18帖 羊肉串屋の朴くん
『今は昔、広く
北京の昼間はかなり暑い。
僕らはきつい日差しの中、4時間も
ミッションを達成した後、疲れてきたんで僕らは、「国名しりとり」をしながら大使館街を歩く。
日曜日ということもあってか人通りは少ない。いや、歩いてるのは僕らだけや。
暫く行くと
暫その通りを歩いてる時、焼肉のええ匂いがしてきたかと思うと多賀先輩は突然走り出す。
そして「
やられた!
ここが「国名しりとり」のゴールという事で、結果は僕が負け。つまりここでの食事は僕が奢らなあかんという事。
まぁ、しゃーないなぁ。
「よし俺の勝ちやな」
「分かりましたわ。昼飯代、出しますわぁ」
中を見てると朝鮮料理の店。まぁ、看板に「朝鮮風味」って書いたったしな。朝鮮料理は結構好きな方やし、それはそれで嬉しかった。
「冷麺でも食べましょうか」
「そうやな、暑いしちょうどええんちゃうか」
テーブルの椅子に座り、壁のお品書きを見る。
『冷面 三元』
「3元とは安いなあ。もうちょっと奢ってもらわなあかんなー」
「と、とりあえず冷麺食べましょや」
「わかったわ。ほな注文しょっか」
「頼むんはええんですけど、ここは中国語ですかね朝鮮語ですかね。何語で頼んだらええんやろ?」
「そら朝鮮料理やし、朝鮮語ちゃうか」
「でもメニューは中国で書いたりますよ」
「もう、どっちでもええがな」
まぁそやな。でも朝鮮語は全く分からんので、中国語で冷麺を二つ頼む。
しばらくすると銀色の器に入った真っ赤な冷麺が出てくる。
食べてみると、暑かったんで冷麺は冷たくてしかも美味しい。
ところが食べてるとだんだん辛くなってきて、しまいには我慢できひんぐらい辛く感じる。
辛いけど、なんか美味しい。それと汗が止まらんわ。
「これが本場朝鮮の味か? やるなぁ朝鮮」
「何言うてるんですか。ここは中国ですよ」
「せやな。そやけど、あっちのおっちゃんら朝鮮語で喋ってるぞ」
「ほんまですね。この辺には朝鮮人区でもあるんやろか」
確か朝鮮民族の中国人は居るはず。高校の時に習ろた。
「北野、もうあかんわ。我慢できひん。水も貰ろてきて」
「わかりました」
立って奥の厨房の方へ行ってみる。
「すんません」
と言うと奥から女の子が出てきた。
おお、おっ…………。
僕は思わず絶句する。
暑さと辛さで身体から
目の前に立っている女の子は、年の頃は18か19。体型は少し細身で、身長150センチぐらい。長めの黒髪はサラサラしてて、丸顔で目はぱっちり。まつ毛は結構長そうや。
なんといっても目鼻立ちが揃ってて、色白で……、めっちゃ可愛い。
ジロジロ見てたんやろか? 黙って立ち尽くす僕に、首を
「何ですか?」
と中国語で聞いてくる。
透き通る様な声。ただ顔は淡々としてて、またそれがクールで可愛く感じてしまう。営業スマイルならそんな事は思わんかったやろけど、素の感じが僕の頭を空っぽにさせる。
僕は「水をください」と言う中国語を忘れてしもた。
ど、どないしよ。なんて言うんやったかな……。
もう、ええわ。
「ウォ、ウォーター、プリーズ」
英語で言うてしもた。
それでも通じたんか、その女の子はさっと奥に入って行く。
その時のはためく髪の様子が、僕にはスローモーションの様に見えた。
僕はドキドキして再びその子が現れるのを待つ。
暫くすると水を持って来てくれる。相変わらず顔は淡々としてたけど、ほんの一瞬目が合う。
僕はドキっとして、目を逸らしてしまう。
「
と言うて席へ持って行く。
「多賀先輩……。今、めっちゃ可愛い子、居ました」
「どれどれ。あの子か、まあまあ可愛いなあ。でも俺の好みじゃないわ」
「そうですか。近くで見たらびっくりするぐらい可愛いいっすよ。思わず中国語、忘れてしまいましたわ」
いやーほんまにびっくりした。こんな可愛い子がいるんやなー。アニメから出てきたみたいや。
そんな事を思いながら残った冷麺を食べ、水を飲んで店を出る。何度か振り返ったけど、残念ながらあの子はもう出てこんかった。
「北野ー、もうちょっと食べたいなー」
まだ奢れってか……。
「ほな隣の店、行きますか」
「何売ってるんや」
「羊の肉の串って書いてますよ」
「シシカバブーのことか」
「いや、それは分かりませんけど、食べてみます?」
「よっしゃ食べよ。これも昼飯やから北野の奢りやぞ」
「やっぱし。ほんならこれで終わりですよ」
僕らは隣の店へ入った。
メガネをかけて少しぽっちゃりしたアニオタみたいな雰囲気の兄ちゃんがシシカバブーを焼いてる。
僕は2本頂だいと中国語で言う。
羊の肉を食べるんは初めてやけど、その匂いはたまらんわ。めっちゃうまそう。
焼けたシシカバブーを受け取り、1本2元で4本分の8元を払うと兄ちゃんが、
「そこに座って食べて」
と、テーブルを指差すんで座らせて貰ろて食べる。
「北野、めっちゃうまいやん」
「ほんまですね。羊の肉を食べたんは初めてなんすけど、スパイスが効いててむっちゃう旨いっすね。ビールが欲しなりますわ」
「俺、あと2本食うわ」
「それは自分で払ろて下さいね。僕も追加しよかな」
と、多賀先輩と喋ってたら、兄ちゃんがこっちへやって来る。
「あなたたちは日本人ですか」
なんと! 上手な日本語で喋りかけてくる。
焼肉屋の兄ちゃんが何で日本語を話せるんやろう?
あの事が相当トラウマになってるんか、一瞬、上海の陳の事を思い出してしまう。
今度は朝鮮マフィアかぁ?
「はい、日本人ですよ」
「そうですか、私は少し日本語が話せます」
「いやいや、少しどころか日本語上手ですよ」
「ありがとうございます」
「兄ちゃん、あと2本ちょうだい」
「僕も2本ください」
「わかりました。ありがとうございます」
兄ちゃんは、嬉しそうに焼き始める。
暫くして焼けた肉を持ってきてくれた。
注文したのが2本づつやのに、皿には3本ずつ載ってる。
「あれ一本多い」
みたいな顔してたら兄ちゃんは、
「1本はおまけです。食べてください」
と言うてニコニコしてる。なかなか気前のええ兄ちゃんや。
他の客が帰って暇になったんか、その後、僕らのとこに座って来る。
「日本から来たんですか」
「そうやで。昨日北京に着いてん」
「そやけど、なんでそんなに日本語が上手なん?」
「僕のおじいさんは日本語が上手です。おじいさんは吉林省に住んでいます。昔、日本人から日本語を習ったそうです。僕は、おじいさんに日本語を教えてもらいました」
中国には、北朝鮮との国境付近に朝鮮族が住んでる、と授業で習った事を思い出す。
昔、朝鮮半島や満州を日本が占領してた時期があった。その関係でおじいさんは日本語が話せるんやと思う。
なるほど、世界史で習った事を実体験してるみたいや。
因みに、兄ちゃんはひらがなやったら読めるらしい。中国やねんし、漢字読めなあかんやろう!
日本が占領してた事が、何十年かたって今、僕らと兄ちゃんを結びつけてる。
なんか歴史ってすごいやん!
と思う。
「ほんまに美味しい。シシカバブー、美味いわぁ。なぁ北野」
多賀先輩は、歴史よりシシカバブーかいな。
僕は兄ちゃんの話に夢中やったんで、適当に頷く。でも美味しいっていうのんは僕も同じや。ほんまに美味しかった。
その後も、兄ちゃんは日本語で色々話してくれた。
名前は、
お父さんが北京でこの店を開いた。今は長男の朴くんがこの店を任されてて、お父さんは、おじいさんの店を継ぐために実家の吉林省に帰ったそうや。
「ごちそうさま、おいしかったわ」
「ありがとうございます」
「ほな、帰りますわ」
「また来て下さい」
日本語、ほんまに上手や。僕は、ビザの申請のついでに明日も食べに来ようと思う。
「明日もまた食べに来ます」
「明日も来てくれるんですか。嬉しいです。待っています」
朴くんは、笑顔で見送ってくれた。
「美味かったですね」
「せやなー、明日も行こか」
「そうですね。またあの女の子に会えるかな?」
「お前、気に入ってるなぁ」
「いやー、あんな可愛い子は滅多に
ジュル。思わず噛んでしもて、ヨダレが
地下鉄に乗り、旅館まで戻って来る。うろうろしてたんで、旅館に着いたんは6時を回ってた。
溜まってる洗濯物を洗い、シャワーを浴びる。今日はお湯やったわ。
晩御飯は、旅館の近くに出てた屋台で
部屋へ戻り、窓を開けたけど風は吹いてない。北京は夜になっても、やっぱり暑い。空を見上げるけど、曇ってるんか星は全く見えんかった。
今日もいっぱい歩いたんで、早く寝る事にする。
またあの子に会えへんかなぁと思いながら、ニヤニヤしながら寝た。
つづく
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