22帖 別離

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 目が覚めた。

 多賀先輩はもう帰ってきててベッドに腰掛け、僕の方を見ながら静かにギターを弾いてる。


「おお北野。どうや、大丈夫か?」

「はい、大分楽になりました」

「ほんでお前、晩飯どうすんねん」


 時計を見ると、もう7時を回ってる。結構寝てたみたいや。


「どうしよかな」

「もし食べられるんやったら、これ食べや」


 包み紙を一つ渡してくれた。


「なんですの、これ?」

「旅館の前にあった屋台でな、お好み焼きみたいなん売ってたから食べたらうまかってん。ほんでやで、わざわざお前の分も買うてきたったんや」

「ほんまっすか。ありがとうございます。ほな、頂きますわ」


 心配してくれてたんや。意外と優しいとこあるやん。

 少し冷めてたけど辛くて美味しい。お好み焼きというよりも、一銭洋食に近かった。


 食べ終わって水を飲んでたら、超さんが入って来る。


 超さんは、もう既に酒で出来上がっててご陽気で、また僕らと筆談で話をする事に。姜さんもビールとつまみを持って遅れて入って来た。


 超さんたちは明日、黒竜江省に帰るらしい。

 ほんで、もし黒竜江省に来る機会があったら是非家に来てほしいと住所まで教えてくれる。お返しに僕らも住所を教えた。

 家に帰ったら黒竜江省の特産を僕らの家に送ってあげると言うてくれたわ。ただ、その特産物が何なのかは筆談では分からんかった。

 その後もビールを飲みながら色々話をする。


 話しの途中で超さんは、「美元」が欲しいと言うてくる。

 僕は、「美元」が何か分からんかったんで質問したら、例えで「日元」はつまり「日円」やと超さんは言う。


 なるほど日本円のことか。そこまでは分かった。

 そしたら「美元」は何なんやろう。


 姜さんもいろいろ説明してくれたけど、その「美」というのが何かわからん。美しいお金では無いらしい。


 そういえば大使館巡りをしてた時に、アメリカ大使館のプレートに「美国」って書いてあったんを思い出した。

 それで「美」はアメリカかと聞いたら、正解やった。

 そしたら「美元」はアメリカのお金かと聞いたら、そうだと言って頷いてくれる。


 なるほど、おっちゃんは米ドルが欲しいんや。


 中国では一般人民が米ドルを手に入れることは難しいらしい。僕は今までお世話になったお礼にと思て、50ドル札をおじさんに渡すことにした。もちろん半分は多賀先輩に貰うつもりで。

 そしたらおじさんは、両替と勘違いして人民元を出してくる。

 僕は、


「これまでのお礼です」


 と言うて両替やないと、人民元の受け取りを拒否したけど、


「それはだめだ、受け取りなさい」


 という事で、超さんから100元を貰った。

 レートでいうと200元ぐらいするんやけど、このおじさん達にはそれ以上の世話になったんやから、100元でも高いと思う。そやから、それでは申し訳ないと思て日本の千円札も貰って頂いた。

 おじさん達は、めっちゃ喜んでくれたし、僕も嬉しかった。


 それから30分ぐらい喋る。そろそろ寝ると言うてきたんで、最後に記念写真を一緒に撮る事にした。じゃあ嫁さんも呼んで、みんなで撮ろうということになる。


 奥さん達もやって来て、みんなで写真を撮る。そしたら、超さんの奥さんが自分のカメラを出してきて、僕とツーショットで撮りたいと言いだしてくる。

 なんで僕とツーショットなんかって聞いてみたら、


「あなたみたいに若くて美男子にはそうそう会えないのよ。いいでしょ」


 と言われた様やった。


 昼間、朴君が言うてた僕の顔が中国の女性にはウケると言う話は、ほんまやってんなぁと思た。


「そしたら私も」


 ということで、今度は姜さんの奥さんとも一緒に撮る。ついでに多賀先輩ともツーショットを撮ってたけど、それはあくまでおまけやった。


 記念撮影会も終わり、奥さん達は部屋に戻る。超さん達は、明日の早朝にここをつので、この場でお別れの挨拶をする。


 僕らは、大変お世話になって嬉しい限りだという事を伝えると、おじさん達も僕らに出会って楽しかったと言うてくれた。黒竜江省に来た時は絶対に家に寄ってくれと念を押される。


 それなら、もし日本に来ることがあったら僕らの所にも来てほしいと言うた。でもそれは叶わない事やとおじさんたちは言う。

 一般の中国人が外国へ行くことは大変難しいことらしい。少し悲しげな表情やった。

 でもいつかまた会えることを楽しみにしてるし、これからも元気で旅をしなさいと言うてくれた。

 僕らは、なんとお礼を言ったらええんか分からんかった。ほんまに嬉しかったし、明日お別れという事がとても寂しく感じた。


 最後の最後に、四人で固い握手をし、


再见ザイジィェン


 と言うてお別れをした。


 おじさんたちが帰った後、部屋の電気を消して多賀先輩と寝ながら話す。


「なんか寂しくなりますね」

「せやなー。でもほんまにええ人に会えてよかったわ」

「もし黒竜江省に行くことがあったら……、僕、会いに行きますわ」

「また会えたらええなー」


 ビールで酔いが回ったのか、まだ熱があるのか分からんかったけど、まぶたを閉じたら直ぐに寝てしもた。



 つづく


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