刮目せよ魂

「諦めたら?」

 その言葉にカッとなって、手を上げた。目の前でその言葉を吐いた女に。その女は、あっという間にバランスを崩して床に座り込む。叩いた頬は赤く腫れている。その色だけは美しいというのに、女は死ぬほど口が悪かった。

「………なにすんのよ。本当のことでしょう」

 本当のことだとしても、言っていいことと悪いことがあるのだ。そう言いかけてやめる。どうせこの女には、言っても伝わらない。暴力は良くないが、話のわからないやつに何を言っても無駄だ。

 ふつふつと湧き上がってくる怒りのままに、崩れ落ちた女の髪を掴み、ふてくされた顔を無理矢理上げる。こちらを睨みつける目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ちていく。虚勢を張っているだけの女だ、私からしたらただの女なのだ。座らせる形で髪を離した。

 目から頬から、胸へと涙が滑り落ちていった。だらしなく開けられたシャツのせいで生白い肌が見えている。下着も少しだけ確認することができた。涙がこぼれ落ちた白い肌は美しく、艶めかしい。

 女に欲情していることが、この女に伝わるのが嫌で、そこら辺にあった水の入ったバケツを自分にかけた。

「………やばいやつ」

 女がぽつりと言う。いらいらとする言葉しか吐かないその口は、リップすら塗っていないというのに赤くて柔らかそうだ。女の肉はどこもかしこも柔らかいのだろう。見ていれば触らなくともわかる。触ってしまったら理性など吹っ飛んでしまう、きっと。

「なにがしたいのよ」

 女が震える声で言った。

 なにがしたいのか。それは私にもわからない。ただこちらを逆撫でするような声で不快な言葉を吐くというのに、外見だけは私好みで私を誘っているようにしか思えないこの女をどうにかしてしまいたいのかもしれない。この感情は矛盾している。この女の性格は愛せないが、この女の身体は愛せるのだ。

「やめて」

 弱々しそうに言った。私の手は、女の服を脱がし始めていた。

「ああ、そうか。これは、」

 ぽつりとつぶやきかけてやめる。

「やめて!」

 体温が上がるのがわかった。そうだ。私はこれを手に入れることができる、いとも簡単に。女はぼろぼろと涙をこぼしながら、やめてと繰り返している。抵抗らしい抵抗もせずに。

 邪魔なストッキングを破って、白い肌をむき出しにする。どこまでも白い肌はまるで陶器のようで、触ると柔らかい。温度は冷たくなっていくのに、柔らかさだけはそのままだから人間というのはすごい。生きていれば柔らかいのだ。死んだらきっと陶器になってしまうだろう。それもそれで美しいのかもしれない。ああ、見たいなあ。触ってみたいなあ。

 女の首に手をかける。

「ぐっ」

 醜い音が女の喉から聞こえてくる。でも、顔だけはきれいだ、生に執着する女の顔だ。目の光が失われていくというのに、美しさが増していく。ガラス玉がふたつ入っているようだ。

 少しだけ手に込めていた力を緩めると、目に光が戻ってくる。生きようとする強い瞳でにらまれる。

 ぞくっとする。これが欲しかった。欲しかったのだ。


 ―――ああ、刮目せよ!これが魂だ!


 私は、手に力をぐっと込めた。


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