喪に服した鴉は三千世界の夢を見る

今朝下ろしてもらったスーツは赤黒く染まっている。喪服のような黒は、悼んでいるようで痛んでいなかった。

這いつくばっているものを足で転がす。天を仰いだそれは、とても醜い顔をしている。屈んでのぞき込むが、その顔が変わることはもうない。


「おい」


一応、確認のため、念のために、声をかけてみた。それは、何の反応も返さないし動かない。その顔に足をかけて、グッと体重をかける。肉を踏む感覚が足の裏から伝わって、何の反動もないのを確認したのだった。

何の反応もないその体を、ずるり、ずるりと引きずる。引きずった。

河岸まで引きずって、足で蹴り転がす。ドボン、という音と共にそれは沈んでいく。しっかり沈んでいったのを確認してから、携帯を取り出す。

もうこの携帯もいつまで使えるのだろうか。随分と長いこと使っていたような気がする。それぐらいにはボロボロだし、反応も鈍い。一つボタンを押すと、ワンテンポ遅れてアドレス帳が開かれる。ああ、なんでこんなに遅いんだか。


「もしもし。鴉です、終わりました」

『そうか。もう帰っていいぞ』

「はい」


無慈悲にぶつりと切られた携帯からは、ツーツーと無機質な音が流れている。

沈みきってしまった水の底をのぞき込む。淀みきってしまったこの水では、何も見えなかった。使い込みすぎてボロボロになった携帯をその水へと放り込んだ。

とぷん、とさっきより軽い音を出して、さっきより早く沈んでいった。もう何も見えない。


「はやくこうするべきだったんだ、きっと」


屈んで手を合わせる。きっと沈んでいったそれは、俺を恨んでいるだろう。こうしたところでそれは変わらないだろう。

河岸から離れて、赤黒いスーツのまま、まだ白んだ街へと向かった。

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いくつかのはなし 武田修一 @syu00123

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