40帖 兄のおもいやり

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 多賀先輩が部屋に入ってきて目が覚めた。


「おかえりなさい」

「おお、大分良さそうやな」

「はい」


 取り敢えず今日の事は謝っとく。あと、ミョンファが看病に来てくれたことも話しといた。

 ほんで多賀先輩はどうしてたんかと聞く。


 多賀先輩は、午前中は商店街をぶらついて、昼に朴君の店で飯を食べたそうや。その後、朴君と二人でデートをしたと言うてた。この前、僕とミョンファが行った紫禁城ズージンチォンへ二人で行ったらしい。


「結構混んでませんでした?」

「そんな言う程でもなかったと思うで」

「ほな空いててよかったですやん。僕らん時は何も見れへんかったし」

「建物は映画で見たヤツと一緒やったなぁ」

「そりゃそうですわ。あそこでロケしてたんやから」


 多賀先輩は声のトーンを少し落として話を続ける。


「ほんでな。あの事、朴君に言うたで」

「あの事って何ですのん?」

「ほら、月曜日からトルファンに向かうって事や」

「あっ!」


 僕はまだ、ミョンファには何も言うてなかったしちょっと焦った。


「大丈夫や心配すんな。ミョンファちゃんにはまだ言わんといてくれて言うてあるし」

「そっか。ありがとうございます。ほんまどうしよかなぁ」

「そやけど、いつかは言わなあかんやろな」

「ですよねー。後はそのタイミングですわ」


 ミョンファにいつ話そう?


「それか……、お前は北京に残るか」

「うーん、実はそれも考えたんですけどね」


 そうなんよなー。残りたいねんけどなぁ。そやけど残ってもどうしようも無いねんなぁ。


 と言うことも分かってる。

 多賀先輩は話を続ける。


「その話しとったら、朴君はめっちゃ残念がってたわ」

「えっ?」

「どうもなぁ、北野とミョンファちゃんをくっ付けようと思てたみたいやで、あのお兄ちゃんは。まあまだ先の話やとは言うてたけど」

「ええ!」


 ど、どういうことやろ?


「もっと言うたら、中国の女子は二十歳にならんと結婚できひんから……」


 結婚!


「とりあえず5年間、お前が日本に帰ってたらちゃんと仕事をする。それからミョンファちゃんを迎えに来る。ほんで日本に連れて行って欲しい、とまで考えてたみたいやわ」

「なんでまた、そんなことを……」


 そやけど理に適ってる。すごい、朴君。


「なんかなぁ、店が終わってみんなで晩飯食べてる時にミョンファちゃんは北野の事ばっかり話してて、めっちゃ気に入ってるみたいやって。ほんで、それやったらって朴君は色々考えたみたいやで」

「そうかぁ。朴君はそこまで考えてたやなんて……。朴君はホンマにミョンファの事を大切に思てはりますからねぇ」


 朴君は妹が大好きなんや。いやちゃう! ミョンファの事をめっちゃ大切にしてるんや。


「まぁそういう事や。ほんで明日やけどな、北野が元気になってたら昼飯にええとこ連れてってくれるって言うてたわ」

「ええとこ、ってどこですか?」

「本格的な朝鮮料理のレストランらしいで。ほんで今日行けへんかった動物園は日曜日に行こって言うてた。まぁそうなると最後の思い出作りやな」

「日曜日ですか。最後の日、ですよね……」


 先が見えてきた様な、そうで無い様な。やっぱ僕の気持ち次第やろ。


 僕にとっては旅の目的を果たす事は重要や。その為にここへ来たんや。でもミョンファを悲しませる事もしたくない。そやけど朴君がそこまで考えてくれてるんやったら……、それでもええかとも思う。うーん……。


 それにしても朴君は偉いよな。そんな事まで考えてたやなんて。

 そんでなかったら、どこの誰ともわからんような外国人に妹とのデートを勧めへんわな。とにかくなんとかしよ。動物園では、ミョンファにちゃんと話する。辛いけど。

 僕の気持ちはちゃんと固まってるから。



 つづく

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