56帖 神様の2つの思し召し

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 5月31日、金曜日。

 朝早く起きて、レセプションへ行く。

 一泊追加をしようとお願いしたけど、明日から党の大会があるので予約でいっぱいやと言う。

 服務員のお姉さんは、


对不起ドゥイプーチー(ごめんなさいね)」


 と言うてくれた。中国で初めて聞いたわ、この言葉。

 それに対して僕は、


没关系メイグァンシー(構いません)」


 と中国語で返す。僕も中国で初めて言うた。


「多賀先輩、どうします」

「しゃぁないし、他のホテル探そか」


 僕らは荷物をまとめ、吐鲁番トルファン饭店ファンディェン(トルファン旅館)を後にする。


 旅館を出ると僕らは東へ向かう。

 まだ10時前やったし涼しい。そやけど空気が澄んでる分、朝から日差しはきつい。

 自転車で出勤してる人、学校へ行く少年少女たち。服装や風景こそ違うけど、平日の朝はどこも同じ雰囲気や。


 近くのホテルから順番に部屋の空きを確認する。そやけど安いとこはどこも「党大会」の影響で一杯や。

 5軒回っても、どこも「没有メイヨウ(ないよ)」と言われる。ただ北京と違うのは、その後に「对不起」と言うて貰える事かな。


 かれこれ1時間近く歩き、かなり疲れてくる。安宿は全ていっぱい。仕方が無いんで最後に取って置いた外国人向け高級ホテルの吐鲁番宾馆ビングァン(トルファンホテル)に行ってみる事に。


 敷地に入ってまず驚いたんは、エントランスの前にロータリーがあって、ボウイも居てた事。中国で初めて見たわ。

 植木や花壇が整備され、埃ひとつ落ちて無い様な雰囲気や。建物も現代的で豪華。


「多賀先輩、今までのホテルとは雰囲気が全然違いまっせ」

「そやな。結構高そうやな」

「ですよねー。多分無理やろなぁ」

「部屋があっても、めっちゃ高いんとちゃうか?」

「ガイドブックでは1泊100元って書いたりますわ」


 そう言いながら中へ入る。冷房が効いてるとこからして高そう。ロビーに冷房が効いてるのも初めての経験や。

 レセプションに行き、部屋が空いてるかドキドキしながら聞いてみる。


 結果は、なんと空いてるとのこと。そして高いのを承知で値段を聞いてみると、ドミトリーで12元やった。


 めっちゃ安い!


「加賀先輩、これってめっちゃラッキーとちゃいます」

「そうやな。吐鲁番饭店より安いやん。ここにしよう」


 と言うことで、直ぐに宿泊の手続きを済ませる。代金を支払うと、部屋に案内してくれた。

 流石に12元ではこんな豪華な建物には泊まれんわ。別館と言うか旧館みたいなとこへ案内される。

 それでも昨日の旅館に比べると格段にきれいな部屋や。しかも四人部屋のドミトリーで、他の二人は居らへんし僕らの貸切やった。


 これやったら昨日からここにしてたら、安くて綺麗な部屋に泊まれたのに。


 まあ、昨日の旅館がめっちゃ汚いわけでは無いけどね。それほどここは快適やと言うこと。

 荷物を整理すると、僕らはバスターミナルへ向かう。


 外へ出てみると、午前中やというのにかなり暑くなってる。いや、冷房のせいでそう感じるんかも知れん。


 バスターミナルがあると思われる方向に歩いて行く。今日はロバ車のタクシーが全然居らんと思たら、まだ午前中やから子供達は学校に行ってるんやった。


 20分ぐらい歩いて、やっと長距離バスターミナルを見つける。昨日行ったバザールの反対側やった。


 平日の朝やのにチケット売り場には大勢のお客さんが居る。窓口がいっぱいあるんで何処で買うたらええか迷ってたら、バスの整理をしてたおっちゃんが声を掛けてくれる。


「どこ、行く?」

「カシュガルに行きたいんやけど」

喀什カーシーね。土曜日と火曜日にバスが出るよ。売り場は3番だ」

「おおきに、おっちゃん」

「おお、気にするな」


 親切なおっちゃんや。


「多賀先輩どうします? バスは土曜日と火曜日やて。早かったら明日になりますけど……。火曜日でええですか?」

「そうかぁ? 明日でええんちゃう」


 僕はもう少しトルファンを見てみたいと言う気持ちがある。


「火曜日は、どうですか?」

「それやったら遅なるしなぁ」

「もうちょっとトルファン見たいんですけど」

「そうやけど、こんな所におっても時間の無駄やぞ」

「トルファンのもっとええとこ見たいし、もう少し居れませんかね」

「ホテル代も掛かるやんけ」


 まぁ、そやけど……。


「今日見つけたホテルは安いですやん」

「そやけど俺はどんどん先に行きたいんや」


 なんか多賀先輩との意見が合わへん。僕も早く最終目的地のイラクに行きたい気持ちはあるけど、多分もう二度と来れへんやろから、見れる所はちょっとでも見たい。それにいろんな出会いもあるかも知れん。そんなチャンスを2、3日伸ばす事で失いたくはなかった。


 そやけど旅のパートナーとして、いずれ別れ離れになる時が来るかも知れんけど、多賀先輩とはもう少し一緒に行動をしてみたいというのもある。


「……」

「まぁ先にどんどん行こうや。この先にもまだまだいっぱい何かあると思うで」


 真剣な顔で言うてる。そやし僕は多賀先輩に従うことにした。


「わかりました。とりあえずチケットを見に行きましょう」


 3番のチケット売り場に並ぶ。三人目やったんで直ぐに回ってくる。


「カシュガルまで二人」

「いつですか?」


 外国人もよう来るんか、窓口のウイグルのおっちゃんは英語が通じるみたい。


「明日の土曜日」

「ごめんなさいね。明日のチケットは売り切れました」


 なんと売り切れや。前日では無理なんか。でも逆にこれはラッキーかも!


「多賀先輩どうしますぅー」


 声が嬉しそうになってしまう。


「もうそりゃしゃーないわな。火曜日にしようか」

「わかりました。あざーす!」


 良かった。結果的に火曜日になったわ。多賀先輩はそんな嫌そうな顔やなかったし、安心した。


「そしたら火曜日のチケットを2枚ください」

「OK。8時に出発するから、それまでに3番乗り場に来てください」

「8時と言うんは北京時間ですか」

「そうです。北京時間です」

「分かりました。なんぼですか」

「一人53元で106元です」

「分かりました。106元ですね」


 多賀先輩から53元貰ろて代金を支払う。チケットには「NO.1」、「NO.2」と書いてある。火曜日はまだまだ空いてるみたいや。


「まぁ結果的に良かったやん」

「そうですね。暑さにもなれんとあかんし、トルファン観光でもしましょうか」


 なんか嬉しくて、適当な言葉しか出てこんわ。


「そうと決まったら俺も色々行きたい所があるし。トルファンを楽しむわ」


 多賀先輩にそう言うて貰ろてホンマに安心できた。


 ホテルの事といい、バスのチケットの事といい、これはウイグルの神様の思し召しかな?


 これでトルファンを堪能できそうや。



 つづく

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