北京→吐鲁番(トルファン)

46帖 ドキドキ検札タイム

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 僕と多賀先輩は北京ヂァンに着いた。出発時間まで30分以上ある。

その時間を使い、北京を離れて内陸部に進むと日本円は使えなくなるんで、駅前のホテルで日本円を両替したり、列車の確認などをする。なんか動いてへんとミョンファの事を思い出しそうで怖かった。


 ほんでから荷物点検をして改札を通り、16両編成の特快テェァスー列车リィェチゥー(特急列車)乌鲁木齐ウールームーチー(ウルムチ)行きを探と、列車は直ぐに見つかった。

 既に列車は入線してたんで、ホームはいつも通り大勢の人で溢れかえってる。一番空いてそうな所まで行って列に並ぶとすぐに列車のドアが開き、人々が一斉に乗り込んだ。


 6人掛けのボックス席に一人分座れるスペースがあり、そこへ僕が座り、隣のボックス席に多賀先輩が座った。

 発車まで少し時間がある。その間、僕はちょっと落ち着かへんかった。

 と言うのは、この列車は吐魯番トゥールーファン(トルファン)までの三千六百三十一キロを三泊四日かけて走るんやけど、その長い間この狭い空間で知らへん人民達と、しかも言葉が通じひんのにずっと一緒に過ごすという事に対するプレッシャーがあったからや。


 そやけど、それはどうも僕ら外国人だけが特別に感じるもんでもなさそうで、人民同士でもお互いに少し遠慮してる感じがあった。まあ偶然に全く知らない者同士が座ってる訳やし、同じ人民やとしても緊張するわな。


 このボックス席には僕の他に、横に若いカップル、その向かいに中年の夫婦、そして僕の正面には大きな荷物を抱えてたおじさんが座ってる。そのおじさんの向こう側に多賀先輩が居る。

 隣のカップルの男女は親しげに喋ってて、横目でチラっと見たけど、女の子は結構可愛いい。でもどこか悲しそうな顔をしてる。


 発車時間の12時57分に近づくと、隣のカップルの女の子が突然、男子にキスしたかと思うと急いで列車降りる。大胆やなぁと思て僕の方がドキドキしてしもたがな。どうやら男子を見送りに来てみたい。その男子は窓の外に回って来た女の子に向かって手を振りだした。


 列車は定刻通り北京駅を出発する。

 いよいよ三泊四日の列車の旅が始まった。


 少しワクワクしてきたぞ。


 女の子が降りて空いた席に多賀先輩が移動してくる。


「やっと動きましたね」

「さあ、これから四日間、何しよかな」

「上海から乗った列車みたいに、また盛り上がったらええですね」

「そやな。まあどっちかと言うと静かに本でも読んでたいけどな。まぁ4日間は無理か」

「そしたらまたギターでも弾いてくださいよ」

「そうやな、雰囲気が盛り上がってきたら弾いてみるか」


 二人で喋ってたら、夫婦連れの旦那さんの方が中国語で何か話し掛けてくる。当然何を言うてるんか分からんので僕は、


我是日本人ヲーシーリーベンレン


 と言う。

 ボックス席に座ってた四人は皆びっくりしてる。それで気持ちがほぐれたのか次々と喋りだす。喋るちゅうても筆談やけどね。


 やっぱり僕はタイ人と間違われてたみたい。僕ら二人は日本人で、僕が24歳で、こっちの多賀先輩が28歳。これから吐魯番まで行きますと自己紹介をした。

 そうすると、皆が次々に身の上を話しだす。


 隣に座ってるカップルの片割れの男子は、乌鲁木齐ウールームーチー大学の政治経済学の講師をやってる人。名前はニィゥさん。なんと年齢は22歳。若い歳で大学の先生とは凄いなぁと思い、行くゆくは教授になるやろから、僕らは敬意を表して「教授」と呼ぶことにした。さすがに英語が喋れるみたい。しかもブロークンイングリッシュやったんで良く英語が通じる。

 筆談でも通じへんかったら教授が英語で皆に通訳をしてくれる。これで言葉の壁は何とかなりそうや。三泊四日の旅も苦では無くなると安心する。


 向かいに座ってる夫婦の頭が禿げた旦那さんは公安ゴンアンやと言うてる。またしても公安の方。公安ってそんなにいっぱい居るんやろか。しかもみんな暇そうに旅行してんねん。名前はヂョウさん。奥さんとはとても仲良さそうやった。


 正面のおじさんは商人で、名前はリーさん。因みに李さんは余り喋りません。大人しい方です。


 そんな感じで自己紹介してたら突然教授が、


乘务员チォンウーユェン来查票ライチャビィァオ


 と言い出す。みんな一斉にそわそわしだしす。何やって聞いたら、切符の検札が来るでと言うてた。

 列車の後部を見てみると、乘务员チォンウーユェン(車掌)が向こうの方から一人ずつ検札をして近づいてくる。


 日本みたいに「乗車券を拝見いたします」てな感じやなく、かなり高圧的な言い方に聞こえて偉そうやった。ついでに荷物が網棚からハミ出てたらちゃんと載せる様に指導もされてる。

 しかもその車掌さんは女性やった。緑の制服に身を包み、背は高く髪を後ろでまとめて帽子を被ってる。白い手袋をハメて行う業務がなんとも格好良く、遠くから見ても美人に映った。

 それに素早く反応したのは多賀先輩や。


「むっちゃベッピンさんやなぁ。なんでこう中国の女の人って綺麗に見えるんやろなぁ」

「やっぱモデルみたいに体格がええからやないですかね。しかも自分の仕事に誇りと自信を持ってやってるって感じですやん」

「そうやんなあ。めっちゃ俺の好みやわ。あの腰のくびれなんか最高やね。三泊四日ずっと一緒なんやろか?」


 涎が垂れてますよ。


「それは勤務的に無理なんとちゃいます。鉄道の管理局が変わったら機関車とか運転手とかも変わりますからね。車掌さんも変わるんとちゃいますか」

「いやあぁ、できたらずっと一緒に乗りたいな。ひとつ屋根の下に三日も四日もおるんやで。仲良くなれるやろ」

「まぁ確かに一つ屋根の下と言うか、密閉された空間ですからね。でも相手は国家公務員でっせ」

「なんでや」

「この列車は国鉄ですやん。そこで働いてるんやから公務員でっしゃろ」

「そうかぁ。そやけど、この列車は特急なんやろ。あんまり駅に止まらへんし、もし暇そうやったら話しに行って来かな」

「せやけど、検札の様子見てたら結構厳しい性格っぽいですよ」

「それは仕事やしちゃうか。プライベートのときはデレデレやったりして。なんかそのギャップにハマりそう」

「なるほどね、でも言葉はどないするんですか」

「なんとかなるて。お前、男女の関係には言葉はいらんのやで」

「ホンマでっか」

「そうや、まあ見ててみ。ところで次は何時に駅に着くんや」

「次の駅は石家庄シーチャーチュワン(石家荘)で、4時13分着です」

「あと3時間か、その次は」

「えーっと、安阳アンヤン(安陽)で7時3分に到着予定です」

「よっしゃ。そしたら、石家庄を出たらいっぺんアタックしてみよかな」

「マジすか。変なことして追い出されん様にだけはしてくださいね」

「大丈夫や、心配すな」


 ほんまにお気楽な人ですわ。多賀先輩の目を見ると本気の目をしてたんで余計に大丈夫かなと思てしまう。もし何か失礼な事して、列車を降ろされでもしたらどないするんやろ。


 列車は、どんどんスピードを上げてる。上海から乗った列車と違ごて結構速い。すでに都市部を抜け、田園風景の中を列車は走ってる。


 車掌さんが僕らのボックス席にやって来た。

 実は、少々心配な事があって僕は不安やった。僕らは人民窓口で切符を買うたんで、持ってる切符は当然人民用の切符や。ほんまは外国人用の切符が必要で、もし文句を言われたら差額の料金を払わんとあかん。という事を聞いたことがあった。

 そやしドキドキしながら検札を待つ。


「切符を出して」


 みたいなことを言われ、一人づつ切符を出す。

 そして多賀先輩が切符を差し出した時に、車掌さんは顔と切符を見て少し考え込んでる。二言三言、中国語で何か質問された。

 僕らは何も答えられんと困ってたら、それを見かねて教授が何とか言うてくれた。同じように公安のおっちゃんも助け舟を出してくれてたみたいやった。


「まあいいでしょう、それでは旅を楽しんでね」


 みたいな事を笑顔で言うて切符を返してくれる。その笑顔は、やっぱりかなりの美人さんでした。

 車掌さんを近くで見ると、身体は細め。色白で年齢は二十代後半って感じ。仕事で厳しい態度をしてるけど、なかなかの美人さん。まぁ僕のタイプではないけどね。ちょっとMっ気がある多賀先輩にはぴったりのタイプかも知れん。


「北野、近くで見たらむっちゃベッピンやったなー。そそられるわ。たまらんなぁ」

「いやいやそれどころやのうて、僕は追加料金を払わされるかドキドキしてましたわ」

「まあ無事でよかったなぁ」

「ですね」

「と言うことで、俺は後で喋りに行ってくるわ」


 多賀先輩はかなり本気になってた。



 つづく


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