきた。
「サルボボ、チガウ」
なんかわからんけど、えらいが嫌がってる。
「そうなん。俺、サルボボやで」
と多賀先輩は言う。それに合わせて、
「僕もサルボボやで」
と言うと、今度は少年も、
「ワタシ、サルボボ」
と言うてる。
「なんやお前、サルボボかぁ」
と嫌なものを見る目で多賀先輩は少年に言い放つ。
「ノー、サルボボ、チガウ」
「俺、サルボボ」
「僕も、サルボボ」
「お前は?」
「ワタシ、サルボボ」
「わー、お前サルボボかぁ!」
「ノーノー、サルボボ、チガウ」
こんな嫌がらせを何回かやって遊んでた。そしたら少年は疲れて家に帰ろうとする。そこですかさず多賀先輩は手を振って言うた。
「サルボボー(さいならー)」
僕も手を振りながら、
「サルボボ(さいなら)」
と言うと、少年も「サルボボ」と言いながら手を振って去っていった。
「あいつ、『サルボボ』って日本語を何て覚えたんでしょうかね」
「さあ、わからんなー。でも絶対に覚えたやろし、どっかで日本人を見たら『サルボボ』って言うやろなぁ」
「ほんま無茶苦茶しますねー」
「ほんで、トルファンに『サルボボ』って言う日本語が流行ったらおもろいと思わんけ」
なんかまたアホな事言うてはりますわ。でもそういうノリって僕は好きです。
そんなことを言うてたら、遠くの方から1台のロバ車がやって来る。よく見ると少年ヤシーンやった。多賀先輩はさっきのノリの続きでまた言うてる。
「おうー、サルボボ!」
今度は「こんにちは」の意味かなと想像する。少年ヤシーンの首をかしげる姿を見て、僕と多賀先輩は笑ろた。
「観光、行きましょう」
と少年ヤシーンは誘ってくる。
「お前、昨日ぼったくったやろ。1時間5元が相場やんけ」
と多賀先輩は文句を言う。ちょっと申し訳なさそうに少年は、
「じゃあ今日は、3元でいいです」
と言うてる。かわいそうな感じもしたけど、長いこと乗ってあげたら1時間3元でもええ稼ぎになるやろ。
「よっしゃ。そしたら暇つぶしにどっか行こか。北野、ええとこあるか?」
「そうですね……」
「
交河故城は、トルファン郊外の古い城跡や。シルクロードの遺跡としてちょっと興味がある。
少年ヤシーンは困った顔をして、
「ちょっと、遠いです」
と言うと、両手を広げて見せてくる。
「10時間かかるってこことか?」
「そうです。時間がかかります」
「そしたら、もっと近い所で何かあるか?」
少年ヤシーンは考える。
「……。
「おお、それええな。そこ行こか」
「そうですね、まだ見たことないし」
「じゃあ、乗ってください」
残ったビールを一気飲みしてロバ車に乗る。少年ヤシーンは嬉しそうやった。
高昌地区の市街地を抜け、畑の中を30分ぐらい行くと円錐形の塔が見えてくる。
その苏公塔はイスラム教の建物のはずやけど、綺麗な装飾もされてなくて土色をしている建物やった。綺麗な装飾がされてるのを期待してただけに少し残念。
そやけど塔に近づいてみると、ただの土色でない事が分かった。
建物は
また塔の隣の四角い建物はモスクで、入場料を払えば中に入れるみたい。開いてるドアから中を覗いてみると、そんなに綺麗な装飾でもなかったんでお金を払ろて入るのは止める。塔の上にも登れるみたいで、できれば登ってトルファンの様子を眺めたり写真を撮ってもええかなと思ったけど、やっぱりお金が要るんでそれも止める。
結局僕らは近くの木陰に座って、ボーっと塔を眺める事にする。茶色い塔と青空のコントラストがめっちゃ綺麗。
ふと多賀先輩を見ると、もう昼寝をしてる。日向はめっちゃ暑いけど、木陰は涼しくてちょうど過ごし易い。僕も昼寝をする事に。
横になって塔を見てると空に雲が流れてきた。その雲を眺めてたら、いつのまにか寝てしもた。
少年ヤシーンの声で目が覚める。多賀先輩も起きた。
「これ食べてください」
少年ヤシーンはメロン(ウリ)を持ってる。ちょうど喉も渇いてたんで嬉しかった。
「どうしたんやこのメロン」
「近くで貰ってきました」
少し離れた所に民家はある。そこでもらってきたんやろか?
少年ヤシーンは、腰から例のウイグルの剣を取り出して切ってくれた。ちょっと食べにくかったけど、水々しくて美味しい。
「お前気が利くやんけ」
意味は分からんみたいやけど、多賀先輩に褒められたと思て嬉しそうにしてる。
食べ終わった後、再びロバ車に乗って街へ向かい、ホテルまで乗せて貰う。
トータル3時間の観光やった。最初の契約では1時間3元やから合計で9元やけど、僕と多賀先輩が7元づつ出して14元払ろた。
少年ヤシーンはたいそう喜んで、
「ありがとうございます」
と言うと、ロバ車を駆って去って行く。
何度も振り返り、
「また
と言うて手を振ってる。
多賀先輩は、
「サルボボー!」
と叫んで手を振る。この人は「サルボボ」を絶対に流行らそうとしてると思た。
僕も「サルボボ」と叫ぶと、
「サルボッボー!」
と少年ヤシーンも叫んでる。二人で腹を抱えて笑ろた。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます