44帖 嘘つき
『今は昔、広く
ミョンファに
小さいのは20センチぐらいからで、小・中・大・特大と、サイズも柄もいろいろある。
さすがに特大は持って歩けへんさかい「大」を買うことにする。それでも60センチぐらいあるんでかなりでかいと思う。
その中でもミョンファは青い
お金を払ろてる時のミョンファは落ち着きがなかった。小さい子どもがおもちゃを買うて貰う時の様にそわそわしてる。
支払いが終わってぬいぐるみを渡すと、ギュっと抱きしめて一目散に店を出て行く。
外へ出たミョンファは、ぬいぐるみが
「シィェンタイ、ありがとう。おおきにです。めっちゃおおきに」
相当嬉しかったみたい。
「私は、この子に名前を付けたよ」
「何て名前なん」
「
「ええー」
これは意表を突いた作戦や。僕は玉砕しかける。
「いいでしょ。この子はシャォシィェンタイ。シィェンタイちゃーん、可愛いねー。シィェンタイちゃんは、いい子ですねー」
と、ぬいぐるみにキスをしてる。
俺にもしてくれー!
なんか完全に
「シャォシィェンタイ、
と、僕がお父さん扱いされてしまう。でも、そうやってあやしているミョンファは、ぬいぐるみ以上に
その後パンダの所に戻ってきて、また眺める。相変わらずパンダは活発に動いてた。
「そろそろ他のとこへ行かへん」
「うーん、そしたらまた後で見に来よ」
「よっしゃ、そうしよう」
「次は何処へ行くの?」
「そうやなぁ、朴君らは
「うん」
ミョンファは左手で「シャォシィェンタイ」を抱き、右腕で僕の左腕に組んできた。
うーん、なんともええ感じや。
ミョンファは鼻歌を歌いながら歩いてる。やっぱり今日のミョンファはテンションが高い。
まぁ僕も頭がフワフワしてたけどね。一歩、歩くたんびに僕の左腕にミョンファの胸が当たって何とも言えんええ気持ちやったから。
隣は
「シィェンタイ、あの大猩猩、誰かに似てると思わへん」
「そうやなぁ……。あっ、多賀先輩か?」
「正解でーす。ドゥォフゥァさんにそっくりでしょ」
「ほんまやなあ、ちょっとイケメンなんやけど、何か面白い事しとるな」
「ほんで、あそこの岩の上で寝てるのがシィェンタイです」
ボーっと寝そべってるゴリラを僕やと言うてくる。
「なんやてー」
僕はちょっと怒った振りをする。ミョンファは「キャー」と言うて逃げて行く。
なんとなく雰囲気が似てるのは認めるけど、まさかゴリラに例えられるとは……。
しょうがないので僕はゴリラの真似をしながらミョンファを追いかける。ミョンファはキャッキャ言いながら逃げまくってた。
ところが、直ぐにミョンファを見失う。どこへ行ったか分からん様になったんで、歩きながら探す。もちろんゴリラの真似はせずに。
そしたらミョンファは、
「ミョンファー」
「ギァー。あははー。シィェンタイ、めっちゃ似てるわ」
似てるって……どういうことや?
「ねーねー、あれを見て。あそこの池の近くで遊んでいる猿を見て」
「えっ、どれや?」
「あそこやん。今、石を転がした猿。誰かに似てると思わへん」
「うーん、うん! もしかして朴君?」
「そう、お兄ちゃんに似てる。顔も似てるけど、動き方がそっくりよー」
「ほんまや、後でパク君を連れてこよ」
「そうね。ほんで木の上でお昼寝してるのが……、シィェンタイ!」
とミョンファは、意地悪な顔をしてまた逃げ出す。僕は「キッキィー」と言いながらミョンファを追っかける。
今度はすぐに追いついたんで、後ろからお腹に腕を回して掴まえた。
「ごめんなさい。だって
「もう今度言うたら許さへんぞ」
「もう言わへんから大丈夫」
と言うてクスクス笑っていた。
「また言うやろ」
「ほんまに言わへん、許して」
「許さへん」
と言うて腕をぎゅうと閉めた。
「すんませーん。どうしたら許してくれるの」
「うーん、キスしてくれたら許したる」
あ、あーー言うてもたー。
「そしたら……、目をつぶって」
僕は腕の力を緩めて目をつぶる。
「あっ、お兄ーちゃーん」
残念、朴君が来たか。と思て目を開けたけど、朴君はおろか多賀先輩の姿すら無かった。見えるのはニヤニヤ笑ろてるミョンファだけや。
これは一杯食わされたか。
ミョンファはゲラゲラ笑ろてる。
「ミョンファ
と言うて怒ったら、その隙きにミョンファは僕の頬に軽くキスをした。
「これでいい。もう怒らんといてね」
くそー、またもやしてやられた。
「しょうがないなぁ、許したるわ」
なんか可愛らしくて、そして嬉しい。僕は照れを隠すために、話題を替えた。
「そや、ミョンファは
「知ってるよ、
「そう、孙悟空のモデルになった
「ああ見たい見たい。行こう、行こう!」
ミョンファはまた腕を組んで僕を引っ張っていってくれる。
金丝猴の近くまで歩くと多賀先輩と朴君に再会する。同じ様にキンシコウを見に行くところやったらしく、そこからは一緒に行動する。
多賀先輩や朴君の前やのに、ミョンファンは腕を外そうともせず堂々と僕と腕を組んる。
多賀先輩はニヤニヤしてたけど、朴君は平然としてる。妹が男と腕を組んでても気にならへんのかと不思議に思た。なんか責任負わされてるみたいに感じてしまう。
その後も四人でいろんな動物を見て回る。途中で休憩して、お茶を飲んだりお菓子を食べたりした。
動物園に来て3時間ぐらい経ったやろか、「そろそろ帰ろうか」ということになった。
「お兄ちゃん、最後にもう1回パンダを見てくるから待っててくれる」
「それなら先にお店に帰るよ。ドゥォフゥァさんもビールを飲みたと言ってるから一緒に帰るよ。ミョンファは、シィェンタイさんと一緒に帰っておいで」
「うん、わかった。そしたらシィェンタイ、行こ」
今日はめっちゃくちゃ暑かったから、僕もシシカバブーを食べながらビールを飲みたかったけど……、ミョンファに腕を引っ張っていかれる。
そう言えば、まだやることやってへんかったわ。
「ミョンファはホンマに大熊猫が好きなんやな」
「うん、大好きやで。ずっと見ててもいいよ」
「そっかぁ」
パンダの所に戻って来ると、ミョンファはじーっとパンダを見入ってる。パンダはさっきよりも動きが鈍くなってて、殆どが昼寝をしてる。
僕もパンダを見てたけど、何か言いたそうやたんでミョンファの顔を見た。
「シィェンタイ」
「うん?」
「いつまで
しまった。ミョンファから先に言われてしもた。
「うーん、いつまで居よかな。まだ中国は上海と天津と北京しか見てないからなぁー」
あかん誤魔化してる。ミョンファの目が見られん……。
「そうなん。そしたら他の所も行くの?」
ミョンファは今にも泣きそうな声になってる。
「そうやね、行ってみたい所はあるよ」
「そうなんや……。だってシィェンタイは旅行に来たんやもんね」
「まあ、そうなんやけど……」
「そしたら日本にはいつ帰るの?」
「ああ、それはまだわからん」
「そうなの!」
「うん、いつ帰るか決めてへんから」
「そしたら、どっか行ってもまた戻って来れるの」
僕は
「もう戻って来ないの」
僕はミョンファの目を見る。少し潤んでた。
「そ、そんなことないよ、まだまだ北京の知らんとこいっぱいあるし、それに……、ミョンファにも会いたいし」
「ほんまに。そしたらまた会いに来てくれる?」
「おお、また来るよ」
「いつ来てくれるの?」
「それは分からんけど、またミョンファに会いに来るよ、必ず」
安心したのか笑顔になったわ。
「よかった。毎日とても楽しいのに、夜になったら急に寂しくなってたのよ」
「なんで」
「だってシィェンタイは日本から旅行に来てるだけだから、帰ってしまったら会えくなると思ったの。そしたら悲しくなってきて……」
「そうなんや。いつになるか分からへんけど、ミョンファに会いに来るから。心配せんでもええよ。朴君、いやお兄ちゃんにも言うとくわ」
「ほんま?」
「ほんまやで」
「そしたら……、どっか行く時は……」
「うん」
「ちゃんと言うてね」
「うん、分かった」
くそー、ホンマの事が言えへん!
「そしたら、明日もまた会える?」
「明日は、昼に、お店に行くわ」
僕らは明日、パキスタン大使館でビザを受け取ったら昼飯を朴君の店で食べて、その後12時57分発の列車でトルファンに向かう予定を立ててる。
僕はこの期に及んで、行こか行かんとこか悩んでしもてる。ホンマは気持ちが決まってるはずやのに。
どないしたらミョンファは悲しまんで済むんやろ……。
「分かった、待ってるね」
「うん絶対に行くよ。それに、まだミョンファのチマチョゴリ、見てないし」
「あっ、そうかぁ。忘れてた。明日着るわね。見てね」
「うん、めっちゃ可愛いと思うわ」
「ええ、そうかなぁ……」
「そうに決まってるって」
「わかった、頑張ります」
「よし。頑張ってや」
僕はいろんな意味を込めての「頑張ってや」やった。
ほんまは明日、北京を出て行くかも知れんのに――。
その事は、はっきり言えんかった。根性無しです。
ごめんな、ミョンファ。
「でもちょっと安心した。なんか急にシィェンタイに会えなくなる様な、そんな気がしててん」
――。
「ごめんな、心配させて」
「ほんまにもう、こんなに……心配……させたんだから……」
ミョンファは目を潤ませながら僕に近寄る。
「キス……して……」
僕はミョンファの体を引き寄せ、両腕を背中に回し、唇を重ねた。
つづく
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