吐鲁番
53帖 雨の砂漠
『今は昔、広く
「なんで砂漠やのに雨が降ってんねん」
「そうですよね。砂漠のイメージが崩れますわ」
「これは西今先輩の祟りとちゃうか」
西今先輩とは、我がワンゲル部の大先輩OBです。厳冬期の山行でも、西今先輩が参加すると雪ではなく必ず雨が降ると言われてた。因みに、ヒマラヤのトレッキングで50年ぶりに雨を降らせた伝説の雨男である。
「もしかしたら西今先輩、この辺に来てはったりして」
「あの人の力は侮れへん。千キロぐらい離れてても効果あるからな」
「恐ろしい人ですね」
「そやけどむっちゃ寒いな。今の気温は何度や?」
ウエストバッグに付けてる温度計を見る。
「えーっと、気温は……11度ですわ」
「そら寒いわ」
雨に濡れて体の体温がどんどん奪われていく。風が吹くと、更に体感温度が下がる。冬山に居るみたいや。
また、4日ぶりに背負ったリュックは非常に重く感じて肩が痛い。緩い上り坂やったけど、たった数十メートルの距離が遠く感じられる。
バスターミナルに着くと、バスのチケットを買うて列に並ぶ。
今降りた列車の駅は、トルファンの市街地から遙か離れた山の中腹にある。そやから周りには何にも無い。
チケット売り場のおっちゃんに街までどれぐらいあるんか聞いたら、60キロぐらいあると言うてる。1時間位で着くらしい。
予想外の砂漠の雨。為す術もなく立ち竦んでた。僕はウインドブレーカーを着てるさかいまだましやけど、多賀先輩は綿のシャツだけや。
「カッパ着たらよろしいやん」
「面倒くさい」
そしたらしゃーないわな。濡れてもらお。
20分も経つと、雨の跳ね返りで足元がドロドロになってる。僕は軽登山靴やから気にならんけど、多賀先輩は靴までグジョグジョや。寒いんやろな、多賀先輩は震えてた。けど、どうしようもない。他の人も我慢してじっと並んでる。
待つこと40分、漸くバスがやって来る。
乗り込もうとしてると、何処からともなくアメリカ人女性の四人組がやって来て、2時間もバスを待ってたんやから先に乗せろと
確かに、このバスには全員は乗れへんから次のバスになるかも知れん。それやったら雨宿りしてんと並んどけやと思う。早く乗りたい気持ちもわからんでもないけど、ここでゴネてもしゃーないやろ。
で、僕は、
「Take it easy」
と言うてやった。すると、どうも諦めたみたいで列の後ろに並んだ。まぁ結局は全員乗れたけどね。
バスは猛スピードで坂を下って行く。
このトルファンという街は、海抜で言うと海より低い土地にある。近くにある
雨が上がり、砂漠の中にオアシスが見えてきた。トルファンの街や。
砂漠を走ってる車はほとんど無かったんで運転手はかなり飛ばしたんやろ。まだ40分しか経ってない。結構早よ着いたわ。
バスは街の中心部、
バスを降りると何とも言えん雰囲気やった。雨のお陰で空気は澄んでる。今まで過ごしてきた中国とはまた違った異国の空気が漂ってた。
トルファンの人口の70%は
中央アジア系遊牧民族の末裔であるウイグル族はウイグル語を話すイスラム教徒。男の人は綺麗な刺繍をされた四角い帽子を頭に載せ、女の人は色鮮やかな模様の布を髪の毛に被せてる。
周りのお店の看板などを見ても中国語の繁体字もあるけど、ほとんどがウイグル語のアラビア文字で書かれてる。それだけでも、いよいよ来たなぁって感じや。
辺りを見渡しながら異国情緒を感じてたら、高校生ぐらいの少年が話しかけてくる。
「タクシーに乗りませんか」
な、なんと日本語や。上海の記憶が甦ったわ。
乗れ乗れのれとしつこく言うてくる。見た目は怪しく無いし、気の弱そうな少年やったんでええかと思い、そいつと交渉する事に。
「お前、安いホテルを知ってるか?」
「知ってる知ってる。そこまで案内するから乗ってください」
えらい日本語が上手や。
「いくらや」
「うーん、5元で」
「高いわ!」
「そしたら2元でいいです」
「よっしゃ。そしたら乗せてくれ」
交渉は成立したけど、どこにタクシーがあるんやろ? こんな若い奴が車を持ってるんやろかと少し心配になったけど、次の瞬間にそれは全て解決した。
彼の言う「タクシー」はロバに荷車を引かせたロバ車やった。初めて見るロバ車やけど、なんか砂漠に来たんやなぁという実感が湧いてくる。面白いし、それに乗る。
最初に行ったホテルでは、彼が値段交渉をしてくれる。
「一泊30元だそうです」
「どうしますか、多賀先輩」
「あかん、高いわ。もっと安いとこ行ってくれ」
「わかりました、遠いですけど、いいですか?」
「安かったらええよ」
と言う事で、またロバ車を走らせる。自転車に追い越される事もあるけど、街の風景をのんびり見ながら行くのは楽しい。
5分ぐらい行った所に
「ここは一泊16元だそうです」
「多賀先輩、ここやったらどうですか?」
「まあ、ええんちゃう」
「じゃーここに泊まるわ」
「この後、すぐに観光に行きませんか。私がロバ車で案内します」
「すぐ行きますか?」
「しんどいなー。ちょっと寝たいから、4時にしよ。また4時にまた来てくれるか」
「わかりました。4時ですね」
彼に2元を払ろて別れた。
旅館はそれほど綺麗というわけでもないけど、安かったんでええとしよ。
受付を済まし、10人部屋のドミトリーへ入ると、既に2人がベッドで寝てる。
僕らも荷物を整理して、ベッドに横になる。
「あれ、多賀先輩。今まで気付かんかったけど、ギターはどないしはったんですか?」
「あれなー、列車の中に
「マジすか!」
「ギターは大きいからな。邪魔でしゃーなかってん」
「やっぱり邪魔やったんや。そやけど北京で買うた3元のハーモニカはどないしたんですか」
「あれなー、王と一緒に吹いてたら壊れてしもてん」
「やっぱり安もんやったんですね」
そんな事を喋ってたら、うとうとして寝てしもた。
「おい! 飯食いに行こけ」
と多賀先輩に起こされる。確かにお腹は減ってた。時計は2時を回っとった。
外へ出てまず目の前の高昌市场を見ることにする。
トルファンに着いた時は雨で寒かったのに、いつのまにか太陽がギンギンに照ってて、めっちゃ暑くなってる。僕のウエストバッグについてる温度計の目盛りが30度を越えてた。さすが砂漠やなぁと思た。
市場は旅館を出てすぐにある。果物や野菜、肉や日用雑貨までいろんなもんが売ってる。北京のお店と違ごて売ってるもんもウイグル風や。
そんな中で僕の目に付いたんは干し
市場の隣には食堂街がある。数ある店の中で、ウイグル人がやってる店に入る。
メニューは分からんかったんで、他の人が食べてるやつを僕らも頼んだ。
ビールも頼むと、
出てきた料理は、トマトやピーマン、羊の肉が入った焼きうどんの様なもんで、ピリ辛で美味しい。
いや、結構辛いぞ!
後から辛さがやって来た。
「ヒィー、この後どうします?」
「ヒィー、そうやなあ。とりあえず今日はゆっくりしよか」
「ヒィー、そやけどあのロバ車の少年は4時に来るでしょう」
「ほんまに来たら、ヒィー。あいつに乗してもらってゆっくりと観光でもしよか」
汗がダラダラ出てくる。
「ですねヒィー。そやけどめっちゃ辛いですね」
「後から来るなー」
「僕は、社会の時間に習った『カレーズ』を見てみたいですわ」
「何やカレーズって。美味しいんか?」
「アホなこと言わんとって下さい。カレーズは地下水路のことです。カナートとも言いますが、砂漠には川が無いっていうか……川が干上がってしまうんで、地下にトンネルを掘って、そこに山から水を引いて流してるんですよ」
「そうなんや」
「授業で習ったと思うんですけど……」
「そんなん知らんなー。そやけど面白そやな」
「オアシスごとにある言うてましたね」
「なるほど。そしたらそれ見に行こうか、ヒィー」
食べ終わって店を出る。隣の店をちらっと覗いてみたら、めっちゃ美人の女の人が居る。
日本の女優に似てる! 名前は、確か……。あかん思い出せん。
晩御飯はこっちの店で食べよと思た。
市場でおやつにと、干し葡萄を1元分だけ買うてホテルへ戻ると、まだ4時前やのに、ロバ車タクシーの少年はちゃんと旅館の前で待っててくれた。
つづく
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