11帖 後ろ姿
『今は昔、広く
列車はおよそ1時間毎に途中の駅に停車する。
止まるたんびに目が覚めたけど、そこがどこの駅かも気にせずにまた寝る。目的地の天津は終点やから安心や。
5月18日、土曜日。6時35分、列車は
僕はぱっちりと目が覚める。あと1時間少々で天津や。
多賀先輩は既に起きてて、本を読んでる。
「おはようございます」
「おはようさん」
「いつから起きてはったんですか」
「1時間ぐらい前やったかなぁ」
「もうちょっとで天津に着きますね」
「そっか」
「雨止んだんですかね」
「俺が起きた時は降ってへんかったわ」
夜の雨は止んだみたいや。美穂はまだ寝てるやろか。元気にしてるやろうか。別れてまだ1日も経ってへんのに気になって仕方がない。寝ても覚めても美穂の事を考えてしまう。
公安のおっちゃんと隣のおじさんが座席の下から起きてくる。
「
車窓からは、延々と続く畑や田んぼの風景が見える。川を渡ると急に住宅が増えだし、そして列車は街の中へ入っていく。
出勤途中やろか、人民が線路脇の道を自転車で走ってる。こっちを見たんで手を振ってみたら、振り返してくれた。
7時15分、列車は
隣のおじさんは、
「
と言うて列車を降りていく。他にも数人、列車を降りる人民が居った。
車内が少しすいてきて列車の旅も終わりに近付いてきた事を感じさせる。なんや寂しくなってきた。
7時30分、
別れ際、おっちゃんは、
「
と言うて握手をしてくる。僕も、
「再见。おっちゃん、昨日の夜はありがとう。
と言うて両手でしっかり握り返した。
出会いがあれば別れもある。たった一晩、一緒に過ごしただけやけど、それでも別れは寂しいもんや。
ホームを歩いていくおっちゃんにいつまでも手を振って別れを惜しんだ。
席が空いたんで多賀先輩は荷物を持ってこっちへ移動してくる。
「ペン、 アンド、ペーパー」
と言うてきたんでメモ帳とボールペンを渡すと、早速書き始める。
天津で降りた後はどうするんかと聞いてくるんで、僕らは北京に行きたいので切符を買うて乗り換えると伝える。
そしたら張君は、駅でお父さんに頼んでみるんでついてくるようにと言うた 。いや、書いた。
一瞬、上海のマフィアの事が頭をよぎったけど、僕らは張君に着いて行くと伝えると、張君は嬉しそうにしてる。
僕は日本語で、
「おおきに」
と言うたら、張君も日本語で、
「おーきに」
と言う。イントネーションが違うのでもう1回、
「おおきに」
と言うたら、張君はちゃんとした関西弁で言うた。
「それでいいよ」
と伝えると、張君は喜んで何回も言うてる。日本語を覚えられたんが嬉しそうやったわ。
列車は7時42分ぴったりに天津に着く。僕らは、張君に導かれて改札を出る。
改札の外には、張君のお父さんが立ってる。張君は駆け寄り、上海の報告等を話してる様子。
そして今度は僕らの方を見て、上海で起こったことや、これから北京へ行くという事を伝えてるみたい。
お父さんと張君は、こっちにやってきて挨拶をしてきた。
僕らも、
「
と言う。そしたらお父さんは、
「上海では中国人が大変失礼なことをした。申し訳ない」
みたいな事を言うて頭を下げてくる。ここでもまた謝られてしもた。ほんでついて来る様にと手招きをする。
ついて行くとそこは切符売り場やった。お父さんは窓口のおばちゃんに何かを伝えて切符を買うてる。ほんでそれを僕らに渡してくれた。それは北京行きの切符。
僕は、
「
と聞くと、お父さんは、
「中国人が迷惑を掛けたので、これはお詫びです。持っていって行ってください。お金は要りません」
という様な事を言うてる。それでもお金を渡そうとしたら、いらないという素振りをされる。
しかたがないんで、
「
と言うて切符をありがたく頂く。二人とも嬉しそうな顔をしてた。
その後、張君は、
「そろそろ僕らは家に帰ります。再见」
と言うてお父さんと歩き出す。
僕らも、
「再见」
と言うて手を振った。
そしたら今度は、
「おおきに」
と言うてくる。
僕らも、
「おおきに」
と大きな声で言う。張君は嬉しそうやった。
更に僕は、
「さいなら」
と日本語で言うと、張君も、
「さいなら」
と言うて手を振ってくれた。
上海のマフィアとは全く関係ないのに、見も知らずの日本人に切符を買うてくれるなんてホンマにいい人達やと思た。
感謝の気持ちを込めて、見えん様になるまで後ろ姿を見送った。
つづく
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