41帖 昼餐会
『今は昔、広く
5月25日土曜日。
昨日、一日中寝てたんで今朝は早くに目が覚める。多賀先輩はまだ熟睡中や。体が軽かったさかい少し外を歩いてみる事にした。
二日ぶりに旅館の外に出てみると空気は乾燥して澄んでる。少し寒いぐらいヒンヤリしてたけど、太陽は眩しく今日は暑くなりそうな感じがする。
なんとなく旅館の敷地を一周して部屋へ戻る。体調は大分回復したみたいやし、お腹が減ってたけど、多賀先輩はまだ熟睡中やし僕はもう一度寝ることにした。
多賀先輩のゴソゴソする音で目を覚ます。時計は10時を回ってた。
「おはよう」
「おはようございます。よう寝てはりましたね」
「そやなー、やっぱちょっと疲れが溜まってきてたんかなぁ。それで北野の調子はどうや?」
「僕は一日寝てたんでほぼ完璧ですわ」
「ほんなら、行くけ?」
「行きましょか」
と言うて僕もベッドから出て、身支度をする。
旅館を出て、いつも通り
今日の最初のミッションは、人民窓口でトルファン行きの切符の購入を試みる事や。
ここの切符売場は人民専用なんでホンマは外国人は切符を買えへん。外国人と見なされると、容赦なく拒否されると聞く。そやし人民に成りすまして買うことになる。その為には、列車名と行き先を中国語で言う事が必須や。
その為にセリフを紙に書いて練習する。
『
言えるかな?
「ウーユェアールシー……チーリー、リィゥシージゥツー……テェァスーリィェ……チゥー、ゲイヲーリャンヂャンチュリ……トゥールーファンダーインヅォ」
なかなか難しい。とにかく噛みまくる。並んでいる間何回も練習したけど大体発音がよう分からんさかい間違ってるんかどうかも判らん。
それに中国語は「四声」という声調もある。これが違うと通じへんらしいから、隣にいる人民に読んで貰ろたけど、なかなか真似は出来んわ。
そこで考えついたんは、要件を書いた紙を窓口へ出し、後は適当に発音するという方法や。それなら何とかなるやろう。我ながら名案やと思た。
待つこと1時間。やっと順番が回ってくる。
『五月二七号、69次特快列车、二张、去吐鲁番、硬座』
と書いた紙と260元を出し、待ってる間に練習した中国語で窓口のおばさん人民に頼む。
一言二言、中国語で何か言われたけど笑顔で誤魔化した。すると、すんなり硬券切符2枚を渡してくれる。
僕らは、
「
と言うと急いで窓口を去った。任務完了や。
「やった! 買えましたね」
「うまいこといったなあ」
あれ、多賀先輩は何かしましたっけ? まぁええけど。
「
なんかめっちゃ嬉しいわ。
「これで大分お金が節約できたんと違うけ?」
「はい。415元が127元と5元になったんやから差し引き……283元、約七千円のお得ですよ」
「よっしゃ。これで月曜日に出発できるな」
「です、よね……」
一瞬、戸惑った。透かさず多賀先輩は言う。
「そや北野、わかってるやろな」
「はい……、大丈夫です」
多賀先輩は何の事か具体的に言わんかったけど、僕はミョンファの事やと悟った。ちゃんと話しせなあかんとは思うねんけど、
今日のもう一つのイベントは、朴君たちと一緒に朝鮮料理のレストランに行く事や。僕は何となくやけど、今日の食事会は朴君が仕組んだ「お別れ会」の様な気がしてた。
朴君は、ひょっとしたら何か期待してるんやろか。それとも……。
あんまり勘ぐってもあかんし、それに失礼や。素直に楽しませて貰おうと考える様にした。
集合時間は2時なんで、時間的にはまだ余裕がある。北京駅前の商店街をうろうろしたり、闇両替屋を探して「レートはなんぼや」と聞いたりして時間を潰す。
闇の両替屋はどうやったら見つけられるか。そのパターンは2つ。
外国人が居そうな所に行って、ぼーっと立ってると大概向こうから寄ってくる。
もう一つは怪しそうなやつを見つけてそいつの顔をじっと見る。目が合うて、もしそいつが闇両替屋やったら向こうからこっそり寄ってくるから面白い。
そんなことをしてたら、目の前で事件が起こった。
半袖半ズボンの欧米人バックパッカーと闇両替屋がレートの交渉をしてる時の事。なんか途中で
その瞬間、闇両替屋はダッシュで逃げようとしたけど制服の公安も走ってきて取り囲む。闇両替屋は暴れたけど取り押さえられて欧米人と一緒に連行された。
と言う一幕があった。
さっきまでうろついていた別の闇両替屋達はいつの間にか姿を消してる。一つ間違えれば、僕らもやばかったなーと思た。
なんとなく僕らもその場からずらかる。そろそろええ時間になってきたんで朴君の店に向う事にした。
朴君の店まで来ると、ミョンファと朴君は既に店の前で待っててくれた。昼のお客は早くに
で、今日のミョンファのファッションはというと、白いブラウスに紺のタイトスカートで、髪は下ろしてる。薄くお化粧もしてて、薄紅色の唇が輝いてた。肩から掛けた紺のバックが、大人らしさをさり気なく演出してる。
昨日までの少女っぽさとは違ごて少し色気が
僕らは
比べたら申し訳け無いけど、朴君の店「
中に入ると朝鮮風の音楽が流れてて内装も綺麗で高級感がある。すでに昼食の客はおらず、店に居るのは僕らだけやった。
4人で中央の丸いテーブルに座る。僕の隣にはミョンファ。そして朴君、多賀先輩の順。
メニューについては朴君に任せてるんで、朝鮮語でどんどん注文してくれてる。時々、ミョンファも口出ししてる。何を言うてるかは全く分からんかったけど、安心して任せられた。
注文が終わると、何故かみんな沈黙してしまう。こうやって改まって向き合うと、
僕は、昨日朴君が多賀先輩に言うてた事が頭を巡り、大切な事をまだミョンファに伝えられてへんという負い目を感じ、言葉が出えへんかった。
そんな空気に耐えきれへんかったんか、初めに口火を切ったのは多賀先輩や。
「なにみんな緊張してんのー。喋ろうや」
「ですよね。ミョンファ、なんか喋ってよ」
「えっ、別に、何も無いよ。こんな所で何を喋ったらいいの?」
「ほんなら朴君、何んか喋ってや」
「えっ、何を、何を言おうかな」
噛んでもてるやん!
そうしてるうちに、ビールとコーラが運ばれて来る。
「取り敢えず乾杯しましょか」
と僕が言うと、「どうぞどうぞ!」「いえ、どうぞどうぞ!」と日本語で言うて、互いにビールを注ぎ合う。
おっさんの飲み会かぁ!
僕はミョンファにコーラを入れてあげる。各々注ぎ終わると多賀先輩が、
「はい! そしたら、朴君に挨拶してもらおか」
と朴君を持ち上げる。
「そんなん言うたら雰囲気が余計に固くなりますよ」
「そやかて、一応言いだしっぺやしな。この昼餐会の主催者は朴君やし」
「そうですかぁ。そしたら、まあ、適当に
と言うて、朴君は立ち上がる。
頑張れ朴君。お兄ちゃん!
「では、えー。えーっと……」
「長いぞ朴君」
「早よしてー」
「はい。……この四人の
ええぞ、朴君!
つづく
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