54帖 ウイグル美少女とカナート

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 ロバ車タクシーの少年がこっちへ寄って来る。


「さあ、観光へ行きましょう」


 約束をちゃんと憶えてたみたいやな。


「なんぼすんのや?」

「1時間で15元です」

「15元か。400円ぐらいやったらええか」

「相場が分からんっすからね。まあ取り敢えず行っときましょか」

「どこへ行きますか?」

「えーとね、どこでもええけど、必ずカナートへ行ってくれるか」

「分かりました。それでは初めにモスクへ行きましょう」

「モスクて何や?」

「イスラム教のお寺ですわ」

「よっしゃ、行ってみよか」


 僕らは荷台に乗ると、少年はロバに鞭を打って動かした。


「お前、なんちゅう名前や」

「僕の名前は、ヤシーンと言います」

「ヤシーンか。そしたら『少年ヤシーン』って呼ぶわ」

「わかりました」

「少年ヤシーンは何歳なん」

「僕は18歳です」

「おお、若いのう」

「少年ヤシーンは、日本語上手やな」

「はい、日本人の旅行者に教えてもらいました。日本語が話せると観光の案内で稼げます」


 大通りに出ると南へ向かう。


「なるほど、そうやって働いてんねんや。観光客が居らんかったらどうすんの」

「いつもは畑で野菜や果物を作っています」


 なるほど。ロバ車タクシーは副業ね。

 途中、中学生ぐらいと小学生の少年たちが運転しているロバ車とすれ違がう。


 そんな歳でも運転できるんや。免許は要るんやろか?


 少年ヤシーンの友達みたいで、ウイグル語で何か喋ってた。少年ヤシーンは「日本人のお客をとったでー」みたいな感じで喜んでる。中学生らは羨ましそうな顔をしてた。


 それにしても日差しがきつい。もうすぐ4時やというのにめっちゃくちゃ暑い。


 そうや! 現地時間では2時やった。一番暑い時に観光に出てしもたわ。


 時差があると時計を合わせるんが面倒くさいなと思たけど、やっぱり移動の事を考えて北京時間のままにしておく。因みに気温はなんと34度やった。


 しばらく行くとモスクに着く。初めて見るモスク。中国語で清真寺チンヂェンスーと書いてある。モスクの中にはムスリム(イスラム教徒)しか入れへんので僕らは外から写真を撮るだけ。

 そんなに大きくはないけど、丸いソフトクリームのような屋根が特徴的で、緑や青のタイルで装飾がしてある。こういう建物を見ると異国に来たなぁという実感が湧いてくる。日本では見たこと無いしね。


 大通りを右に曲がって西へ進んで行くと、左手にバザールがある。屋台がいっぱい出てて、そこそこ賑わってる。買い物客の殆どがウイグルのおっさんや。女の人も少し居ったけど、おばさんとおばあさんばっかり。ほんでも皆カラフルな布を頭に被ってるんで目立つ。


 ロバ車はひたすら西へ西へ。民家が増えてきて、街の中心から外れに来たんが分かる。大通りから細い路地に入りると、そこは住宅地の中やった。


「少年ヤシーン、どこへ行くねん」

「とっても暑いので、ロバに水を飲ませに行きます。僕の家はすぐ近くです」

「お前の家に行くんか?」

「家に寄ってから、カナートへ行きます」

「なんやねんそれ」


 細い路地をくねくねとロバ車を進める。なんか住人に変な顔で見られてるような気がして、ちょっと不安。

 更に路地を奥へ進むと少年ヤシーンの家に着く。家の様子からあまり裕福では無い感じはする。


「ここが僕の家です。ロバに水を飲ませるので待っていて下さい」


 隣の家にもロバがいるみたいで、急にロバ同士が鳴き出した。初めてロバの鳴き声を聞いた。顔もそうやけど、鳴き声も哀愁が漂ってる。その鳴き声を聞いているとロバがかわいそうに感じてくる。


 少年ヤシーンは家の中へ向かって何か叫んだ後、ロバに水を飲ませる。

 暫くすると家の中から可愛い女の子が出て来る。


 おお、可愛いなぁ……。


 肌は白くて顔の彫りは深く、目は大きく二重で、透き通る様な瞳をしてる。頭はきれいな黒髪を三つ編みにしてる。

 大きくなったらめっちゃ美人になりそうな顔やった。


「僕の妹です」

「かわいいなあ」

「えへへへ」


 その子は、皿にメロンを切って持ってきてくれた。


「食べてください。これはサービスです」


 と、少年ヤシーンが言うと、妹さんが僕達に振る舞ってくれる。下を向いてたんで間近で顔は見れへんかった。

 暑さで喉は渇いてたし、二切れずつ頂く。よう冷えてるし、甘くてジューシーや。


「妹さんは何歳ですか?」


 と、聞いてみたけど下を向いて黙ったまま。日本語が分からんかったかな。


「14歳ですよ」

「むっちゃかわいいなあ。美人になるで」


 と多賀先輩が言うとパッと顔を上げ、少し不安そうな顔をしてる。僕と目が合うと直ぐに家の中へ入ってしもた。

 あとひと切れ食べたかったし、もう少し妹さんの顔眺めてみたかった。それぐらい綺麗やと思た。


 妹さんもそうやけど、バザールに居ったおばさんも彫りが深くてヨーロッパ系の雰囲気がある。もうここはモンゴロイドが多い東アジアでは無い。中央アジアや。そう実感した。


 そういえば少年ヤシーンも彫りが深くて結構イケメンやね。


「お待たせしました。それじゃ行きましょうか」

「メロン、ごちそうさんでした」

「いえいえ。お父さんと作っているのでいっぱいあります」


 そう言うて再びロバ車を走らせる。さっきより気持ち早くなった気がする。

 さっきの妹さんのことを考えてた。めっちゃ可愛いねんけど、14歳やったら中学生やんな。学校は行ってないんやろかと心配してしまう。


「妹さんは学校へ行ってへんのか?」

「行ってますよ」

「ほな、なんで家におったんや」

「もう学校は終わってます。午前中だけです」

「なるほどね」


 僕が思うに学校は午前中だけで、昼からは働くんやろと思た。そういえばさっきすれ違ごたロバ車の少年達も、荷物を運んでた。子供でも一所懸命働くんや。そういう所やねんなと理解する。


「カナートはまだか」


 多賀先輩は暑さにかなり参ってる。寒さには強いのになぁ。

 暑さを紛らわす為か、多賀先輩はロバの鳴き声を真似してる。たまに多賀先輩の鳴き真似に呼応して、近所のホンマのロバが鳴いてた。通じたんやろか?


「もう少しです」

「むっちゃ暑いなあ」

「カナートは涼しいので、気持ちいいですよ」


 ほんまに暑くてたまらん。


 少年ヤシーンは家から5分ぐらい行った所でロバ車を止める。

 ちょっとした空き地の隅の方へ歩いて行くと、そこには大きな穴があって、3メートルほど階段を降りる。穴の底には水が流れてた。


 長いトンネルの奥からは、水と一緒に冷たい空気も流れてきてめっちゃ気持ちええ。

 水は透明で澄んでる。水の中に手を入れてみると、めちゃくちゃ冷たくて10秒ほどで痛くなる程や。

 天山ティェンシャン山脈シャンマイから流れてきた雪解け水やろか。多賀先輩は裸足で水に突っ込んでたけど、20秒もせんうちに「痛い」と言うて足を上げてた。


「冷とうて気持ちええな。ちょっと休んで行こか」

「ほんま涼しいですわ。昼寝でもしたいわ」


 僕らはカナートの中で横になる。天然のクーラーや。

 ウトウトしかけてたら、近所のおじさんやろか、水を汲みに来た。ウイグル語で何か言われたけど分からん。その代わりに少年ヤシーンが対応する。

 おばさんもやって来て、冷やしてあったスイカを持って行った。少年ヤシーンはそのおばちゃんとも会話を交わす。このカナートは生活と密着してるなぁと実感した。


「今の人ら、お前の知り合いか」

「近所の人です」

「何て言うてたんやん」

「こんなところに観光客を連れてきたら邪魔やと言われました」


 確かに、ここは狭い。


「あはは。ここには観光客は来うへんのか」

「はい、ここは観光客用ではありませんから」

「お前の家の近くやから連れてきたんやろ」

「えへへへ」

「ということはやで。ここって観光用のカナートと違ごて、ほんまもんの生活用のカナートって事ですやん」


 ただトンネルがあって水が流れてて、洗い場のような淵がちょこっとあるだけで何の飾りもない。旅館で見た観光ポスターのカナートとはえらい違いやと思てた。


「なるほど。どうりで何も無いと思ったわ。せやけど観光地化されてないホンマもんが見れて良かったなぁ」

「そうですね。少しだけここの生活に触れる事ができて、いいっすね」


 そう言いながら水の流れを見てた。

 しばらくぼーっとしてたら、逆にだんだん寒くなってくる。それぐらいひんやりとしてる。

 時計を見ると5時を回ってた。


「そろそろ行きますか」

「そうやな。十分涼しなったし、金もかかってるしな」

「少年ヤシーン! そろそろ行くぞー」

「わかりました。えーっと、1時間経ったのでもう1時間のお金をください」

「お前の家も寄ってたし、負けてくれや」

「わかりました、全部で20元でいいです」


 大分負けてくれた。逆にむっちゃ安なっとるやないか。全然観光地じゃないとこばっかり回ったから、ちょっとサービスしてくれたかな。意外とええとこあるなと思てた。


 カナートを出ると、やっぱり強烈に暑い。暑い。暑い!


 帰りにバザールへ寄る。高昌市场ガオチャンシーチャン(高昌市場)より店の数も品数も圧倒的に多い。喉が渇いてたんでラッシーを飲んだ。買い物はまた明日じっくりとする事にして、シシカバブーだけ食べる。


 ここのシシカバブー屋は、石炭で焼いてる。店と言うても、机の上に焼き器と四つ箱があるだけ。屋台でも何でもない。その代わりか、2本で1元と格安や。

 四つ箱の中にそれぞれ違った香辛料が入っる。黄色いの、赤いの、白黒したやつ、緑のもの。その中から香辛料を自分で選んでつけて食べろと言われた。

 僕は唐辛子の入ってる赤いやつと、白黒の岩塩が入っているやつの2種類を食べる。北京で食べたパクくんの店のシシカバブーとまた違って美味しかった。赤いのはピリっと辛くパンチがある。岩塩は肉の甘味を引き出してた。

 肉は固かったけど、香辛料とベストマッチングで噛めば噛むほど味が染み出てくる。これが本場のシシカバブーかと感激したわ。めっちゃ美味い。


 食べ終わると、少年ヤシーンに旅館まで送って貰う。


「また明日も観光しますか?」

「そやな。また行くわ」

「明日も来るか」

「明日も乗ってください」

「ほな、また明日な」

「さようなら」

「さいなら」


 少年ヤシーンと明日の約束をして別れた。



 つづく

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