39帖 添い寝
『今は昔、広く
喉が渇いて目が覚める。
時計を見ると5月24日金曜日、7時を過ぎたところ。横では多賀が先輩が身支度をしてる。「おはようございます」と言いたかったけど声が出ん。
体を起こしたら頭がむちゃくちゃ痛いのに気付いた。
「おお、起きたか」
「……」
意識は
「北野、大丈夫か。顔赤いぞ」
どうやら僕は風邪を引いてしもたみたい。
「ちょ……っと、しん……どいです……」
「お前、昨日ドボドボやったからな」
そうや。濡れたまま何時間居ったんやろ。
「あかんな。今日はもうじっとしとけ。無理すんな」
体もゾクゾクするわ。
多賀先輩はリュックをゴソゴソして僕のベッドまでやって来る。
「これ風邪薬や。何か食べて、薬飲んで、今日は寝とけ。ほんで動物園は朴君とミョンファちゃんとで行ってくるし」
あー、そうやった。今日は昼からみんなで動物園に行く約束をしてたんや。
僕も行きたいー。
そやけどこの体やったら絶対に無理そう。今
「多賀先輩……。みんなに、今日は行けへんし『ごめん』言うといて下さい」
「わかった任せとけ。その代わり、ちゃんと寝て治しとくんやで」
「はい。分かりました」
「ほしたらお大事に」
と言うて多賀先輩は部屋から出て行った。
僕はベッドから立ち上がろとしたけど、ふらついてまともに歩けそうにない。しょうがないんでベッドに腰掛けて窓から外を見る。
雲ひとつないええ天気。そやのに部屋の中は、むちゃ寒い。そっか、寒冷前線が通過したさかい気温が下がったんやな。
僕はパキスタンでのトレッキング用に持ってきてたセーターをリュックから出して着込む。
食べ物を買いに行くなんて到底無理やし、非常食のカロリー補給食品を食べ、多賀先輩が置いてってくれた薬を飲む。
そしてまた布団に入り、目を閉じる。
頭は痛いけど、僕は昨日の事を思い出してた。
ドボドボのままミョンファと公園に長いこと居って、そのあと足を怪我したミョンファを背負って朴君の店まで帰った。
ミョンファはお風呂に入り、僕はおじさんにシャツを貸して貰ろて着替えた。熱々のチゲ鍋を食べ、高麗人参が入ったお酒を飲んで、多賀先輩と一緒に店を出た……。
そやけどそこから記憶がない。
頭がズキンズキンしてきてたまんらんし、布団に入ってるのに寒くて震えが止まらん。
もう1回、あの暖かいチゲ鍋を食べたいと思てたら、そのまま眠ってしもた。
夢の中でも昨日のことを回顧してた。ミョンファの屈託の無い笑顔。今にも泣きそうな悲しげな顔。そしてあの柔らいミョンファの唇の感触が……。それと背負って帰った時のミョンファの胸の柔らかさと暖かさが蘇ってた。
柔らかい……、そして温かい感触。
うん? あれ!
夢やない。ほんまに背中に柔らかいもんがある。しかも温かい。それとこの腕は……?
僕は目を開け、反対側にゆっくり寝返えってびっくりする。目の前にミョンファの顔があった。
「ミ、ミョンファー!」
なんとほんまもんのミョンファが添い寝をしてくれてる。
「あっ、おはよう。よく寝てたね。体は大丈夫」
「いや、おはようって……。なんでミョンファはここに居るん?」
ミョンファは虚ろな目で話す。
「えへっ。お昼にドゥォフゥァさんがお店に来てー、シィェンタイが熱を出して寝てるって言ってたから。だから、すぐに来たんよ。そしたらシィェンタイはずっと寝てたから……、私も一緒に寝てたの」
一緒に寝てたって……。
ミョンファは僕の首に手を当てる。
「もう熱は無いみたい。よかった。心配だったのよ」
そういえば頭痛もなくなってたし体もそんなにだるくない。それより筋肉痛の方が辛かった。これはボートを思いっきり漕いだせいやな。
「そうか。ありがとう。来てくれたんや。この通り元気になったわ。そやけどミョンファは大丈夫なん」
「私は大丈夫よ。寒くなかったから。だって……シィェンタイが……、ずっと抱いてくれてたから……」
そんなんしてたなぁ。もうずっと前の事の様や。
「そ、それならええねんけど……。ほんで足の方はどうなん?」
「それも大丈夫。まだ少し痛いけど、ここまで独りで歩いて来れたから。シィェンタイのお陰よ」
「そっか。僕はミョンファが元気やったらそれでええわ」
「ほんまおおきに。昨日、私、嬉しかった……」
「ああ、僕も嬉しかったで。おおきにな」
昨日の事を思い出したのかミョンファは恥ずかしそうに俯く。
そや! あと3日しか北京に居れへんし……。
僕は早く風邪を治してミョンファとまた一緒に過したいと考え始める。今日は動物園へ行けへんかったしな。
「それで……シィェンタイは何か食べましたか?」
「そういえば、朝ちょっと食べただけで何も食べてへんわ。ところで今何時?」
「えーっと、もうすぐ5時だよ」
「そっかぁ。一日中寝てたんやなぁ」
「うん。私が来てからも3時間ぐらい経つかな」
そんなに寝てたんや、一緒に……。
「お腹空いてるよね。何か買ってきてあげる」
「ああ、ありがとう」
「ちょっと待っててね」
と言うて起き上がり、少し足を引きずりながら部屋を出て行く。足はまだちょっと辛そうやった。
暫くすると、食堂で
ミョンファはそれをベッドの脇に置き、フーフーと冷ましながら食べさせてくれる。風邪引いてしんどかったけど、看病して貰えるなんてちょっとラッキーやと思た。
食べ終わったら食器を返しに行って、ついでにお茶っ葉を買うてきてくれた。部屋にあるポットのお湯でお茶を入れ、それを飲みながら一昨日からの事を思い出して楽しく喋った。
時計は7時を回った。
「そろそろ暗くなってきたで」
「そうやね。シィェンタイはまた寝た方がいいね」
「ああ、そうするわ」
「一緒に寝てあげようか」
冗談で言うてる?
ほんまは是非お願いしたいんやけど、
「ミョンファに風邪が伝染ると……あかんし、やめとくわ」
と返しておいた。するとミョンファはちょっと大人びた声を出して、
「残念ねー。また今度一緒に寝よね」
と囁いてる。
そ、そんなこと言うてしもたら僕は……。
ミョンファは自分で何言うてるか分かってるんやろか? ちょっと焦ってしもたがな。
「そろそろ、帰った方がええんちゃう。ごめんやけど送って行けへんし」
「うん。そしたら、いっぱい寝て元気になってね。またお店に来て」
「おお、明日までになんとか治して元気になって行くわ。あっ、それと今日はごめんやで。動物園行けへんかったし」
「うんうん、気にせんといて。シィェンタイが元気になったら一緒に行こ」
「よし分かった。楽しみにしとくわ」
「うん、私も楽しみにしとく」
良かった。またミョンファと一緒に行けそう。
「そしたら帰るね。早く元気になってね」
「ありがとう。気ぃ付けて帰ってや」
「うん」
部屋を出る時、ミョンファはとびっきりの笑顔を見せてくれた。ミョンファの笑顔を見られただけでなんか元気になれる様な気がした。
一応、もう一回薬を飲んで布団にもぐる。そやけどさっきの温もりは無い。
背中はちょっと寂しかった。
つづく
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