17帖 ネクストミッション
『今は昔、広く
5月19日、日曜日。
暑くて目が醒める。
寝返ると、筋肉痛で身体が痛い。
横を見ると、多賀先輩はまだ寝てる。
昨日は夜に着いたんで景色は見て無かったさかい、起き上がって窓から外を眺める。
旅館の周りには植林された人工林があって、その向こうに長屋のような民家が幾つか並んでる。工場や病院などもある。それ以外は農地か空き地の様な感じや。別に景色がええわけでも無かった。
既に陽は登り、気温も大分上がってきてる。
時計を見ると時間は朝の9時を回ってるさかいに僕は急いで多賀先輩を起こす。
僕らの今日のミッションは、パキスタン大使館を探すこと。
なんでパキスタン大使館を探すかと言うと、中国の次はパキスタンに行く予定やし、そのパキスタンに入るにはビザが必要やから。
そのビザは、ここ北京にあるパキスタン大使館で発行してもらえる。そのためにわざわざ北京に僕らは来たんや。
今日は日曜日で大使館は休みやけど、場所だけ確認しておいて明日の月曜日に申請に行こうと考えてた。
そやのにもう9時を過ぎてる。多賀先輩が起きてきたんで、黑龙江省の超さん姜さんが昨日買うてくれたパンを朝御飯として食べる。
折角買うて来てくれたもんやのに失礼とは思いながらも感想を言うと、中国のパンはパサパサして食べ辛かったわ。
「多賀先輩、今日の行動計画はどないしますか?」
「せやな、パキスタン大使館が何処にあるか分からんし、まず日本大使館を探そうか」
「そうですね。大使館って多分同じような所にあると思うし、傍にあるかも知れませんしね」
「そしたら、取り敢えず……どうしたらええねん?」
おい! しっかりしてくれよ多賀先輩。
そんな事もあろうかと、そしてもしもの時の為に日本大使館のおよその位置は調べておいた。
「地下鉄で
「そっか、分かった。ほな行こか」
身支度をし、カメラ持って部屋を出る。
超さん姜さんの部屋へ挨拶に行ったけど、既に出かけた後やった。
そらそうやな。もうこんな時間やし。
僕らは旅館を出て駅まで歩き、
地上に出ると、今日の空気は乾燥してたけど、太陽の光がきつくて暑い。
とりあえず
公園の名前に「日本」の「日」という文字があったんで、
「もしかしたら日本大使館があるかな?」
という希望的観測からの行動。ほんまに適当ですわ。
しばらくすると「捷克大使馆」があった。
「これなんて読むんですかね。どこの大使館や?」
「なんとかコク大使館……。読めるかこんなもん」
「うーん、ショウコク大使館? そんな国ありましたっけ」
「俺は知らん」
「ショコ、ク……、あっチェコ。チェコ大使館?」
「よー考えたら、正解かどうかも分からんがな」
今日は日曜日やからか国旗は掲揚されてない。まぁ国旗を見てもどこの国か分からんけどね。
「ですよねー。でもパキスタンや無いと思いますわ」
「北野、中国語の世界地図は持ってへんのか?」
「それは、流石に……」
ほんま中国語は難しいなぁ。
更に進んで行くと、今度は「波兰大使馆」がある。そやし「ハ」もしくは「パ」のつく国はどこやろて考えた。
ハンガリー、パラオ、パプアニューギニア……。
パキスタンや無いわなぁ。漢字二文字やったら短すぎる。なかなか当てはまりそうな国が思いつかへん。大体「兰」という漢字が読めんわ。
考えながら道路の反対側を見たら、なんと日本大使館があった。
「多賀先輩、日本大使館ありましたで」
「ほんまや」
予想的中や。こういう地理感ってのは僕の特技かも。
「まぁ別に用事は無いからな。とりあえずこの辺を中心に探そか」
「そうっすね、そやけどここはどこの大使館やろか?」
「パキスタンではなさそうやけどなぁ……。あっ、ポーランドって書いたるぞ」
よく見ると、門のとこのプレートに「Embassy of the Republic of Poland in China」って書いたる。
「なるほど、こういうプレート探したらどこの国か分かりますね」
そういう知恵を身に着けた僕らは、日本大使館周辺を隅々まで探しまくる。
泰王国大使馆、美国大使馆、希腊大使馆、巴西大使馆、哥伦比亚大使馆、越南社会主义共和国大使馆、埃及大使馆、罗马尼亚大使馆、保加利亚大使馆、爱尔兰大使馆、蒙古大使馆、斯里兰卡大使馆、新加坡驻华大使馆、奥地利大使馆、英国大使馆。
色々見つけたけど、パキスタン大使館は見つからへん。
なんやこのダンジョンは?
ただ、入口のプレートが無い国や、英語で国名が書いたらへん大使館は、結局どこの国か分かん。ただパキスタンやない事は何となく感じた。
かれこれ2時間ぐらいウロウロしてたんやけど、やっぱ無い。
そやしその辺を
「すいません、パキスタン大使館を探してるんですが」
「パキスタン大使館? えーと、この地図で言うと……、この辺にあるよ」
と言うて地図に印を書いてくれる。そやけど、その印があるとこは既に歩き回ったはずや。
まぁもしかしたら見落としてるかも知れんさかい、もう一度行ってみたけど……、やっぱり無かった。
太陽はギンギンに照ってきて、更に暑なってきた。今日は日曜日でどこの大使館も休みやから、人通りも少ない。
僕ら二人だけ?
そして途方に暮れてた。
「俺らがこうやって大使館の周りをうろうろ歩いてたら、スパイと間違えられへんかな?」
何を言うかと思えば……。
「それは無いと思いますよ。大体、スパイとかやったら、こんな真っ昼間にウロウロせんでしょう」
「でもさっきの公安はちょっと怪しんどったでぇ」
「せやけどスパイやったら警察に道を聞かへんし。顔とか足取りがバレますやん。そもそも警察に道聞くスパイなんか聞いたこと無いわ」
「それもそうやなぁ」
「それに僕を見て下さい。スパイに見えますか?」
ヨレヨレのTシャツにジーパン姿の僕。
「絶対にないわな」
そんな事はどうでもええし、これからの事考えて下さい!
と言いたい。
取り敢えずもっかい公安に聞いてみよか?
そや、これはRPGの鉄則や。別の情報が得られるかも知れんしな。
と、今度はイギリス大使館の前にいる警備員のおっちゃんに聞いてみる。
「パキスタン大使館を探してるんですけど、何処か知りませんか?」
「パキスタン大使館か。知ってる知ってる。この辺には無いよ」
おっ、ちょっと期待できるかも?
「どこにあるんですか」
と、地図を見せる。
「えーと……。そうだ! この辺この辺」
なんと! おっちゃんが示した場所はここからかなり離れた所やった。
「このおっちゃんもまた適当なこと言うてるんちゃうか?」
「どうですかね。ほんまは知らんのに知ってるふりして適当なこと言う奴が居るって聞いた事はありますわ」
「まぁじっとしててもしゃぁないし、いっぺん行ってみるか」
「そやけどかなり遠いですよ」
「うーん、でもこのおっちゃんに賭けてみるしかないやろ」
「ほんなら、どうやって行ったらええか聞いてみますわ」
まだまだ時間あるし、動くしか無いよなぁ。
「おっちゃん、ここへどうやって行ったらええの?」
「えーとね、そこから
と地図を差してくれた。
「三里屯ですね。分かりました、ありがとうございました」
「ところで君たちはどこから来たんや」
「日本から来ました」
「日本か。じゃあ気を付けてな」
えらい陽気なおっちゃんやった。NPCにしては凝ってるな。
いやいや、生きてる人間やし。
そやけど余りにも軽い感じやったし、ちょっと不安。それでも僕らはバスに乗って、その「三里屯」のバス停まで行ってみる事に。
バスに乗って数分で「三里屯」のバス停に着く。なるほど、こんなとこにもありましたわ大使館。韓国大使馆に、印度尼西亚大使馆。あのおっちゃんを信じて正解やったわ。
それからまた大使館めぐり。見落とさんように行かんとね。
澳大利亚大使馆、加拿大大使馆、德意志联邦共和国大使馆、西班牙大使馆、柬埔寨大使馆、匈牙利共和国大使馆、印度尼西亚大使馆、瑞典大使馆と順番に回って、漸く最後に見つけましたわパキスタン大使館!
ほんまどこの国やねんってのがいっぱいあったけど、やりましたでー。
ミッション イン ポッシブル!
「ありましたね
白と緑に、月と星というデザイン。
「パキスタンってこんな漢字書くんか。よう考えたな」
「ほんまですね。国名クイズできますよね」
「よっしゃー。そしたら帰ろうか」
「ええ? もう帰るんですか」
「しゃーないやろ、今日はやってへんねんから。なんもすること無いがな」
「まぁそーですわなぁ。ほんなら帰りに何か食べて帰りましょうよ。もう昼回ってますよ」
時計を見ると2時を過ぎてた。およそ4時間も大使館を探して歩いてた事になる。なんか昨日の夕方から歩いてばっかりでしんどい。
「ここから西の方へ行ったら
「よっしゃ、ほんなら途中に食いもんの店があったらそこで昼飯を食べよか」
大使館街に因んで、国名しりとりをしながら歩くことになる。ほんで、最初に見つけた食堂がゴールということで、負けた方が昼飯を奢る事になった。
また阿呆なルールを作って楽しんではります、この多賀先輩は……。
つづく
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