43帖 大好き、大熊猫
『今は昔、広く
5月26日、日曜日。晴れ。
朝から太陽は眩しい。まだ10時やちゅうのにめっちゃ暑うて、気温は20度を超えてる。このままいったら昼には30度を超すんとちゃうやろか。
いよいよ明日、北京を
商店街がある
数百年の歴史ある商店街といえば聞こえはええけど、
商店街に入るとまずお茶屋さんがあって、お茶のソフトクリームを売ってる。色は茶色やったんでウーロン茶か甜茶の味かと思て買うてみる。食べたらジャスミン茶のソフトクリームやった。ちょっと変な感じや。
食べながら少し歩くと飴細工屋さんがある。飴細工の名人っぽい年季の入ったおじさん人民が、匠の技で色々な動物を作ってた。
その隣は北京ダックの店。よう考えたら北京に来てまだ一回も食べてへん。多賀先輩と相談して食べることにしたけど、値段も結構したんでやっぱヤメになった。
更に奥へ入っていくと雑技団の劇場がある。まだ時間に余裕があるんで多賀先輩に、
「いっぺん見てみますか?」
と聞いてみたら、
「雑技団と言えば、俺は上海しか見んことに決めてるんや」
と訳の分からん事を言うので諦めた。大体、上海でも見てへんかったやろ。
暫く行くと食料品店があったんで、そこで物資を調達することにする。
お目当ては「かぼちゃの種」。天津から北京に来る途中で食べさせてもらった味が忘れられなくて、思わず1kg入りを買うてしもた。それでも6元と安い。その他に甘くて美味しそうなビスケットやチョコレートが掛けてあるクッキーの様なものも買う。
多賀先輩は隣のお茶屋さんで茶葉を買うてる。僕はミョンファが買うてきてくれたヤツがあるんで必要ない。
更に奥に行くと景徳鎮の陶磁器を売ってる大きな店がある。別に買う気はなかったが覗いてみる。
中国といえば「景徳鎮」と高校の社会科の教師が自慢してたんを思い出し、それならばとその陶磁器とやらを堪能することにした。ただ「綺麗」としか思わんかった。結構高いし、それ以上の興味も起こらんかった
その隣に雑貨屋がある。何かええもんはないかと物色したけど特に何も無かったわ。
ところが多賀先輩は、おもちゃのハーモニカを見つけ、それを三元で買うてた。
ブリキと木材で作ってある。鳴らしてみるとなんとも懐かしい音色がする。
たった10音階ぐらいしか無さそうやったけど、流石はギターを操る多賀先輩である。うまいこと曲を奏でてる。ただその曲は「靴が鳴る」やったけどね。
それって、小学校で習ったやつやん。
それでも上手に吹いていると、いつの間にか多賀先輩の周りには10人程の子ども達が集まってた。多賀先輩は調子に乗って、今度は「ふるさと」を演奏する。子ども達に拍手を貰って満足そうにしてたわ。
その後、そこの店ではハーモニカが売れまくったと思う。多分?
そんな事をしてたら、商店街の一番奥へ行くのに2時間かかってしもた。
そろそろお腹も空いてきたんで、屋台で売っている2元のお弁当を買うて食べる。以前、列車の中で食べた三元のお弁当とほぼ同じ大きさやけど、味もよく、量も多くて食べ応えがある。日本円にして50円でこんな美味しいお弁当が食べられるとは思わんかった。
食べ終わった後は、細々したものを買いながら、通りを戻る。
駅に戻って来たけど、動物園の集合時間にはまだ余裕があったんで、荷物を旅館に置きに帰ることにした。
地下鉄で旅館に戻り、また地下鉄に乗って、
北京动物园といえばパンダが一番の人気や。僕も多賀先輩もそれを期待してる。入場門の上には大きなパンダの看板が立っていて、気持ちが高揚してきた。
朴君達とは
しばらく待ってると、遠くからミョンファの声が聞こえてくる。
「シィェーンターイ!」
大勢の人民が歩いて来る中で、ミョンファをすぐに見つけることが出来た。あの白いワンピースを着てたからや。
ミョンファは帽子を抑えながらこっちに走って来る。後ろを歩いてる朴君の姿も見えた。
勢いよく走ってきたミョンファは僕の手前で止まると思いきや、そのまま僕にぶつかってくる。腕を背中に回してぎゅっと抱きしめられた。
ミョンファの大胆な行動に少し焦った。それと柔らかい胸の感触が何とも言えんかった。
何年ぶりかに会うた様な大げさな行動もそうなんやけど、後ろから歩いて来てる朴君に見られてるんも、めっちゃ恥ずかしい。
僕とぶつかった時に落ちた帽子を拾うふりをして、ミョンファから離れるのが精一杯。誰も見てへんかったらもっと抱きしめてたかったけど……。
「ミ、ミョンファ。はい、帽子被って」
「もう、シィェンタイわー」
ミョンファの行動は僕にとって恥ずかしかったけど、なんでか多賀先輩も恥ずかしそうに見て見ぬフリをしてる。
今日のミョンファは、テンションが異常に高いと思う。
朴君も合流して、動物園に入る。
昨日の焼肉のお礼を言うてたら、朴君はえらい恐縮してた。ええ人ですわ、ほんま。
まずは、入場門を入ってすぐの所にあるパンダを観る。
多賀先輩は「
「北野、この『大熊猫』って言うのはパンダのことか?」
「そうですね。パンダっていうのは『大きい熊の様な猫』やったんですね」
「なかなか中国人ちゅうのは、おもろいセンスしてるなぁ」
「ですよねー。そしたら『小さい熊の猫』もおるんかな?」
「それは、もしかしたら
と朴君が教えてくれる。やっぱりいるんや、と思た。
「そしたら『中熊猫』って言うんもおるんか?」
「それは……、無いと思いますが……」
多賀先輩はまたアホみたいな事を言うてる。朴君、そんな人は相手せんでええで。
僕は当然の様に多賀先輩の言うことを無視して、ミョンファと一緒にパンダを観る。一周100メートルぐらいの柵があって、その下5メートルの所に白と黒の動物が
「わー可愛い。めっちゃ可愛い」
ミョンファは幼子の様にピョンピョン跳ねながら喜んでる。相当パンダが好きみたいや。多賀先輩も朴君もパンダを見て、思わず声を漏らしてる。
「これがホンマもんのパンダか。テレビで見るのとちょっと違うなぁ」
「そうですね、僕もこんなに動いている元気なパンダは初めて見ました」
流石は本場中国の動物園である。パンダが7、8頭ぐらい居る。うろうろしてるやつ、古タイヤで遊んでるやつ、笹を食べてるやつにそいつにちょっかいを掛けてるやつ。日本で見た寝てるだけのパンダやのうて活発に動いてる。たまに吠えるやつもいたんで、日本にいる穏やかなイメージと違ごてかなり
「シィェンタイ、見て見て! 木登りしてる。あの子どもの
僕の目には、木に登って雄叫びをしてる様に見えるし、じゃれてるんやのうて喧嘩をしてる様に見えてしまうんは何でやろ?
それでも集団で見るパンダは、なかなか面白い。見てて飽きひんと思た。
僕はミョンファに手を引っ張られ、パンダを見ながら柵を歩き回る。
途中で多賀先輩が、
「次行くでー」
と言うてたけど、ミョンファは、
「まだ、ここで見てるから、先に行ってください」
と言うて僕を離さへん。
仕方が無いという感じで、多賀先輩と朴君は次の所に行ってしまう。僕も、多分ミョンファも、二人きりになれたさかい少し嬉しかったと思う。
もしかしたらあの二人は気を使こてくれたんかも知れん。以前考えてた作戦を実行するまでもなかった。
「ミョンファはここに来たんは何回目?」
「今日で2回目やで。前に来たんは……、8年前かな?
しょっちゅう来れるもんでも無いんかな?
「ふーん、そうかぁ。それでミョンファは、大熊猫は好きなん?」
「うん、好き。大好き。ずっと会いたかったわー」
「ほんなら、大熊猫と僕とどっちが好き?」
と思わず聞いてしもた。
「そんなん、大熊猫に決まってるやん!」
なぬ! 僕やって言うてくれると
そのせいで次に言おうと思てた言葉が出ん様になってしもた。
「嘘です。嘘に決まってるやん。一番好きなのは……、シィェンタイ……に決まってるんだから……」
やべ。実際に言われてみるとやっぱり恥ずかしいわ。それ以上に言うた本人が恥ずしそうやん。俯いてしもたわ。
僕はそっとミョンファの肩を抱く。緊張して硬くなるんが分かった。僕もドキドキしてた。この感覚、頭が真っ白になりそう。
そやけど周りを見てみると、やっぱりパンダは中国でも大人気なんやと思た。カップルで見に来てる人民も結構居る。
そのカップルの女の子を見ると、腕にはパンダのぬいぐるみが抱かれてる。どのカップルを見ても女の子はみんなぬいぐるみを持ってる。100%と言うてもええわ。
中には女の子だけでのうて、男子も持ってるバカップルも居たけどね。
もちろん小さいお子さん人民も、ぬいぐるみを持ってる。今北京で流行ってるんかなと思うくらいや。
そやし僕はミョンファに聞いてみる。
「ミョンファって、大熊猫の
「え、欲しい。欲しいです」
「そしたら、買いに行こか」
「あっ、でも家に……、お父さんに買って貰った小さいのがあります」
「ええやん。ほんなら大きいの買うてあげるわ。プレゼントさせてや」
「ほんま! 嬉しい、嬉しい、嬉しいー」
ほんまに嬉しかったみたいで、とびっきりの笑顔で喜んでくれた。
つづく
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