38帖 帰りたくない
『今は昔、広く
前線が通過したんやろか、風も出てきた。大陸性気候の北京でも寒冷前線は通過するんやったかなと春の天気図を必死に思い出してみるけど、北京の所までは記憶が無い。
そんなことを考えてたら冷静になってきて、少し疲れてる事に気が付き僕はミョンファの
濡れた服は体温をどんどん奪う。ちょっとやばいかも。
「雨が止むんやったらそれまで此処で雨宿りして、ほんで帰ったらええねんけどなぁ」
「止みそう?」
「うーん、まだわからん」
その時、急に周りが白くなったかと思うと物凄い音が鳴り響いた。
雷や!
キャっと声を上げるミョンファ。しかしその声も雷鳴で消えてしまう。僕もビックリするぐらい大きい音。何処か近くに落ちたような感じや。
ミョンファを見ると少し震えてる様に見える。
「ミョンファ、大丈夫。雷は怖い」
「うん少し」
と言うた瞬間に閃光が走り雷鳴が轟くと、ミョンファは目を閉じて耳を塞ぐ。
「ちょっとどころやないやん。めっちゃ怖がってるやん」
「少しびっくりしただけっ!」
と強がりを言うてるけど、身体はガタガタと震えてる。
雨は相変わらず激しいけど、それに加えて風もきつなってくる。
今、雷は鳴ってへんけどミョンファはさっきからずっと震えてる。
「ミョンファ、もしかして寒くない」
「なんかさっきから、ちょっと、寒いかも……」
僕はそっとミョンファの肩に手を回す。体がビクッとして、ミョンファは下を向いた。
肩も背中も冷えてる。そやし僕は意を決して、
「ミョンファ、おいで」
と言うてみる。
「……」
「こう言う時は、くっついといた方が暖かいねんで」
するとミョンファは黙って僕に体を預けてきた。僕は腕を回してミョンファの身体を引き寄せる。
「どう」
「うん……。暖かいよ。シィェンタイは」
「僕もミョンファのお陰で暖かいよ」
そやけど、僕の腕の中でもミョンファは小刻みに震えてる。僕は震えを止めようと、もっと強く抱きしめた。ミョンファの頭が僕の目の前にある。濡れた黒髪がしっとりと輝いてる。ミャンファの吐息が僕の胸に掛かってた。
雷が鳴るたんびに、ミョンファの体はキュッと硬くなる。その都度、僕はミョンファの体を強く抱きしめた。
そのうち、ミョンファは僕の胸に顔を埋めてくる。
僕らは暫く何も喋らんかった。言葉は交わさんかったけど、お互いの鼓動がお互いの身体に伝わって会話をしてる様やった。言葉では表せへん気持ちを確認し合ってる様な感覚や。
雨が少し緩くなってきた。雷も少し遠退いてる。その代わりに気温がどんどん下がってきてるんが分かる。
相変わらずミョンファは震えてる。そやし身体をそっと持ち上げ、膝の上に座らせ両手でミョンファを抱える。恥ずかしいのんかミョンファは自分の顔を僕の胸に埋めたままじっとしてる。
僕は自分の身体のあらゆるとこでミョンファを覆い、触れ合える所は全て触れて温め様とした。
するとミョンファは自分の両腕を僕の身体に巻きつけてくる。ミョンファの鼓動と温かさが僕に伝わってくる。僕もギュっと力を込めしかも優しく抱きしめる。身体全体でミョンファを感じる。
ミョンファの緊張が緩み、震えが止まった気がした。
しばらくすると雨は止み、風も収まってくる。
ミョンファは僕の胸の中で目を瞑ったまま微笑んでる。完全に安心しきってるその表情は、夢でも見てる様やった。
そして黙ったまま顔を上げ、ゆっくりと目を開けて僕を見てくる。それは全てを僕に委ねてる目やった。僕はゆっくりと顔を近づける。
ミョンファを大切にしたい。そやし壊したくない。
そう思えば思うほど、自分の中の後ろめたい部分が僕のミョンファに対する思いを邪魔してくる。
僕は旅人……。
ほんまにあと一歩。いや、あと数センチやのに、その距離を越えられへん根性無しの自分が居った。そんな僕は、思ても無い事を口走ってしまう。
「そ、そろそろ帰るか」
「……?」
「雨、止んだで」
「う、うん」
と言うと、ミョンファはまた僕の胸に顔を埋める。
僕は何も言わず、ギュっと抱きしめた。
出来ることは何でもしたかった。
でも、僕は旅人。
それからどれぐらい時間が経ったやろ。雷鳴は遠く東の方に去り、雲は消え、空には星が出てきた。
「ミョンファどうする。そろそろ帰ろか?」
ミョンファは僕の胸の中で首を振ってる。
「もう夜のお客さん来てるで」
「いいの……」
「朴君、心配してへんか」
「大丈夫」
「でも夕方には帰るって言うてたで」
「……」
僕は時計を見る。
「6時半回ってるわ。そろそろ帰ろ……」
「いや!」
僕の胸の中でミョンファは幼い子どもの様に何度も首を振る。
「おじさんおばさんも待ってるんと……」
「帰りたく……ない」
そやな。僕かてずっとこのままで居たい。帰りたくない。ミョンファを心と体でずっと感じてたい。
どうしようも無くて……、僕はミョンファの背中をゆっくり擦る。
僕が黙って擦ってるとミョンファは顔を上げてきた。今にも泣きそうなのを我慢してる感じ。
そしてゆっくりと中国語で呟やいた。
「ウォシィァン、フェァニー、ジェウェン」
意味は全く分からんかったけど、目を見てたら僕にはミョンファの気持ちが痛いほど伝わってくる。
もうこれ以上辛い思いはさせられへん。僕の気持ちも張り裂けそうや。
ミョンファの顔を見て決めた。僕の気持ちはもう決まってる。
ごめんやったで、ミョンファ。
「
とミョンファの小さい声が聞こえる。
僕はそっと顔を近づける。
ミョンファはそっと目を閉じた。
つづく
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