57帖 勇者ハ剣ヲ手ニ入レタ

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 チケットが買えたんでバスターミナルを出て、向かいのバザールへ行ってみる。

 この「バザール」と言う言葉の響き、異国に来たって感じやね。それとなんとなく怪しいイメージがあってイベントでも発生せんかとワクワクする。RPG(ロール・プレイング・ゲーム)をやってる感覚やね。


 バザールは、小学校の校庭一個分位のスペースに屋台や露店がたくさんあり、既にお客さんで賑わってる。明日、党大会があるせいなんか分からんけど、着飾ってる人や漢族の人も多い。


 まずは腹ごしらえと言う事で、昨日のシシカバブー屋へ行って2本頼む。昨日も食べた白い岩塩と、もう1本は黄色い香辛料をつけて食べてみる。カレー味を期待したけど、ただ辛いだけやった。

 それでも、


『HPガ少シ回復シタ!?』


 みたいな感じや。食べ終わってからは多賀先輩と別々にバザールを見物する。


 僕はまず果物屋さんの方から回る。メロンやスイカ、桃、イチジクなどが売られてる。変わったところでは、小さい頃に食べた記憶がある赤いザクロを売ってる。

 懐かしいなあと思て見てると、ザクロ屋のおばちゃんが勧めてきた。

 ザクロ屋のウイグル人おばちゃんは頭に黄色い布を被ってて、顔はしわくちゃで、どことなく僕の祖母に似てる。買うてあげたいなぁと思うし、それに久しぶりに食べいと言う気持ちもある。

 そやけど種ばっかりというのも分かってるし、そやから食べるのも面倒くさいなぁと思てた。


「あんた。これを向こうの店に持って行ったら、ジュースにしてくれるから買いなよ」


 みたいなことを言われる。

 おばちゃんが指差す方を見ると、小さなテーブルの上にジューサーミキサーとコップだけを置いてる店がある。


 なるほど、果物を買うて持っていったらジュースにしてくれるんや。


「おばちゃん、そしたら買うわ」

「ありがとね。こんだけ買ったらコップ一杯飲めるよ」


 とザクロを袋に入れてくれる。値段は2元やった。

 そのザクロをジューサーの店に持って行くと、要領よく中身を出してジュースにしてくれる。ご丁寧に種も濾してくれて、氷も入れてくれた。これで5マオ、1元の半分や。


 飲んでみると懐かしい味がした。酸っぱくて美味しく、ビタミンCが体中に染みわたり、


『更ニ、HPガ回復!?』


 した感じ。


 飲み終わった後、順番に店を物色してたら、ここにも干し葡萄屋がある。トルファンの名産は葡萄らしい。値段を聞いてみると昨日買うた高昌市场ガオチャンシーチャン(高昌市場)の方が安かったわ。


 その他にもブリキや真鍮、銅で作った色々な雑貨や金物が売ってる。綺麗な形の鍋や、水差しやと思うけど、これも巧妙に銅板で作ってある。


 ウイグルの独特の模様かな。


 綺麗な装飾の入った器は結構高そう。それにしても、器用にこんなもんを作るなーって感心する。勿論、全部手作りや。


 その隣にはナン(ウイグルのパン)屋さんがあって、おばちゃん達で賑わってる。


 そのおばちゃん達、結構歳がいってても、カラフルな模様の服を着てる。漢族のおばちゃんは地味な服やけど、ウイグルのおばちゃんは後ろから見ると、「お姉ちゃんかなー」と思てしまうぐらい派手や。顔を見るとおばちゃんやったんで少し残念、というのが何度もあった。


 多分孫やと思うねんけど、一緒に連れて歩いてる小さい女の子もひらひらのドレスみたいな服を着てる。


 小さい頃からオシャレな服を着るのが伝統なんかな?


 ちょっとお金持ちっぽい人は、艶のあるシルクの様な布でできた綺羅びやかなドレスを着てる。服装を見てるだけでも、「異国に来てる!」という実感が湧いてくる。日本では絶対に見られん光景やもんね。


 そんな感じで屋台や露店を観察しながら歩いてると、突然、日本語で声をかけられた。

 昨日、漢族の食堂で会うた刃物売りのおっちゃんや。


「こっちへ来なさい」

「こんにちは。約束通り来たよ」

「よう来たな。一つ買ってちょうだい。どれも綺麗だろ」


 おっちゃんの店には大小様々な剣が並んでる。どの剣の鞘にも綺麗な模様が掘ってあって、真鍮の板が埋め込んであるもんもある。結構手の込んだ装飾がしてあって、宝石の代わりにビーズなどが埋め込まれてる。ウイグルと言うか中央アジアと言ってええのか、それともアラビア系とでも言うんか独特の綺麗な装飾や。

 その中には、もしこれが博物館に飾ってあったら、それ相当のもんなんやと思ってしまう物もある。


「これはどうだ。こいつはウイグルらしくていいぞ」

「いえ、僕はそういうものは要らないですよ」

「何を言ってるんだ。ウイグルの男はみんな剣を持ってるんだぞ」


 短剣を持ってへんかったら男や無いぞ、みたいな口振りや。

 別に勇者や無いから要らんのやけど……。


「私も持っているだろう。となりの人も持ってる。ウイグルの男はみんな剣を持ってるんだ。あなたも買いなさい」


 隣の店のおっちゃんは、腰に付けてる短剣をわざわざ見せてくれた。そんな感じで僕は説得されつつある。綺麗やし独特の雰囲気があるんで、お土産に買うてもええかなと思う様になってきた。


 日本でウケるかも。


 そやけど、これって実用的なんやろかという疑問も湧いてくる。


「おっちゃん、その剣は切れるんか?」

「切れるよ」


 と言うて鞘から出してくれる。丁寧にがれてて鋭く尖っていたけど、すべて地金でできてる感じで鋼は付けられてない。あんまり切れ味も良くなさそうやし、使ってる内に切れん様になるりそう。

 逆に切れ味のええもんを腰にぶら下げてると言うのも、治安的にどうなんやろうとも思た。


 この剣は、やっぱり飾り物かな?


 と思えてくる。そんな目で見てると、おっちゃんは林檎を取り出し、皮をむき始める。


「どうだ。切れるだろう」


 と切れ味を見せてくれる。なるほど、武器として剣を使うんやなく、こんな風に日常生活で使うもんなんやと分かった。果物ナイフ代わりやな。


「それやったら、一つ買います」


 記念に一個買う事にした。

 刃渡りが10センチぐらいで、赤や黄色のビーズで装飾がしてある小ぶりのものを選ぶ。ここから値段交渉や。


「おっちゃんこれはいくら」

「それは50元だ」

「高いなー。安くしてや」

「45だな」


 45元もするんやったら、やっぱりやめとこかな。


「45元でも出せへんわ。30元ぐらいのは無いの?」

「それなら、これと……、これと、これだな」


 と3つ、並べてくれる。その中で一番綺麗なヤツを選んだ。

 刃渡り15センチぐらいで、真鍮とビーズで装飾がしてある。勝手に鞘が抜けん様に細工もされてる。刃は地金だけやけど、綺麗に成形されてるんで飾るには丁度えかなと思た。


「おっちゃん、これもう少し安くならん?」

「よし、25元にしてあげよう」

「おおきに! そしたらこれちょうだい」

「これでお前もウイグル男の仲間入りだ。あははは」


 と上機嫌で握手をしてくる。


『勇者ハ剣ヲ手ニ入レタ! 攻撃力ガUPシタ!?』


 お金を払って立ち去ろうとすると、隣の店のおっちゃんが、


「俺の店でも買うてくれ」


 と日本語で喋りかけてくる。

 さっきのおっちゃんとは商売仲間みたいで、「こいつの店でも買うたってや」みたいな事を言うてくる。

 ちょうどその時、多賀先輩もやって来たんで誘う。


「一緒に買いませんか?」

「おお、なかなかエキゾチックやなー。よし、俺も一つ買うわ」


 と言うて選び始める。僕は隣のおっちゃんの店で、


「15元ぐらいのある」


 と聞くと、刃渡りが30センチぐらいで、さやが皮でできてる剣を出してきた。このサイズで15元はお得やと思う。

 刃を見てみると、削りも荒くて全然研いでへん。そやし安いんやと思た。

 またその剣は柄の部分しか装飾がされてへんかったけど、もしもの時はこっちの剣の方が役に立つやろうと思て買う事にする。


『勇者ハ、ロングソードヲ手ニ入レタ!?』


 多賀先輩はさっきのおっちゃんの店で僕が買おうとしていた短剣を40元で買うてた。


『多賀先輩モ、攻撃力ガUPシタ!?』


 ウイグル自治区まで来たええ記念にはなったけど、なんか今になって考えると、無駄遣いをした様な気になってきたわ。


『GOLDガ減ッタ!?』


 それにこれから先、出入国の時にイミグレーションで引っかからへんか心配にもなってくる。そこで没収されたら元も子も無いからなぁ。


『勇者ハ、バザールヲ、後ニシタ!』



 つづく

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