5帖 美穂のチャイナドレス

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』


 3人で駅前広場へ戻る。今度は外国人専用入口に向かい、警備員にパスポートを見せて中へ。

 入った所は2階までの吹き抜けで、ホテルのエントランスみたいな造り。

 外のレトロな感じとは全然違ごてて、外国人に対する見栄なんやろなぁと思う。


 入口を入って左が待合室。正面に階段があり、どうやら2階はインフォメーションや切符売り場、レストランなどがあるようや。


 取り敢えず左の待合室に入る。

 他の旅行客は5人。欧米系の夫婦1組と、さっき入ってったバックパッカー、そしてアジア系のカップルが1組。

 ベンチはいっぱい空いてたけど、一番奥の窓際に3人で座った。


「はぁー、疲れたな」

「あー、なんもしとないなー。しばらく休憩や」

「この中、なんか暑ない。飲みもんを買うてきてあげるわ」

「ありがとう」


 美穂は待合室の奥の売店に向かって歩き出す。


「コーラはいらんしなー」


 足を伸ばし背伸びをする。やっとゆったりできる。

 そのまま何気なく外の風景を見てた。


「なぁなぁ、あれ陳さんとちゃう?」


 戻って来た美穂が見つける。横目で入口の方を見ると、ガラスの向こう側で陳が呼んでるみたいや。


「なんやあいつ、まだ居ったんか。面倒臭いしほっとこ」


 3人とも陳を無視する。

 目を合わせとないんで顔は正面のガラスに向けたままで、視界の片隅に陳の様子を捉えながら外をぼーと見る。

 美穂が買うてきてくれたミネラルウォーターを飲むと、よう冷えててうまかった。まるで生き返る様や。


 陳は、僕らが無視してるんで中に入って来ようとしてる。そやけど警備員に止められて入って来られんみたい。


 そっか、ここは一般人民は入って来られんのかぁ。それやったら安心やわ。


 陳は入口の警備員と、


「あの日本人は俺の友達だから、ここを通してくれ」

「いや、ここは外国人しか入れないからダメだ。向こうへ行け」

「そこを何とか入らせてくれ!」

「ダメだ!!」


 みたいなやり取りをしてる。

 諦めて帰るかと思てのに、陳は正面のガラスの向こうにやって来よった。なんか言うとったけど、聞こえんかった。


「あっち行け」


 と言うて多賀先輩は手を振る。今日の事で相当腹が立ってたんか顔は怒ってる。

 陳はしばらく居ったけど諦めたみたいで、なんか寂しそうな顔をして去って行く。

 僕は、「お疲れさん」と心の中で言うといた。


 陳が去って何分位経ったやろか。ウトウトしかけとったけど、ふとあの事を思い出して目が覚める。


「そや、美穂。あれ着てな」

「ああ、チャイナドレスね。そやね。どっかで着替えてくるわ」


 するとムクッと起き上がった多賀先輩は、


「美穂ちゃん、期待してるでー」


 と言うてニヤニヤしてる。


「もう多賀さん、そんなん言わんとってぇ。恥ずかしいわぁ」


 美穂は紙袋を持って2階へ行く。トイレは2階にあったなぁ。


「なぁ北野、楽しみやな。へへへ」

「多賀先輩。言うときますけど、手は出したらあきませんで」

「えぇ。ちょっとくらいやったらええやん」

「あきませんって!」


 ほんまに多賀先輩は、油断できんなぁ。


 そう思いながら、カメラバッグからカメラと広角レンズを取り出し、レンズを付け替える。広角レンズを使うとポートレートが綺麗に写せるからや。

 横を見ると、なんでか多賀先輩もカメラを出してる。


「ちょっとちょっと。何してますの?」

「ええやん、俺も記念に撮らせてや。減るもんでもないやろ」

「ほんなら1回千円でっせ」

「高いわ」

「そや、あれ、昼飯代。早よ払ろて下さい」

「わかってるって、後でな」


 ホンマかに分かってるんかぁ。払う気ないんとちゃうの、この人。


 そやけど楽しみやなぁ。さっきまでは、ジーパンにベージュのシャツを着て、薄ピンクのカーディガンを羽織ってた。


 どう変わるんやろなぁ。楽しみやなぁ。


 美穂の変わり様を想像して暫く待ってた。


「お待たせー」


 美穂が戻って来て、僕の前に立つ。


 おおーーーーーーーーーーっ!


 と、心の中で叫んどった。


「な、なかなか……似合てるで」


 すごい。めっちゃかわいい。予想以上や。萌え×3やな。


 チャイナドレス越しでも美穂のプロポーションがはっきりと判るぴったりサイズ。膝上ぎりぎりのちょっと短めの裾。僕の好みのド真ん中や。

 それになんと、黒髪ロングを丸めてお団子にしてる。


 完璧やっ!


 思わず、見惚れてしもた。まるで美少女格闘ゲームから出てきたみたい。

 美穂は着替えた服をベンチに置こうとして少ししゃがむ。

 その時やった。


 横のスリットからチラっと見えた。生足が、白い張りと艶のある太ももがぁぁぁ。


 ああー、どうしよー。どっへーーー。


 これぞチラリズムの王道! たまらんわー! 鼻血でそー。助けてー。神様、仏様、美穂様。南無阿弥陀仏ー。


 思考がぶっ飛んだ。

 チャイナドレスを考えた中国の人は偉いと思た。流石、四千年の歴史は伊達やないと感心する。

 ほんで――、生きててよかったと思た。


「み、美穂、めったええわ」


 思わず噛んでしもたがな。


「そう、よかった買うて。ええお土産できたわ」


 うんうん。まだ出発して3日目やけど、日本に帰るのが楽しみになって来たわ。


 今すぐ帰ろかなぁ。


 軟弱な僕です。でもそう思わせるくらい、素敵やった。


 美穂、お前は最高や。


 そう思て眺めてたら、突然フラッシュが光る。多賀先輩がシャッターを切ってた。


「あー、何してるんですか。ちょっと、ちょっと。僕が撮ります」


 僕は慌ててカメラを構える。

 へっへっへっと、多賀先輩は笑ろとった。


 くそー。俺の美穂やぞ。後で金払ろて貰うからなぁ。


 僕も負けずに写真を撮る。いろんなポーズを注文して撮影する。ファインダー越しに見るチャイナドレスの美穂も、やっぱりめっちゃ可愛かった。


 以前、美穂と京都のお寺や神社をデートした時、写真をいっぱい撮った。そん時は普通の私服や。そやけど今はチャイナドレス。そのギャップがええ感じで僕の脳を刺激してくる。


 たまらんなぁぁぁ。


 後ろ姿も艶やか。髪型をお団子にしてたから、うなじが見える様になってお色気倍増。しかも腰のくびれが、ぷりっと出たヒップを強調して、もうたまりませんわぁ。


 最高ーでーす!


 そんなこんなで、高宮美穂の上海臨時コスプレ撮影会になってしもた。

 どんどん欲が出てきて、駅の中では背景がちょっと物足りん様に感じてくる。そやし外へ行こうって美穂を誘ったけど、それは流石に恥ずかしいと言うことで、やっぱり待合室だけでの撮影になる。それでも満足やった。


 被写界深度をなるべく浅くして背景をぼかし、美穂が浮き出てくる様に撮る。美穂の可愛さがしっかり出るように構図を考えて撮りまくった。


 美穂が、


「一緒に撮ろ」


 って言うてきたんで多賀先輩にカメラを渡してツーショットを撮って貰う。


 撮影が終わってカメラを受け取ったら、多賀先輩は自分の顔に指を向けて何か言いたげな表情をしとった。当然無視してたんやけど美穂が気を使こて多賀先輩ともツーショット写真を撮ることになってしまう。


 そんな気を使わんでもええねんで、このおっさんには。


 その後あの欧米系バックパッカーの兄ちゃんに頼んで、スリーショットを撮って貰う。「ビューティフォー、ナンタラカンタラ」て言うて、そいつも自分のカメラで美穂の写真を撮っりよった。僕のガールフレンドやでって自慢したったわ。


 フイルム1本分くらい撮ったかな。もうええやろって事で、美穂はまた着替えに行く。


 僕はデジタルカメラを持ってへん。この当時はまだ高価で、学生の僕には買えへんかった。フィルムで撮って現像して印画紙に焼き付ける方式の、ひと昔前のカメラしか持ってへん。

 そやから今すぐ見ることはできへん。残念です。実に残念です。


 時刻は5時半を回ってた。



 つづく

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