28帖 走るミョンファ、追う憲太

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 地铁ディティェ(地下鉄)に乗ってる間、僕は関西弁講座をやった。ミョンファはなかなか覚えがええ。

 と言うより頭の回転が速い。覚えた関西弁はすぐに使える様になってる。ミョンハンも関西弁が言える様になったんが嬉しいのか、喜んで使いまくってる。

 関西弁を話すミョンファは、めっちゃチャーミング!


 前门站チェンメンヂャン(前門駅)に着いて地上に上がると、たくさんの人民に圧倒される。昨日来た時も多かったけど、今日はその2倍も3倍も居るみたい。人を掻き分けんと進めへん。


 正阳门ヂォンヤンメン(正陽門)を過ぎ、天安门ティェンアンメン广场グゥァンチャン(天安門広場)に出る。遠くに天安门が微かに見える。まずは天安门へ行くことに。

 昨日は一人やったけど、今日はミョンファと一緒やから心も弾んでるわ。


 人混みの中を二人で関西弁講座をやりながら歩く。半分ほど、およそ500メートルぐらい歩くと人混みを抜けられた。あとは100メートル毎に立ってる警備の公安だけや。


 ホッとしてたら、ミョンファは僕の顔をじっと見てくる。


 えっ!?


 そしてニコッと笑ろて、


预备ユーベイ开始カイシー!」


 と言うと、帽子と水筒を押さえて走り出しす。「用意ドン」ちゅうことか。

 10メートルほど遅れて、僕はミョンファを追いかける。


 中学・高校と陸上競技で鍛えた僕の足やったらすぐに追いつく。そやけど、わざとゆっくり走ってみる。

 前を走ってるミョンファは後ろを振り返りながら、


「早くおいで」


 と、ちょっと意地悪な顔をして言うてる。

 僕は本気を出して追いついたろうと思た。


 まぁ、少し本気を出すだけで、すぐに追いつく。


「遅いですよ。ミョンファさん!」


 横に並んでミョンファの顔を見ると、抜かれまいと真剣な顔で一生懸命走ってる。

 僕にとっては余裕のスピードやったけど、ミョンファにとっては全力なんかな。歯を食いしばり顔を赤くして走る。まっすぐ前を見て、ほんまに真剣や。

 こんな顔もするんやなーと、僕は頭の中にミョンファの表情を刻み込んだ。


 そろそろホンマの本気を出して走ったろ、格好ええとこを見せたろと思て加速する。


 正にその時、


 ピーーッ! ピーーッ! ピーーッ!


 と警笛が鳴った。

 何事かと驚いて、僕とミョンファは立ち止まる。近くにいた公安が僕らを目掛けて駆け寄って来る。厳しい口調で何か言うてるし、どうやら怒られてるみたい。

 ミョンファはその公安と僕の間に入ると、喧嘩腰に話し出す。そやけど最後は謝ってた。

 やっぱり怒られたんやと思て僕も謝る素振りをした。


「ミョンファ、公安ゴンアンは何を言うてはったん」

「えーと、走ってたから注意されました。ここは速く走ったらダメです」


 暴動と間違えられるんかなぁ。


「やっぱり。誰も走ってへんもんなー。そやけどそんなに速よ走ってないで」

「ほんまですねー」


 思わず二人で笑ろてしもた。僕はミョンファが「ほんま」という関西弁を使こたから笑ろた。ミョンファは、何で笑ろてたんかは分からへん。


 でもなんか楽しい気分や。二人とも、ハーハー言いながら笑ろてた。


 笑い終わったら、ゆっくりと歩き出す。ほんで天安门の中をくぐり抜け、售票处ショウビィァオチュ(入場券売場)の前まで来た。

 僕が入場券を買おうとしたら、


ビィァオ(入場券)は、私が買います」


 とミョンファが言うてくる。


「ええで、僕が買うよ」

「私が買った方がいいです。その方が安いですよ」


 と、料金表を指差した。それを見ると、入場料は人民は10元やったけど外国人は30元もする。しかも身分証を提示せんとあかんみたい。

 ミョンファは售票处の列に並んで入場券を買うてきてくれる。その分のお金を渡そうとしたけど、それは受け取ってくれへんかった。


「ミョンファ、ありがとう。後で何かお返しするから」

「お返しって何ですか?」

「お返しっていうのは、うーん……」


 ミョンファに説明する言葉が思いつかへん。


「ミョンファが票を買うてくれたから、代わりに僕がミョンファにプレゼントを買うてあげます」


 と言うたら、ミョンファはまたプッと膨れて下を向く。


「別にプレゼントが欲しいから……じゃないからね。私が買った方が安かったから……。でも、お、おおきに」


 と小声で言うてた。


「いいねん、気にせんとって。僕もおおきにやで」


 この後も度々入場券が必要な所へ入ったけど、全てミョンファが払ってくれる。僕は何をプレゼントしようかと考えながら歩いてた。


 天安门の中に入って、階段を上がる。一番上まで行き、扉をくぐると門上に出られた。テレビのニュースで見た事がある、国家主席が演説などをする所や。


景色很美ジンスェァヘンメイ(すごーい)」


 ミョンファは歓声を上げてる。

 風が吹いてて気持ちよかった。


「ミョンファは前も来たことあるんやろ」

「来たけど、前はここまで上がれなかった」

「そうなんや。なかなか眺めがええねー」

「めっちゃ気持ちがいい。そうそう、お茶を飲みますか」

「ありがとう。喉乾いとったわ」

「ありがとうじゃなくて、おおきにでしょ」

「うーん、この場合はありがとうでもええねんけどなぁ」

「そうなん。難しいね、関西弁」


 そう言うて肩に掛けてた水筒からお茶を入れようとしたら、突風が吹いてミョンファの帽子が飛んだ。


「あっ……」


 僕はすかさずジャンプして帽子をキャッチする。危うく天安门广场に飛んで行くとこやった。

 それを見てた周りの民たちは、「おー」と言うて拍手をしてくれる。僕は「谢谢シィエシィエ谢谢シィエシィエ」と言いながら、調子に乗って手を振ってた。


 ミョンファも嬉しそうにしてる。そして帽子を被せてあげる。

 ミョンファはとびっきりの笑顔で、


「おおきに!」


 と喜んでくれた。


 ミョンファにお茶を貰ろて飲むと、喉が潤い風で汗が引いて心地よかった。


 しばらく何も言わず、二人で北京の風景を眺める。ミョンファは目を細めて遠くを見てる。その横顔も素敵やった。

 僕は北京の風景写真を撮る振りをして、こっそりミョンファの横顔を撮った。めちゃええ写真になりそう。


 その時ミョンファがこっちを向き、僕と目が合う。ちょっと恥ずかしそうな顔をしてたけど、頑張って僕の顔を見てる様や。僕もミョンファの目を見つめる。


 ドカ、ドカドカ!


 折角ええ雰囲気やったのに……。団体旅行の人民たちが大勢やってきた。ホンマ中国は人が多いなぁと感じさせられる。それぐらいたくさんの人民たちがなだれ込んできて、僕らは押し出されてしもた。


 中国は団体旅行が多い。ほとんどの人民がごっつう日焼けしてるさかい聞いて見ると、地方の農村から来てるとミョンファが言うてた。


 僕らは天安门を後にする。午门ウーメン(午門)を抜け、故宮グーゴンに入場する。

 そして更に内金水桥ネイジンシュイチィァォ(内金水橋)を渡り、太和门タイフェァメン(太和門)を抜け、太和殿タイフェァディェンに向かって歩く。


 僕らは歩いてる間もいろんな話をする。ミョンファは自分の家族の事を話してくれた。


 吉林省にはおじいちゃんとおばあちゃんが居って、ミョンファとお兄ちゃん、お姉ちゃんの3人は、小さい頃おじいちゃんとおばあちゃんに育てられた。お父さんとお母さんは、北京で今のお店を開く。小学校の時におばあちゃんが亡くなったんで、3人は北京のお父さんお母さんの所にやってきた。


 ミョンファが初級中学チュジーヂョンシュェ(中学校)3年生の時、おじいちゃんが病気で倒れた。お父さんとお母さんとお姉ちゃんは、おじいちゃんのお店を引き継ぐために吉林省に帰ってしまう。


 それで、お父さんが開いた北京の店をお兄ちゃんが引き継いだ。本当は大学に行きたかったそうや。

 お父さんの弟にあたるおじさんと、おばさんが店を手伝ってくれてる。

 堂兄弟タンシィォンディ(従兄弟)は、北京の体育学校ティユーシュェジャォに入ってて、篮球ランチィゥ(バスケットボール)の選手を目指しているらしい。


 おじいさんの病気の手術をする為には、お金がたくさんかかる。だからミョンファは、高级中学ガオジーヂョンシュェ(高校)へ行くことを諦めて、店を手伝うことにした。

 おじいさんは今も入院してて、かなり病状が悪いらしい。


 そんな話しをしてたら少し悲しそうな顔になってた。僕が心配してたら、それに気付いたんか、急に明るい顔をして話し出す。


「ほんでな、お兄ちゃんには情人チンレン(恋人)が居ます」

「な、なんと。朴君には彼女が居るんか。アイツなかなかやるなー」

「彼女って、何ですか?」

「ああ、情人のことや」

「そうですか……。それで、结婚ジェフン(結婚)するそうです。22歳になったら结婚します」

「ほほー、あと2年やね」

「それで结婚をしたら、嫂子サオズー(お嫁)さんにお店を手伝わせて、私をもう一度学校シュェジャォに行かせてくれるそうです」

「そっかぁ、お兄ちゃん、なかなかええやつやん。ちょっと見直したわ。ミョンファのこと、大事に思てるやん」

「それは、そうなんですけど」


 しっかりしてくれよ、お兄ちゃん! とでも言いたげな顔や。


「それでミャンファは学校に行った後、何の仕事したいん?」

「私は幼儿教师ヨウェァジャオシー(幼稚園の先生)になりたいです」

「ああ、ええかも知れんなー。幼稚園の先生かぁ。似合におてるわぁ」

「なれますか?」

「なれる、なれる。ミョンファが幼儿教师になったら、僕は子どもになってそこへ行くわ。優しくしてね。老师ラオシー(先生)!」

「厳しくしてあげます」


 と言うて笑ろてくれた。


 ミョンファもいろいろあんねんな。でも今日はそれを忘れられる様に楽しませてあげよと思た。



 つづく

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