50帖 新疆TVニュース
『今は昔、広く
車内は騒然としてた。
一体何が起こるんや?
教授が、近くを通った
「どうやら
「ということは俺らはテレビに映るんか」
「どうですかね、声を掛けてみましょうか」
「マジすか。と言うことは何日かしたらテレビで見られるってこと」
「そうですね。なんとか頑張ればね」
「俺、テレビに映るん初めてやからな。なんか緊張してきたわ」
整理整頓が終わった頃、テレビ局のスタッフがこの車両に入ってくる。照明が当てられカメラが回る。
ほんで軽快な音楽が流れてきたと思たら、なんと我らが乘务员の
民族舞踊というか、なんやろう? かなり妖艶な動きやった。しかも慣れてる。かなりの熟練した踊りや。
乘务员は、仕事に厳しいだけやのうて、こんな踊りまでできんとあかんのかな。つまり黄さんは、エリート中のエリートなんやと思た。時々戯けた表情をしたり、子どもっぽい動きもあって、見てて楽しかった。
音楽が佳境に入ると、他の2人の乘务员も踊りに加わり、より一層華やかに踊ってる。しかも息がピッタリ合うてる。見惚れてた周りの乗客たちも手拍子をして盛り上げた。
TV局の取材ネタとしては、「3人の乘务员と乗客が楽しく旅をしてる」というそんな絵面を狙ってるんや、そういう演出なんやと読めた。
さっきまでむっちゃ怖い顔をして荷物の整理整頓を促してたのに、今は綺麗に着飾って笑顔で踊ってる。これがプロパガンダなんや。一種のヤラセやね。そう思うと笑えてきた。
音楽と踊りが終わり、今度は乗客のインタビューが始まる。そしたら、な、な、なんと教授が大きな声を出して、
「ここに日本人が乗っていますよ」
とディレクターらしきスタッフにアピールしてる。
スタッフらは「それは面白いぞっ」ってな事で、レポーターとカメラと照明さんが僕らの所にやってきた。
黄さんも後ろからついてきて厳しい目で見てる。なんか監視されてる様や。これは下手打つと怒られるんとちゃうやろか?
女性のレポーターが中国語と英語で質問してくる。
「どちらからお越しになりましたか」
「ほら、多賀先輩。答えてくださいよ」
多賀先輩の顔を見ると、強張って一杯いっぱいや。
「あ、あかん。北野、お前言うてくれ」
「なに緊張してるんですか」
「頼むわ」
「もう、しゃーないなー」
多賀先輩はいつになく緊張してる。意外と根性無しなのね。
ほんでも、そんなやり取りが日本語は通じてないはずやのに周りには受けてた。
掴みはOKや。偶然やけど。
「僕たちは日本からやってきました」
「これからどこへ行くんですか」
「トルファンに行きます」
「列車の旅はどうですか?」
「乘务员の黄さんが私たちの安全を守ってくれています。それに中国の人はみんな親切でとても楽しい旅です」
とテレビ受けするような事を適当に言うとく。僕が英語で言うたことを、教授が通訳してくれてたんですけどね。教授にもライトが当たって、幾つか質問され、それに答えてた。
「最後に、テレビを見ている中国の視聴者にメッセージをお願いします」
と振られる。
おっと! 予想外の展開。ここでは下手な事を言うたらあかんな。天安門事件の事もあるし、政治的な事は御法度や。外交問題になっても困るしな。うーん、何を言うたらええねん……。そや!
僕はノートに、「中日友好!
「日本人と中国人は友達です。
と日本語混じりで言う。万歳したりピースしたり、ちょっと戯けてみたり、周りの乗客と握手したりして友好感を出して適当に盛り上げときましたわ。他の乗客もそれに拍手や歓声で応えてくれてた。
なかなかええ映像が撮れたんちゃうかな。こんだけ媚びっといたらカットされんやろ。
初めは後ろから厳しい目で見てた黄さんやったけど、この光景に満足したんか、もしくはこの映像がTVで流れたら自分のポイントが上がるんかは知らんけど、最後は笑顔で一言二言声を掛けてくれた。
その時だけ多賀先輩は前に出て、「俺、頑張りましたよ」みたいなアピールをしてた。
まだ未練があるんかいな。あんたは何も言うてへんかったやん。
その後、テレビ局のスタッフは別の車両に移動し、この車両は落ち着いた。
「ああ、緊張したなぁ」
「そうですね。ちゃんとテレビで放映してくれるかなぁ」
「トルファンでテレビ見てみよか」
「いつ放映されるんやろか」
「そうやな、教授に聞いといてもらお。ちょっとトイレ行ってくるわ」
我慢してたんや。多賀先輩は急いで席を離れる。
テレビ局のスタッフが戻って来た時に、教授に聞いて貰ろた。
「6月2日、日曜日の夕方に、『新疆TVニュース』でやるそうですよ」
ほほう。6月2日ね。憶えとこ。
そやけど……、その日って僕らは何処におるんやろ?
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます