上海→天津
9帖 全人民代表!
『今は昔、広く
美穂を見失った僕は、諦めて電車の方へとホームの奥へ進む。
目指すは10時25分発天津行き、
ホームには発車標の様なもんは無く、どこへ行ったらその電車に乗れるか分らへん。それに人と荷物がめっちゃ多いさかい歩くこと自体がひと苦労や。
あっちゃこっちゃ探し回り、やっと見つけたホームに電車は既に入線してたけど、ドアは閉まっててまだ車内には入れへん。
よく見ると、中国の伝統的国鉄色である深緑に黄色の線が入った列車は、広い中国ではまだ電化されてない所があるんやろう、「電車」やのうてディーゼル機関車が牽引する「客車列車」やった。
僕らの切符には、普通車を意味する「
列車は、仮に1両が25メートルとすると、機関車も入れて1編成が500メートルにも及ぶ長さや。歩くだけで疲れたんで、取り敢えず「硬座」と書いてある一番近い12号車に乗ることにする。
列に並ぼうと思たけど、誰が先頭でどういう風に並んでるかは全く分からへん。それぐらい人がごった返してる。兎に角ここが最後尾やと思う所へ並ぶ。
発車20分程前にドアが開く。
入り口に人がどっと押し寄せ、一気になだれ込む。列も順番もあったあもんやない。並んでた意味は無かったわ。
僕らも頑張って乗り込む。座席は4人掛けと6人掛けのボックス席で、既にほとんどが人民と荷物で埋まってたさかい、どこでもええし空いてる所を探して座る。
その結果、僕と多賀先輩は背中合わせのボックス席に分かれて座った。
人民は皆、たくさんの荷物を持ってたんで、車内の網棚や座席はおろか通路まで人と荷物でいっぱいになる。戦中戦後の日本の列車の写真を見てる様やった。
座席は確保出来たけど、ほんまにこの列車でええのんか心配になってくる。
そやし隣の人に切符を見せ、
「この列車はホンマに天津に行くのか?」
とジェスチャーで聞いてみる。
定刻を5分ほど過ぎた時、アナウンスや発車ベルなど全く無く、列車は突如静かに動き出す。
列車はゆっくり走ってる。もっと速くなるのかと思てたら、いつまで経ってもゆっくりのままやった。中国の列車ってこんなに遅いのかな?
僕は車窓から上海の街並みを眺めてみる。全体的に
いつも思うけどひと昔前の日本の様や。初めて来て初めて見たのに、幼少の頃を思い出して懐かしく思える。
暫くすると人民たちは
すると斜め向かいに座っていたおじさんが、「これあげるわ」みたいな感じで
これ食べたら、「またぼったくられるんとちゃうやろか!」と思たんで、首を振る。
そしたら次は、左隣のおじさんが干した果物を食べへんかと差し出してくる。やっぱりいらんと首を振った。
そんなんしてると、向かいに座ってるおっちゃんが、「
大丈夫かなぁ。またぼったくられへんやろか?
心配もあったけど、折角やし食べる事にする。
落花生は塩味も何もせえへん。果物は
多賀先輩の方を見ると、やっぱり何か貰って食べてる。
「多賀先輩、またぼったくられるんちゃいますか」
冗談で言うてみる。
「多分大丈夫なんちゃう。こんな列車の中で悪い事はでけへんで」
僕もそう思ったけど、まだ信用はしてへん。
列車が進むにつれ、斜め向かいのおっちゃんは更にいろんな食べ物を出してくる。ほんで、これ食べあれ食べとどんどん
それでも何とか説明しようと思て英語で話し始めたら、「英語は分らん」みたいな事を言われる。
困ったなーと思て多賀先輩の方を見たら、そっちのボックス席の人民らとノートに漢字を書いて筆談をしてやないか。なるほど、それはええ方法やと思て僕もメモ帳を出し、漢字で単語を書いて説明をする。
上海で陳にぼったくられた事書く。おじさんは、「そいつは『悪人』や」って書いた後、「ここにはそんな奴はおらへんから遠慮せんと食べたらええで」みたいな事を言うてた。
なんでそんなことが言えるんやと不思議に思てたら、そのおじさんはノートに、
「
と書く。このおっちゃんは、日本で言うたら警察の人やったんや。なるほどと思た。それでやっと安心できた。
緊張が解れてきたんし、筆談でどんどん話しをする。
すると隣向かいのボックス席からその様子を見てた中学生ぐらいの丸刈り少年が、僕ら外国人が珍しいのか、席を立ってこっちを覗いてる。
僕は、「陳たちにこの40元の切符を100元で買わされた」という話をしてみる。正確には話をしたんでは無く、漢字で単語を書いてジェスチャーで説明をしたんやけどね。
それが通じたんか公安のおっちゃんは、「それは悪いことをした。中国人と日本人は友達やのに、大変な迷惑を掛けた」みたいな事を書き、そして「そいつの代わりに謝ります」と、頭を下げてくれる。
つまり公安のおっちゃんは、全人民を代表して日本人の僕に謝ってくれた感じ。何でか知らんけど、こっちへ覗きに来てた中学生も「人民代表」で謝ってくれた。
中国に来てからというもの、悪い奴らとばっかり関わってしもたから、
「中国人はみんな悪い人や」
とか、
「絶対になんか企んでる」
と思込んでいたんかも知れん。そやけど、こんなええ人も居るんやと分かって嬉しくなった。
すると傍に来てた中学生が、「あなたは『泰人』ですか」と筆談で聞いてくる。
泰人?
どう読むかも、なんの人もか分らん。高校の時の連れに「立花
周りの人民がいろいろ説明してくれるけど、さっぱり分からん。
そしたら公安のおっちゃんがノートにアジアの地図を書き、ほんで「ここや!」と指差す。おっちゃんが指し示した国は「タイ」やった。
泰人はタイ人のことか。
そこで僕は、
「
とちょっと得意げに憶えた中国語で言うてみる。
そやけど発音が悪かったんか、おっちゃん達には伝わらへん。何べん言うても無理やったし、諦めてノートに「我是日本人」と書く。
そしたら向かいのおっちゃんは笑いながら、
「それはないやろう、お前はタイ人やろ」
と言うてくる。
「いやいや。私は日本人だと」
と改めて言うとおっちゃんは、僕がタイ人にそっくりで日本人には見えへんとびっくりしてた。
まさかタイ人と間違えられるやなんて思てへんかったから僕もびっくりしたわ。
またそのおっちゃんは、日本人と喋ったんは生まれて初めてやと言うてる。
そんな話をしてたら、
ここが有名な蘇州か。
残念ながら車窓からはただの街の景色しか見えんかったし、10分ぐらいで発車してしまう。それでも日本と違ごてのんびりしてるなぁと思う。
それからも筆談でいろんなことを話してると、列車は次の駅
よくカラオケで歌った「無錫旅情」と言う曲が頭の中に流れてきた。
太湖や三山はどこにあるんやろ。
まったく見えへん。
列車は10分後の12時28分に発車し、暫くすると車内販売のおばちゃんがワゴンを押しながら近付いて来る。お弁当を3元で売ってたんで、僕も多賀先輩も買うて食べた。
白いご飯とおかずが発泡スチロールの器に入ってて、おかずは鶏肉と野菜の炒め物と焼き魚。味は美味しいとは言えんけど、まずくはない。ご飯は日本と違ごて少しパサついた感じや。
それを食べ終わり、車内の雰囲気にも慣れ緊張感もすっかり解れてきた頃、満腹感と共に睡魔が襲ってくる。ついウトウトと寝てしもてた。
僕は安心しきってたと思う。
つづく
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