27帖 行け!紫禁城デート
『今は昔、広く
僕は、地下鉄の
5月22日水曜日。
まだ8時過ぎやというのに、今日の北京は暑い。
空は雲ひとつ無い晴れやのに、空気は
大通りは、大勢の人民たちが自転車で勤務先へと向ってる。自転車通勤ラッシュや。
乗用車や路線バスも砂埃を巻き上げながら走ってる。
幼い子の手を引いて歩いてる人民や、二人もの子どもを荷台に乗せて自転車を漕いでる人民が居る。その人達と同じ方向に僕は進んでた。
この先に幼稚園でもあるんやろか。
通勤の銀輪部隊を避けながら通りを進む。世間は平日で、みんなこれから一生懸命働くんやと思うと少し後ろめたい気持ちになる。
9時の待ち合わせにはまだ余裕があるんで、僕は通り沿いの公園で時間を潰すことにする。ベンチに座って、汗を
気温は20度を超えてるんやろか? 何よりジメッとした空気が体にまとわりつくのが鬱陶しかった。北京はもっと乾燥した所やと思てたのに。
それでも心は晴々として、めちゃウキウキや。
そう、今日はミョンファちゃんとデート。
コースは、
そやし細かい行き先は、ミョンファちゃんに選んで貰らおうと思てる。
わいわいキャーキャー、賑やかな声が聞こえてくるんで後ろを振り向いたら、茂みの向こうに幼稚園があった。園庭で遊んでる子どもたちが騒いでるんや。
男の子は幼い感じやけど、女の子は男の子よりも少しマセてるように見える。同じ歳やろうけど大人しくて「お姉ちゃん」みたいな感じ。
僕は、ミョンファちゃんが幼稚園の頃はこんな感じやったんかなと、勝手に妄想してしもた。めっちゃ可愛い。
待ち合わせの時間には早いけど、そんな事を考えてたら居ても立っても居られん様になる。
いつの間にか、僕は朴君の店に向かって歩き出してた。
暫く歩くと、自転車通勤の人民の隙間から白いシャツを着て立っている少女が見える。
ミョンファちゃんや!
向かってくる銀輪部隊をすり抜けて僕は走ってた。距離は200メートル位やろか。しんどいけど走らずには居られんかった。
待ち合わせ時刻まで30分もあるのに、ミョンファちゃんは店の前に立ってる。
細い足にぴったりのジーンズに、赤色で縁取られた丸い襟のある薄ピンク色のブラウスを着ている。少し長めの髪は後ろでひとつにまとめ、広めのブリムがある白い帽子を被ってる。
肩からは、茶色のバッグと赤い水筒をぶら下げてる。それが少し子供っぽく見えたけど、それはそれで可愛く思えてしまう。
よう考えたら、ミョンファちゃんはまだ15歳やったわ。
お店に出てる時は、黒いスラックスに白のシャツで、黒いエプロン姿。髪は降ろしてて、18か19歳ぐらいに見てた。
そやけど、今日の私服姿は年相応に見える。
「ミョンファちゃん!
「おはようございます」
200メートルダッシュをしたんで息が切れてしまう。
高校生の時やったら23秒で走れたのに……。
1分にも2分にも思われるほど長かった。
「大丈夫、ですか?」
「大丈夫……やで」
そんなことはない。ハーハー言うて息が上がってるし。それに、走ったこと以上に心臓がバクバクしてるのが分かる。
「ミョンファちゃん……、早よから待っててくれたんや。ごめんな……、待たせてしもて……」
こんなんやったら、さっさと歩いてきたらよかったわ。
「そんなことないです。ちょっと暇だったから……。立ってただけだから」
また顔が膨れてる。恥ずかしかったか? でもこの表情、何度見てもグッとくるわ。
「そしたら……、取り敢えず、行こか」
僕は駅の方に向かって歩き出しす。ミョンファちゃんも僕の一歩後ろを黙って付いて来る。
こうやってミョンファちゃんと二人だけで歩いてると思うと、やっぱり緊張する。まだ心拍数が落ち着かへん。
そやけど僕の方が年上やし、男子なんやから何か喋らなあかんと思て振り向いた。
ミョンファちゃんは少し斜め下を向いて歩いてる。そのミョンファちゃんを見て、僕はドキッとして言葉が出ん様になってしもた。
お店に出てる時はいつもエプロンをしてたんで気付かへんかったけど、エプロン無しで見るミョンファちゃんの胸は……、結構大きい!
細くて小柄な割に大きいと思う。歩いてるだけでも、少し揺れてる。なんか余計にドキドキしてきた。
それでもなんとか頑張って声を絞り出す。
「ミョ、ミョンファちゃん。
「はい」
顔を上げてくれた。
「紫禁城には行ったことある?」
「はい、ありますよ。お父さんとお兄ちゃんとお姉ちゃんと、小学校の頃に行ったことがあります」
「ふーん、そうなんや」
「たぶん人がいっぱい居ると思いますよ」
昨日、天安門広場にも人民がいっぱい居ったもんなぁ。
「そうなんや。あの……、ミョンファちゃん。別に敬語で喋らんでもええで」
なんか違和感があったんよなぁー。
「敬語って何ですか?」
「えーと、年上の人に喋る時の言葉や」
「でもシィェンタイさんは、私より年上です。お兄ちゃんに聞きました」
「まあ、そうなんやけど……。折角、二人で遊びに行くんやし、敬語でなくてええで」
その方が絶対に仲良くなれると僕は思う。歳なんて関係ない。
「でも私は、この日本語しか知りません」
「そうなんや。ほんなら僕が教えてあげるわ」
「ありがとうございます」
「そうそう。そういう時は『おおきに』って言うんやで。『おおきに』は『ありがとう』と同じ日本語や」
「おおきに……ですか」
「そそ。そしたら今日は、日本語でもとっておきの関西弁というやつを教えてあげるわ」
「関西弁って何ですか?」
「友達同士が仲良くなれる魔法の様な日本語やねん」
「私、関西弁が話せるようになりたいです」
「よっしゃ分かった。今日は厳しく
「はい、頑張ります」
「ちなみに『はい』は、『うん』ででええよ」
「うん、ですか」
「そそ。『うん』の方が、かわいいよ」
「う、ん……」
さりげなく可愛いと言うてしもたわ。
ミョンファちゃんは、また下を向いてしまう。よう照れる子や。
ミョンファちゃんの性格というか反応の仕方がだいぶん分かって、しかも慣れてきたけど、まぁ何をしても可愛く思えてしまう。
そやけど、こんなに可愛いのに今まで付き合ったヤツとかおらへんかったんやろか? めっちゃモテるやろー。彼氏とか居ったんやろか?
まあ、流石にそれは聞かれへんわな。
自転車通勤の人民たちが、僕らの横をどんどんすり抜けていく。
たまに振り返って何か言うてる若い人民が居ったけど、中国語やし当然意味はわからへん。でも顔がニヤニヤしてたんで、多分冷やかされてるんやろなと思う。平日の朝から若い男女が二人で歩いてるんやからね。
「そや、ミョンファちゃんって、名前はどんな字を書くん?」
「名前ですか」
カバンから身分証を出して見せてくれる。
「これです」
それには『朴 明華』と書いてある。
「シィェンタイさんの名前は、どういう字ですか?」
僕はメモ帳を出して表紙に書いてある名前を見せる。
「こんな字やで」
『北野 憲太』
「ベイイェ シィェンタイ。日本語では何と読むのですか?」
「日本語で『きたの のりた』って読むんよ」
「きたの……、のりた……、ですか?」
「そうそう」
「のりたさん」
「うーん、なんか変やなぁ。やっぱりシィェンタイでええよ」
「シィェンタイさん、ですね」
「うん、それがええわ。あっ、『さん』はつけなくてええで」
「シィェンタイ、でいいのですか」
「日本では、その方が仲良しって感じやねん」
「そ、そしたら、私のこと『ミョンファ』と言ってください。『ちゃん』は小さい子につける日本語。おじいさんに教えてもらいました」
「そうやなぁ。そしたら『ちゃん』無しにするわ」
呼び捨てで呼ぶってむっちゃええ感じやん。
ちょっと恥ずかしかったけど、試しに言うてみる。
「ミョンファ!」
ミョンファは、僕の方をパッと見たけど、照れたんか、また膨れて下を向いてしもた。
「シィェンタイ……」
と、小声で言うてるんが微かに聞こえた。
なんかいい感じやと思う。
僕とミョンファの距離が、少し縮まった様に思えた。
駅に着たら僕は切符を2枚買うて、ミョンファに1枚渡す。
嬉しそうな顔をして受け取ってくれた。
ええ顔やわ。
つづく
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