13帖 情熱天津飯

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 どれくらい寝たやろか。目が覚めると横に多賀先輩が座ってた。

 気付かへんかったという事は、荷物を盗られても分からんという事やね。危ないね、気ぃつけなあかんな。


 多賀先輩は何してんのかなぁとのぞき込んでみると……、


 なんと!


 また揚げパンを食べてる。僕は呆れて聞いてみる。


「何食べてますのん」

「揚げパンや。せやけどなぁ、さっきのとは違うで。これは美味いわ。食べてみ」


 それは僕が買ってきたのとは違って二重螺旋らせん構造になってる。

 貰って食べてみると、さっきの揚げパンと違ごて甘くてサクサクしてる。


「美味いですね」

「そやろ」


 一気に食べてしもた。


「ごちそう様でした。ほんで、これからどないします?」

「そやな…………、寝よか」

「また寝るんすか」

「せやかて他にする事なんか無いがな」

「まあ、そうですけど」


 時計を見たら、11時前やった。ちなみに日付は、5月18日の土曜日。なんや曜日感覚がのうなってきたわ。今日は土曜日やったんや。


「駅行くまで、まだ2時間ぐらいありますよ」

「そやな、ほんなら……しりとりでもしよか」

「こんな事で2時間もようしませんで……」



 山に行った時、よくしりとりをする。

 黙って登ってると段々しんどくなるし、かと言うて一人がずっとしゃべっるのもしんどいし、それをずっと聞いてるのも辛い。

 しりとりやったら全員が順番に喋るから一人当たりの負担が少なて済む。

 それにもし次の人が言わんかったら、コースから逸れたとか、谷底へ滑落したとか、意識が朦朧もうろうとしてたり体調が悪くなったとか、勝手に休憩しとるとか、何か悪事を企ててるとかが分かる。安全確保の意味でも、しりとりをする事がよくあった。


 ただ下山時は特別ルールを作ったりする。例えば登山口のバス停とかにゴールを設定し、ゴールした時に順番が回ってきて言われへんかった人は全員にビールをおごると言う過酷なルールや。僕は実際に負けて多賀先輩におごらされた事がある。

 そやし2時間位ならしりとりをするのは何ってことはないけど、こんな街中ではあんまやりたくない。



「まあええがな、やろやろ」

「えー、やるんすか?」

「おう、そしたら俺から言うわ。えーと――天津の『ん』!」

「一瞬で終わりましたやん」

「そやなぁ」


 多賀先輩はアホやと思た。でも面白い人やとも思う。



 また山の話になるが、以前一緒に登ったときもこんなテンションで面白いことを言うて、みんなを笑わせてた。

 おもろいのはええねんけど、山頂付近や急な登坂の時は困る。酸素が薄く息が上がった状態で笑わされると、呼吸困難になるぐらい辛かった。

 ホンマに迷惑な人ですわ。



「そうや。ほんまに天津には天津飯が無いんか捜索しません?」

「そやな、それおもろそうやな」

「ほな、行きましょか」

「よし、行こ行こ」


 そう言うたけど、多賀先輩は全く動く気配がない。

 僕も立つ気はなかったので立たへん。

 こう言う時は大抵すんなりと行動せえへん様な気がしてたし、なんとなく予想はついてた


「ほな行きましょか」


 もっぺん誘ってみる。


「おー行こ行こ」


 やっぱり動かんと言うだけや。予想は的中。

 そんなやり取りを何回も何回もやる。


 いつまで続くんやろう、面倒くさいなぁ……。


 と思てたら、そろそろ飽きてきたんか多賀先輩は荷物をまとめだす。


「ほな行くで」


 とリュックを背負う。


 よし! 僕の粘り勝ちや。


 僕もリュックを背負ってカメラバッグを持った。


「あ、ちょ、ちょっと待って。トイレ行ってくるわ」


 と言い、リュックを下ろして公衆便所に駆け込んで行く。


 やられたぁー、その手があったかー。くそー、負けたわ。


 ほんまに面倒くさい人です。


 しばらくしてスッキリした顔で戻ってきて、今度はほんまに歩き出した。


 公園を出て、北の方に歩いて行くと食堂がある。

 店に入ると店員が寄ってきたんで、僕は中国語で話してみる。


有天津飯吗ヨウティェンジンハンマー(天津飯はありますか)?」


 返事は無い。言葉が通じてないんか、そもそも天津飯が無いんか分らんけど店員は困った顔をしてる。

 僕は、メモ帳に天津飯の絵を書く。ご飯があって、ニワトリの卵が載ってて、甘酢がかかってあると解説付きで書いて見せた。


 店員は僕のメモ帳を持って奥に入って行く。料理人に聞きに行った様や。

 しばらくすると店員は戻ってくる。


「没有(ないよ)」


 と言うた。ないんかいな。


 一軒目はダメやった。諦めて店を出て暫く歩くき、角を曲がると二軒目の食堂を見つける。早速、店に入って聞く。


 しかし、やっぱり答えは「没有」やった。

 なんかRPGをやってるみたいに思えてくる。


『ソコニ テンシンハンハ ナカッタ』

『ユウシャハ アキラメテ ソトニデタ』


「多賀先輩、やっぱり天津飯は無いんと違いますか」

「せやなー。もう一軒行ってみよ。次、無かったら無いわ」

「でも、なんか無性に天津飯が食べたなってきましたわ」

「そやな、俺も食べたいわ」

「ほんなら、次に期待しましょ」

「ほんでなー、もし無かったら特別に作ってもろたらどうやろ」

「いいっすね、それ。この絵、見せて作ってもらいましょか」


 なんとか食べられそうな目途めどがたってきた。

 少し行くとまた食堂があったんで入って聞いてみると店員は、


「自分では分からんからシェフに聞いてみるわ」


 と言うて、僕のメモ帳を持って厨房に行く。

 待ってたけど、なかなか帰って来んかったんで不安になる。


 店は開店前らしく、客は誰も居らん。

 暫くすると店員は、白い帽子を被ったちょっと強面こわもてのシェフを連れて戻ってくる。

 ほんで僕のメモ帳を指差してシェフは、


「こんな料理は見たことない。でもいっぺん作ってみるわ」


 と言うて奥に戻って行く。作戦成功や。

 

 テーブルに座って待ってると、いい匂いがしてきた。

 ほんでシェフが作ったもんを持って来てくれる。


「こんなん作ったけど、どうや?」


 とテーブルに皿を置いた。

 シェフは真剣な眼差まなざしで見てる。


 見た目は日本で食べてた天津飯よりも具材も多くちょっと豪華な見栄みばえや。

 食べてみたら、味は日本の天津飯とは全くの別もん。

 ほんでもこっちの方が美味しい!


好好ハオハオ!」


 と言うと、シェフもつまんでくる。


「うん、まあまあいける」


 と満足気な顔をしてる。また奥に戻ってもう一つ作って持ってきてくれた。

 僕らはそれを美味しく頂いた。


 食べ終わって僕は店員になんぼか聞いたけど、店員は困ったような顔をして、またシェフを呼びに行った。

 出てきたシェフは、


「お金はいらんよ。でもこの料理は美味しかったから、もう少し改良を加えて店で出してみるわ。それで、この料理の名前は何て言うんや」


 みたいなことを言うてきた感じやったんで僕は日本語で、


「テ、ン、シ、ン、ハ、ン」


 と答えた。


「おお、テンシンハンだな。わかった。もっと美味しくしてみるし、よかったらまた食べに来てくれ」


 という様なことを言うてくれた。多分来れへんけど。


谢谢シィエシィエ


 と言うて店を出た。


「多賀先輩。あの天津飯もどき、結構美味しかったですね。作戦成功ですよ」

「そーやな。俺らの知恵と天津飯を食べたいという情熱の勝利や」

「まぁそれはよう分からんけど、そういう事にしときますわ」

「それと多分、あれ店で出すつもりとちゃうか」

「そんな感じでしたね」

「ほんであれが評判になって、客がたくさん来たら俺らのおかげやで」

「どうします、中国で天津飯が流行ったら。しかもここは天津やし」

「流行ったら儲かるなぁ。アイデア料、貰いに行こか」

「まあ言うたらラーメンも日本の方が美味しいし、中国で日本のラーメン屋やったら結構流行るかもしれませんで」

「それええなぁ。ラーメン黒部の大将に言うて修行しよかな。ほんで中国に店出して儲けたるねん」



 ラーメン黒部とは、僕らの大学の近くにあるラーメン屋で、富山県出身の大将がやってた。

 そこのアルバイトは、代々我ワンゲル部の部員が受け継いでいて、多賀先輩や僕もそこでのバイト経験がある。

 昔は学生か近所のおっさんしか食べに来んかったんで、ホンマに暇やった。ラーメンがまずい訳やない。めっちゃ美味しかった。京都で三番目にうまいと大将は自慢してた。僕は一番やと思てたけど。

 ほんで、たまにめっちゃくちゃ暇な日があると、いろんな料理の作り方を大将が教えてくれた事があった。ほんまにここで修行したいと言う人も見たこともある。

 蛇足やけど、ある時テレビで紹介されて、今は行列ができる店になってしもた。



「金儲けの事ばっかり考えてますやん」

「そや俺は世界を股間こかんにかけて金儲けしようと考えてるねんで」

「それ『股にかけて』ですよね」


 真剣に考えてるんか、冗談で言うてるんか、多賀先輩はよう分らん人です。

 そんな事を話しながら駅の方に向かって歩いて行く。時計を見ると、13時をとっくに回ってた。急いで改札を通ってホームに出る。


 既に列車は入線してて、人民が今まさに乗り込もうとしてる時やった。

 僕らも急いで列に並ぶ。


 例のごとく、ドアが開いた瞬間に人民は一斉に押し寄せる。混んではいたけど、上海それ程では無かった。


 四人掛けのボックス席が二人分空いてたんで座らして貰ろた。

 荷物を置いて落ち着いたら、すぐに列車は動き出しす。


 危うく乗り遅れるところやった。



 つづく

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