4帖 拳銃と切符

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』


 結局、车票チゥーピィアォ(切符)は買えんかった。


「あかんかったわ。無いて」

「やっぱり無かったんやぁ」

「多賀先輩、どないします?」

「そうやなぁ……」

「外国人窓口で買いますか?」

「それもしゃくに障るしなぁ」

「外国人の所でも、買えません。マフィアさんの所に行きましょう」

「大丈夫かいな。殺されたりせえへんかぁ」

「大丈夫、大丈夫。行きましょう」


 それで切符が買えるんやったらええかなぁと思ってくる。もっと別の方法があったらええんやけど、思いつかんわ。


 お昼の2時を回ったとこで気温もだいぶん上がってきて、疲れも少し出てきた。


 あれ?


 多賀先輩と美穂は、陳と一緒に歩き始めとる。僕はすぐに追いかける。


「えっ、行くんですか?」

「まぁ、しゃぁないわなあ」


 やっぱ行くんや。また吹っ掛けられるで。


 そやけど危な無いやろか? 上海マフィアって世界的に暗躍してたんとちゃうかったかな。

 それやったら美穂は外で待たせておいた方がええな。でも一人やと逆に危険かな?


 などと考えてる間に、駅向かいの喫茶店に着く。


 なんや近いがな。


 陳は中に入る様に手招きしてる。


「多賀先輩、入ります?」

「よっしゃ、入ろか」


 ちょっと真剣な顔になってる。もとい、真剣な黒い顔や。


「暑いけど、美穂は外で待っとくか?」

「うーん、どうしよかなぁ……。そや、そこのデパートでも見てくるわ」

「そやな、それやったら心配ないわ。切符が手に入ったらそっち行くわ」

「うん、そしたら頑張ってね。危ないことしたらあかんで」

「わかってる。そや、もし1時間しても出てけえへんかったら警察行ってくれるか」


 冗談のつもりで言う。


「うん、わかった。1時間後に警察やね。ほな後でね」

「おう、美穂も気ぃ付けてな」


 大丈夫かな。ちゃんと伝わったやろか。


 美穂は、デパートへ向かって歩きだす。後ろ姿もかわいいなぁと思って見惚れとった。身長160センチくらいのスラっとした容姿で、長い黒髪とヒップをゆらゆらさせてゆっくりと歩いてる。

 美穂がデパートと言うてた「百货商场バイホウシャンチャン」と言う建物に入って行くのを見届ける。

 入り際にこっちを振り返り、にこっと笑って手を振ってくれた。


 萌えー。


 僕は親指を立ててOKサインを出しといた。


 喫茶店に入ると急な階段を登らされて2階へと案内される。階段を登るときに、1階をチラっと覗いたけど普通の喫茶店やった。お客は4、5人ってとこかな。


 2階は客席やのうて、倉庫兼店員の休憩室みたいな感じで、机と椅子が5つ置いてある。

 陳以外に2人おって、一人は喫茶店の店員風の若い男。もう一人は黒いシャツを着たちょっとやばめのおっさん。椅子に座ってこっちをじっと見とる。喋りはせえへん。


 壁には服やエプロンが掛けてある。

 その下にソファーがあって、横には飲み物が入ったケースや段ボール箱、銀色の一斗いっと缶が積んである。

 部屋の隅には大きな冷蔵庫が置いあって、その奥にドアが見える。もうひとつ部屋がありそうや。そこにマフィアのボスがおるんやろうか?


 今のところナイフや剣、銃などは見つからへんかったんで、ちょっとだけ安心する。

 陳に椅子に座れと言われたけど、いつでも逃げられるように階段に近い方の椅子に座る。


「今から、マフィアさんにお願いしてきます。少し待ってください」


 そう言うて陳は、奥の部屋に入って行く。

 初めから居った2人は何も喋ってこんかったんで、多賀先輩と話す。


「どうなるんですかねえ」

「うーん、大丈夫やろ」

「あっそうや。さっきの昼飯代、半分払ろて下さいね」

「あれ、払ろてへんかったけ?」

「何とぼけてるんですか、まだですわ」

「おかしいな、払ろたと思てたんやけど……」

「まだですわ」


 食い気味に言い返す。言わんかったら払わんつもりやったんとちゃうやろか。この人、陳よりたち悪いで。


「わかったわかった、後で払うわ」

「絶対でっせ。忘れたらあきませんよ」

「大丈夫や。こう見えてもなぁ、貸した金は忘れんが、借りた金は忘れる性格や」

「あかんやんそれ」


 まぁ冗談やと思うけど、一応メモ帳に書いとこ。

 旅の出来事などを書き留める為のメモ帳を出して「多賀5千円貸し」と書いた。


 それから10分くらいかな、多賀先輩としょうもない事を話してた。そしたら陳が奥の部屋から出てきてそのまま階段を下りて行く。ほんで直ぐに戻って来る。


「暑いから、これ飲んで下さい。そして、もうすぐ切符が来ます」


 と言うてコーラの350ml缶を手渡し、また急いで階段を下りて行く。どうやら今度は外に出て行った感じや。


 あいつ、逃げたんとちゃうやろな。


 昼飯の時以来、何も飲んでへんかったし、喉がカラカラや。ちょっとぬるいけどコーラを飲む。


 缶は日本と同じ赤いデザイン。漢字で「可口可乐クウコウクウラ」って書いてある。なるほどなーって感心しながら飲んだ。


 ええっ!?


 ぬるいコーラって飲んだことあります? 冷たいコーラは飲んだらさわやかやけど、ぬるいとやたらと甘く感じる。それに、日本のとは味が少し違って、ちょっと苦い様な気がする。


 薬やでこれは!


 余計にのどかわいてきたわ。


「多賀先輩、このコーラっていくらするんでしょうね」

「そやな、日本で100円やから、2元か。ほんで、ぼったくられて10元くらいとちゃうか」

「そうですよね。めっちゃ高いんやけど、まずうて飲めへんは」

「そうかぁ。俺はおいしいぞ」


 やっぱ多賀先輩、あんたはすごい。こんなまずいもん、よう飲むわ。


 それから、会話が無くなって時間だけが過ぎていく。


 暑なってきて、喉が渇く。コーラを一口飲む。まずくて甘苦い。更に喉が渇く。またコーラを一口飲む。より一層、喉が苦しくなる。


 これの繰り返しで、30分くらい時間が過ぎた。

 僕は、


『あいつ、逃げたんとちゃうやろか。それか、ダフ屋から切符買うて、そんでもって更に自分らの利益を加算して僕らに売ろうとしてるんちゃうか。ところがそのダフ屋も切符持ってへん。持ってる奴を探し回って、ほんでこんなに時間かかるんとちゃうやろか』


 などと妄想しとった。更に緊張と喉の渇きで、体はいよいよ限界に感じてくる。

 

 陳、早よ帰って来んかい。


 と思てたら、陳が別の男を連れて帰って来た。


「マフィアさんのボスです」


 その男は中年の小太りで、日本のその筋の組織で言うと幹部くらいの風格や。男は僕らの向かいの椅子に座り、なんも言わんと切符を机の上に置く。なんと硬券切符や。


「これが切符です」

「ほんで、なんぼなん」


 しんどくなってきたんで、早々にお金を払ろて外に出たい。

 陳は立ったままで、机の切符を指差す。


「えーっと、100元です」

「100元? 切符には40元って書いてあるやん」

「ちょっと高過ぎるんとちゃう」

「いえいえ、マフィアさんの値段です。100元は安いです」

「100元はぼったくり過ぎやろ!」


 多賀さんは怒鳴どなった。

 そしたら幹部の男は、ふところから紫色の袋を取り出し、それを切符の横にそれを置く。


 ゴトッ!


 その音から、袋の中身は何か容易に想像がつく。


 これはやばい。ほんまにやばいんちゃうの。死ぬのは嫌やで。


 今までにない緊張感が走る。


 もうお金払って、さっさと出ようや。これ以上ゴネたら、お金払うだけでは済まへんようになるわ。


 そう思って多賀先輩の顔を見ると、「しゃあないし払おか」って顔やってホットした。


「わ、わかったわ。100元払ろたらええな」

「はい、100元です」

「中国のお金でええんか」

「はい、人民幣レンミンビィでいいです」


 上海港で両替した50元札1枚と10元札5枚を、そっくりそのまま机の上に置く。そして恐る恐る紫色の袋の横の切符を掴んだ。


「毎度ありがとうございます」

「毎度おおきにって言うんや! それから、このコーラはなんぼやねん」


 陳は、幹部の男とこそこそ話す。


「コーラは、サービスです。マフィアさんのサービスですから、お金はいりません」

「高いコーラやのう」


 そう言うて荷物を持ち、さっさと階段を下りた。


 ああ怖かった。でもこれで切符ゲットや。命もあるし、これからも旅を続けられるわ。


 多賀先輩と喫茶店の外へ出た。外の空気は涼しくて気持ちええ。解放されたからそう感じたのかも知れん。

 外では、美穂が一人で待っててくれた。。


「おかえりー。切符買えた?」

「おお、買えたで。ちょっとぼったくられたけどな」

「でもよかったやん。結構遅いなぁって思ててん。もう少しで警察行くとこやったわ」

「そうか、ごめんな遅なって。それで美穂の方はどうやったん。何かええもんあった?」


 美穂が心配するとあかんと思て、あぶなかったことには触れんように話を切り替える。


「ジャーン! これ買うてん」


 なんと、紙袋から出てきたのは赤いチャイナドレス。光沢があって、金糸で花の刺繍がしてある。


「なぁ、ええやろ。試着したら、めっちゃ気に入ってん。安かったし買うてしもてん」


 チャイナドレスを体にわせて、見せてくれる。


「ええやん、かわいいやん。似合てるわ」

「うわー、美穂ちゃんええの買うたなぁ。後で着てみてや。写真撮ろうや」

「ああ多賀先輩! 僕が撮りますさかい」


 なんか美穂をいやらしい目で見てたし慌てたわ。あ・か・ん・で、多賀先輩。


「僕の彼女やで」


 って心の中で叫んだ。


 そやけど早よ見てみたいなぁ、美穂のチャイナドレス姿。絶対セクシーやぞ。楽しみやなぁ。


 どっか着替えられるとこないかなぁ。そや、駅行こ。トイレで着替えたらええわ。



「ほんなら切符も手に入ったし、駅へ行きましょか」

「よっしゃ、取り敢えず駅行って落ち着こか」


 切符を手に入れられた事と、美穂のチャイナドレスのおかげで、さっきまでの不安と緊張が一気に消し去った。なんか楽しなって来たわ。


 僕らは駅へ向かって歩いて行った。



 つづく

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