25帖 妹をなんとかして下さい

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 遅れてきた僕は、何故かミョンファちゃんに怒られてしもた。

 僕は呆然としてると、多賀先輩が声を掛けてくれる。


「まぁ取り敢えず座りーや」

「多賀先輩、ミョンファちゃんはなんで怒ってたんですかね?」


 多賀先輩は残ったスープを飲み干すと、ボソっと言う。


「プッハー! 別に怒ってへんかったと思うけど」


 ええっ、そうなんやろか?


「遅かったしちゃう。ミョンファちゃん、ここでずっと待ってたし」

「そうなんっすか。そやけど昼飯時って、お店忙しかったんとちゃうんっすか?」

「俺は12時半ぐらいに来たんやけど、今日は客少なかったで」

「多賀先輩、そんな早うから来てたんや」

「そうや。シシカバブーとビールでお前が来るのを待っとったんや。そしたら、隣の店も暇やったみたいで、ミョンファちゃんがこっち来てな……。ほんでさっきまで俺と一緒に喋ってたんや」

「喋ってたって、何喋ってたんですか?」

「それは秘密や」


 ええーっ!


「そ、そうなん言わんと、教えてくださいよ」

「ほな、いくら出すねん」

「金取るんっすかぁ」

「まあそれは冗談やけど、とりあえず北野がミョンファちゃんの事を気に入ってるでーて、伝えといたし。はい、1000円!」

「な、なにー! なんちゅうことをしてくれたんですか」


 金は払いませんよ。


「そやけど、ほんまの事やろ?」

「まーそうですけど。そ、それで……、ミョンファちゃんは何て言うてました」

「まあ、そう焦んなや。取り敢えず何か頼んだら」


 そこが一番知りたいとこやんか。まぁええわ。取り敢えず何か頼んで、それからゆっくり聞こ。


「そしたら……、多賀先輩は何食べたんですか?」

「俺か。俺は牛肉のクッパとカルビスープや」

「ほんなら……。朴君、僕も牛肉のクッパ頂だい。それとシシカバブーも3本」

「わかりました」


 注文が終わると直ぐに多賀先輩の方を向く。


「ほんで、ミョンファちゃんはどうやったんですか?」

「ん……、お前の事、色々聞いてきてたから教えたったわ。えーっと、そしたら一緒にどっか行きたいって言うとったで」


 何言うたかは、気になるとこやけど……。


「マジすか。それ、ほんまっすか」

「ほんまや」


 多賀先輩はニヤニヤと笑ってる。こういう場合は大概たいがい冗談やと思うねんけど……。


 うーん。読めんへんなぁ、この表情。


 できたらそうであって欲しいし、多賀先輩を信じることにしよ。今だけは。


「ほんなら誘ってみよかなぁ。そや、3人でどっか行きましょか」

「なんで3人やねん、二人で行ってきらたええやんけ」

「そやかて……。そこにお兄ちゃんもいることやし。それに二人って、何喋ったらええんですか?」

「アホか、そんなことは自分で考えやっ!」

「考えやって言われても……」

よ考えや。もうすぐミョンファちゃん来るで」

「えっ、なんで来るって判るんですか?」

「何でて、もうすぐクッパ持ってくるやん」

「あっそうか!」


 そうやった、クッパ注文してたんやった。どないしよ。何喋ろかな?

 こういう時は、おばさんが持ってきてくれてええのになぁ……。


 うーん、いきなり「可愛いね」っていうのも変やしなぁ。二人でどっか行きませんかって誘うのも、朴君の前で言うてええんやろか?


 と考えてたら朴君がシシカバブーを持ってきてくれる。なんか朴君の顔が見れへんかったわ。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」

「シィェンタイさん」

「はい?」

「ミョンファと一緒にどこか行って来たらどうですか」

「えっ!」


 暇になったんか、朴君もテーブルに座ってくる。そういうたら他に客はおらんわ。


「い、いんですか」

「いいですよ。シィェンタイさんは、まだ北京の観光をしていないです」

「なんで知ってるの?」

「さっきドゥォフゥァ(多賀)さんと、ミョンファが話しをしているのを聞いていました」

「多賀先輩、何を言うてたんですか?」

「いや。俺は結構いろんなとこ観てきたけど、北野は多分まだ何処にも行ってへんのと違うかって言うてただけやで」

「まぁ、朝の通勤ラッシュしか見てませんけど……」

「そやろ。そしたらな……、ミョンファちゃんが、北京はええ所たくさんあるし、なんで見に行かへんのやろって言うてたんや」

「うんうん」

「ほんでミョンファちゃんに、一緒に連れてったってくれへんかって言うたら、ええでって言うてたわ」

「そうですね。ミョンファも行きたそうにしてましたよ」


 まじか。朴君も言うてるし、これはホンマやな。まさか二人で僕を陥れようとしてるんちゃうやろなぁ。

 それは、無いか。実の妹をダシに使こて、そんな事せえへんわな。


「ぱ、朴君。どっか行ってきてもいいですか?」

「いいですよ」

「お店はどうなるんですか?」

「お店は毎日やってる。けど休みたい人がいたら、その人は休みます」


 なるほど、そういうシステムか。


「よかったやんけ北野、これでお兄ちゃん公認やで」

「はー」


 なんか最後は気が抜けてしもた。ほんなら今日、行けへんかった天安門とか故宮とか行こかな。ミョンファちゃん、一緒に行ってくれるかな?


 すると、奥からミョンファちゃんがクッパを運んで来くる。

 さっきと違ごて笑顔や。


「お待たせしました」


 と言うてクッパを僕の前に置いてくれる。多賀先輩を見ると、「早よ言え」みたいな顔をしてる。


「あ、ありがとう」

「いいえ」

「あのー、ミョンファちゃん」

「はいっ」


 声聞いてるだけでもドキドキするのに、顔を見てしもた。笑顔で僕を見てくれてるやん。あかん、脳が溶けそうや。


「えーっと」

「何ですか?」

「いつも運んでくれてありがとう」

「なんやそれ、ビシッと言わんかい」


 これが吉元新喜劇なら、ここでみんなズッこけるとこなんやろな。


 多賀先輩も居るし、なんちゅうても実のお兄ちゃんが目の前に居るんやで。お兄ちゃんの前で妹を誘うって、倫理的にどうなんや?


「うふふ」


 ミョンファちゃんは笑ろてる。しかもめっちゃ可愛い。

 僕はマジマジと見てしもた。


「何ですか?」


 チャンスや、ガンバレ自分。

 そやけど何を言おう……?

 まあええわ、思たこと言うてしまえ!


「ミョンファちゃんて、日本語上手ですね」

「えっ……。あ、ありがとうございます」


 あれ? さっきまでの笑顔は消えて、なんか顔が赤くなってるし。

 褒められるの苦手なタイプ?


「それにに声も綺麗やし……」


 と言いかけたら、おばさんが奥からミョンファちゃんを呼んでる声がした。


「はーい、今から行くー」


 と返事して、


「さ、冷めちゃうから……、早く食べてよね!」


 さっきの優しい声と違ごて厳しい言い方やった。そして隣の店に小走りに行ってしもた。


 あれ? なんか怒らせるような事を言うたかなぁと思てたら、朴君が困った顔をして話してくる。


「ミョンファは、すぐに照れるんです。素直に喜んだらいいのですが、緊張してしまうと怒った様な顔になります」

「ふーん、そうなんや。ほんなら緊張せん様に言わなあかんのかぁ」

「もう少し素直になったら私も可愛いと思うんですけど、すぐ怒ります。だから私は悩んでいます」

「可愛いと思うねんけどな」

「そしたらシィェンタイさん、妹をなんとかして下さい」

「わ、分かりました」


 あっ、流れで分かった言うてしもたけど、ええんかいな。

 しかもお兄様から正式にうけたまわってしもたぞ。ほんまにええんかな……。


 そしたらしゃあない。なんかキッカケを作ろ。

 でも、あのミョンファちゃんの顔を見てしもたら、僕も緊張してまうやんなぁ。もう少し不細工やったら緊張せんのに、なんであんなに可愛いんやろ……。


「北野。取り敢えず先に食えよ」

「そうでした。お腹ペコペコやったん忘れてましたわ」

「もう知らんわぁー。あとは自分で何とかせえよ」

「はい……」


 お客さんが2人入ってきたんで、朴君は立って行く。

 多賀先輩は、僕の顔を見てニヤニヤしてるだけや。今にも吹き出しそうなんを我慢して。


 くっそ……。取り敢えず、食べよか。


 僕はクッパとシシカバブーを食べながら、取り敢えずさっき行った前门の切符売場の様子を多賀先輩に報告した。



 つづく

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