第24話 羽化登仙


 それはアレスジェネシスが人だった2030年頃だ。

 50代であったアレスジェネシスは、自身のとある研究施設にいた。そこには原子サイズナノマシン加工システムと、2022年にとある大問題を起こした無限空間演算器、セフィロート・システムのコアであるバオバブの樹のような構造物を前に、イスに座って額を抱えていた。

 アレスジェネシスになる前の彼の名は、山中 充。後々にMYと呼ばれるようになる。

 

 MYは、自分の頭部に被せた脳とシステムを直結させるダイレクト接続であるサングラス型の端末を外して、座っていたイスから立ち上がり、セフィロート・システムのコアの前を左右に行ったり来たりする。


 ナノマシン加工システムの製造槽の中には、とある物体が浮かんでいる。

 それは、白い結晶のような塊で、脳の形をしている。

 AI《人工知能》を越えたDI《人工知性》の完成した雛形を前に、MYは渋い顔をする。

「やはり…これまでが、限界か…」


 MYは原子サイズを自由自在に組み替えるナノマシン加工システムを使って人類のような知性あるシステムを構築した。


 これの元になっている技術は、メタトロン極小機械群システムだ。

 メタトロンは、0.2ミリメートルから0.5ミリメートル

 つまり、500マイクロメートルの小型機械が集まって一つのシステム、機能構造物を作り出す技術だ。

 生命の細胞よりか、十倍も大きいが、人類にとっては革命的な素材だ。

 メタトロンで構造物の例を挙げると飛行機を作るとして、メタトロンは供給されるエネルギーに比例して強度を増す。そして、何より、内部でエネルギー加速を行い、重力を中和する反粒子も生成する。

 今まで空気の抵抗の圧力差を使った飛行ではない。質量をゼロにする効果によって、どんな形でも飛ぶ事が可能な飛行機を作れる。

 更に機体の強度は供給する動力炉の出力によって高まる。つまりエネルギーさえあれば無限の強度を誇るのだ。

 まあ、供給が止まってもメタトロン同士の接続力で超高力鋼に近い強度まで維持可能だ。

 まさに、新たな材料革命。MYが作り出したナノマシン加工システムによって叶ったのは言うまでも無い。


 だが、MYには更に上の望みがあった。

 それは…ネオデウス《高次元装甲》やデウスマギウス《万機能素材装甲》の創造だ。

 その切っ掛けとしてデウスエクスマキナ《次元収納装甲機》を作り、それを更に進化させ、DIのシステムを作り出したが…。

 そこまでが限界だった。

 

 MYは眉間を押さえる。

「ミズアベハと接触してゾディファール・セフィールを持ち、それによって原子サイズのナノマシン法則を作り出したが…」

 望むべくの高次元、神威の領域の力を仕様するシステムが作れない。

 これは後々の人類にとって必要なシステムだ。

 宇宙に飛び出し、そして…別の並列時空へ渡るに必要な技術だ。

 人類は、原子サイズのナノマシン加工システムを使えば宇宙に広がるなど、容易いだろう。だが、その先がある。

 そこから飛び出すには…力も技術も、何もかも足りない。


 MYはセフィロート・システムのコアに触れて、ネオデウスとデウスマギウスの設計図を立体映像で投影させる。

 設計図をMYは睨む

「素材が…ない」

 

 結局の所、ネオデウスとデウスマギウスに使える新素材が作り出せない。

 ここが自分の限界だった。


 MYは皮肉な笑みをして

「何時もこれだ…。未来が開けたと思った次に、絶望しかない。所詮、私の人生は希望こそが絶望で、絶望こそが希望なのだなぁ…」


 MYは傍にあったイスに腰掛けると、通信の立体画面が出る。

 弟からだった。

 自分の作り出したナノマシン加工システムの商売関係を任せている弟アキトからの通信だ。

「なんだ?」

『なあ、お兄。なんであの子を断った?』


 アキトが言っているのは昨日に出会った二十歳半ばの女性に関してだ。


 アキトは呆れた顔を向け

「あの子は、相当にお兄の事を知って、楽しみにしていたんぞ! それを会って喫茶店に入って話して三十分で終わりって、失礼にも程があるぞ!」


 MYは弟アキトの画面を横見して

「気が合わなかった。それだけだ」


 画面のアキトは額を抱えた後

「じゃあ、もう一回、会えよ。向こうは、何か失礼をしたと…連絡があって、再度、セッティングしてくれって言っていたぞ」


 MYはイスから立ち上がり、ナノマシン加工システムの前に立ち、タッチパネルを操作しながら

「無駄だ。意味がない。断って置け」


 画面のアキトは苛立ち気味に

「あああ! そうかよ! じゃあ、お兄から断れよ!」


 MYは平然と

「分かった。連絡を入れる」


 画面のアキトは項垂れ

「なあ、お兄…何回目だ? いい加減、結婚を考えてくれよ」


 MYの視線は鋭くナノマシン加工システムを見詰めたまま

「アキト、私はもう50代だ。結婚なんぞに意味は無い。今の時代は、結婚は個人の自由だ。するもしないも個人の自由と責任だ。私は結婚しない責任を取るだけだ」


 画面のアキトは真剣な眼で

「もし、お兄が結婚しないで、お兄の直系を遺さないと世界が滅びるぞ」


 MYはナノマシン加工システムを見詰めたまま皮肉に笑み

「世界の税収が低下するだけだろう。そんなの知ったことか」


 画面のアキトは淡々と告げる。

「ヨーロッパに五千兆円、アフリカに三千五百兆円、中東に一千五百兆円、インドに二千五百兆円、東南アジア諸国連合に三千兆円、日本に二千兆円、アメリカ合衆国に三千五百兆円、南米諸国連合に三千五百兆円…総計2京4500兆円をお兄は、ナノマシン加工システム関連で納税している。お兄が亡くなると、その税収が一気に消滅する」


 MYは淡々と

「それで? ナノマシン加工システムが世界に残っている。それで十分だろうが」


 画面のアキトが頭を振って呆れ

「収入の九割を納税する世界最強の金持ちは、お兄しかいない」


 MYは淡々とナノマシン加工システムを操作しながら

「だから? 私がいなくなっても、後釜は幾らでもある」


 画面のアキトは鋭い目で

「お兄の後釜がいなくなると…お兄が作り出したシステムを巡って世界戦争が勃発する。俺は、それを押さえる程の力量はない。だから、お兄の血を受け継いだ遺産を受け継ぐ者を遺してくれ。俺の為にも、世界の為にも」


 MYは、腕にある通信画面のスイッチを触り

「アキト…一つ言おう。私には普通の家庭を持つという力は備わっていない。始めから機能として持っていない。才能がないヤツに、無理矢理に才能を与える事は不可能だ」


 画面のアキトは苛立ちに頭を振って

「じゃあ、どうすればいいんだよ!」


 MYはフッと笑み「諦めろ」と告げて通信を切った。その後…。

「アキト。お前は両親と同じだ。私の理解者ではない。お前が両親と同じ事を言っても私には届かない。なぜなら、私とお前と両親は違う人間だからだ。お前にとっての絶望は、私にとって希望なのかもしれない。残念だが」


 MYは自らの希望、ネオデウスとデウスマギウスの研究を辞める事にする。

 そして、完成したDIのシステムを運搬ケースに入れる。

 まずは、太平洋沖にある全長50キロの人工島船に運び、様々なテストをするつもりだ。

 MYは諦観した笑みを浮かべる。

 所詮、自分の望みは叶わない。夢は叶わないのが世の常だ。

 光が見えた先には、底なしの絶望があり、その絶望に慣れたら、以外に絶望の底は浅かった。

 人は生きる事が最終目的、生きてさえすれば良いのだ。

 何の為に産まれたという問いかけに意味はない。

 そんな事を考える事さえ、高慢な事だ。

 

 なぜ、生きるのか? 簡単だ。生きる為に生きる。

 それが生命の最上命題なのだ。


 その課程として、MY、山中 充はミズアベハに接触してゾディファール・セフィールを持ち、そのゾディファール・セフィールを使って、原子サイズのナノマシン法則であるアーベル型ナノマシン加工システムを作り出し、世界に広めた。

 それによって人類の文明が爆発的な加速をして、将来、人類は宇宙へ広がるだろう。


 MYが絶望したこの瞬間こそ、今後、この世界が…魔法文明アースガイヤへ続く道になる。

 そうなる筈だったが…パラレル・ワールドの分岐が訪れる。



◇◆◇◆◇◆◇


 MYは自分の絶望を受け止めつつ、気晴らしに行きつけのラーメン屋へ行く。

 何時もの様に、何時ものセットを食券機で買い、ラーメンの到着をカウンターで待っていると…

「もしかして、M&Y技術カンパニーの技術顧問 兼 副社長であります…山中 充さんですか?」

 

 MYは苛立ちを、声のした右に向ける。

 そこには青年がいた。MYの苛立った顔を見て顔を引き攣らせて。


 MYが苛立ちをぶつけて

「今は…プライベートなんだが…」

 そう、プライベートの時に商売の話を持って来るヤツがいる。そういう愚か者は洩れなく全否定の拒否をしている。

 

 青年は微笑み

「ええ…私もプライベートなので…」


「はぁ?」とMYは更に苛立ちのゲージを上げる。


 青年は困惑気味に

「あの、隣…いいですか?」


 MYが鋭く

「キサマの提案が全否定される覚悟があるならなぁ…」


 青年は肯き

「構いません。お話しだけでも…」


 この青年との話が無く。気晴らしで馴染みのラーメンを食べ終えれば、このままこの世界は…アースガイヤへ続く筈だった。

 だが、この青年との出会いで、アースガイヤへ続く分岐と、別の分岐へ分かれ道が生じた。


 青年がMYの左に座り

「私の名は王水 龍多ワンシェーロンド-です」

 MYはジロリと青年…王水 龍多を見詰めて

「中国教産党の手先か?」

 龍多は渋い顔をして

「貴方が独裁国家を仇敵と睨んでいるのは知っています。独裁国家は間違いを起こす。民主主義の審判がある国にしか原子サイズのナノマシン加工システムを配備しない。徹底していますからね。残念ですが…私は、共産党員ではありません」

 龍多は、懐から端末を取り出し、その画面をMYに見せる。

「ここが、私が祖父と一緒に研究している場所です」

 

 それは地下に建造された見事な宮殿の姿だ。

 

 MYは憶えがあった。

「もしかして…中国淅江省龍游市郊外で発見され竜游洞窟か?」


 龍多は驚きを向けて

「ご存知だったんですね…」


 MYはフッと笑み

「こういう遺跡には興味がある。まあ、超古代文明が大好きなマニアさ。中国共産党にケンカを売っているから見に行けないのだがね…」


 龍多が

「1992年、住民が底なし沼の水を抜いた事によって発見された巨大洞窟遺跡です。祖父が、この竜游遺跡の調査を長年していて、自分も…考古学者になって調査しています」


 MYはフッと笑み

「観光の案内か? それとも遺跡発掘の支援を? まあ、支援してやりたいが…その…そっちの国のトップとは…ケンカ状態で…」


 龍多が別の端末の写真をスワイプして

「いいえ、とあるモノの調査を…お願いしたくて…これです」

 その写真には、巨大な石で出来た一メータ半のロボットの肘から先の腕部のようなモノが写っていた。


 MYがそれを見詰めて

「なんだこれ? 何かの大きな石像の一部か?」

 写真の大きな腕には、傍に人がいるので、人が掴まれそうな程に大きい事が分かる。

 龍多は渋い顔をして

「その…最初は、我々もそう思ったのですが…。どうやら、違うようなのです」


「はぁ?」

と、MYは眉間を疑問に寄せた。


 龍多はとある画像をスワイプさせた瞬間、MYの顔が青ざめ驚愕に染まる。

 MYは、龍多が画像を捲る端末を奪い取って、その画像を睨み見て

「そんなバカな…これは…」

 そこには、自分が探し求めた素材のマイクロサイズを映した画像がある。


 龍多が眉間を寄せて

「それが…私と祖父を悩ませている。この…先程の大きな腕の像の表面をアップにした画像です」

 MYは驚愕のままに顔を固まらせ、あの一メータ半のロボットの腕のような石像の画像を戻す。

 MYは端末を置いて額を抱えてショックを受けている。

「そんなバカな…まさか…私が実現不可能とした技術の存在の…」


 龍多は端末を手にして

「この竜游洞窟の遺跡の奥で見つかった。大きな石像の腕を私達は…いつの時代か調べようと表面を削りました。

 水中にあったので、長年の水垢や苔の層をはぎ取ると…金属のような表面が出て来ました。驚きましたよ。

 水の中にあって一切、錆びていなかった。ですが…驚愕する事ではありません。

 始皇帝の兵馬俑坑には、高度な技術で作られた刀剣が多くありましたので…この程度の技術はあるだろう…と。

 ですが、サンプルを取ろうとして削ろうとしても一向に取れない。

 ダイヤモンドのドリルでも削りましたが、そのドリルが負けてしまいました。

 諦めてそのまま、運搬して表面を顕微鏡で見た次に…そのような複雑な模様が…」


 MYのショックは大きかった。

 直ぐに写った顕微鏡の画像が何なのか、直ぐに分かった。複雑な電子回路模様が幾重にも編み込まれ、所々に鋭角な十二面体の結晶と、その電子回路模様が繋がり装置を形成している。

 そう、自分がネオデウスやデウスマギウスの必要な素材と技術で、それが出来ていた。

 だから、MYは鋭い目で龍多に

「これを何処かに…知らせたか?」


 龍多はフッと笑み

「上に知らせても、偶々、そうなった自然物か偶然の産物程度しか取り合ってくれませんでした。ですが…私も祖父も…これは、人類を越えた存在が作った遙かな物体だと、確信しています」


 MYは皮肉気味に笑み

「人は、自分が認識出来る存在しか認めない。自分より高度な存在は理解できない。人は永遠に人のままでしかない。だが…希に、君や君の祖父のように上を分かる者達がいるが…狂人と言われる。愚かな事だ。人は自信がある愚か者の方が大好きなんだからなぁ…」


 龍多は嬉しそうな顔をして

「それを言うという事は…これが何なのか…分かるんですね」


 MYは持って来た自分のお冷やを飲み干し

「私が、実現不可能と諦めた産物がある。ショックだよ。本当に今日は…衝撃が多すぎて鬱になりそうだ」


 龍多が真剣な顔で

「それが分かる貴方に、これを託して良いですか?」


 MYは口だけの笑みで

「私が喉から手が出る程に欲しい存在なら、そちらの独裁者である共産党に売れば、大層な金が手に入るんじゃないのか?」


 龍多は

「私は学者です。それに中国に生きる人々全員が、あのような自分だけが肥える独裁者である共産党ではありません。純粋に、アレの正体が知りたい。そして…それが世の中の為に使われて欲しい」

 

 MYは横目の怪しい視線で龍多を見て

「人は、己の欲望に忠実だ。信じられない」

 

 龍多は笑み

「私の欲望は、世の中が良くなる事だ。世界を変えたナノマシンの皇帝なら…これを使って更に世界を良くする事が出来るんでしょう。だって貴方は、先程、自分が作るのを諦めた存在が目の前にあると言った。なら、貴方なら…人の世を更に進化させられる筈だ。コレを使って…」


 MYは肯き

「分かった。欲しい、調べたい。どうすればいい?」

 龍多が端末を捲り

「三日後、日曜日に船便で、これが日本に届きます。ですから…受け取りに来てください」

 MYが銀行と繋がる暗号端末を取り出し

「これは、礼金だ」

と、龍多の端末に近づける。

 礼金、額にして数百億単位が振り込まれようとするも、龍多はその銀行の暗号端末を遠ざけ

「要りません。その代わり、正体を…教えて頂きたい」


 MYは肯き、銀行の暗号端末を懐に戻し次にプライベートの端末を取り出し

「これが私の直通の連絡先だ。何か困った事があったら…」

 龍多も懐からプライベートの端末を取り出し

「正体が分かったら、連絡を…」

 二人は端末同士を接触させ、連絡先を交換した。


 その後、二人は色んな話をした。最近の中国の動向とか、日本の話とかだ。

 そうして、ラーメンを食べて別れた。


 MYは車に乗り自動運転で帰りながら、龍多の話を思い返す。

 ナノマシンシステムの恩恵が一切無い中国では、日に日に格差が広がり、地方では財産没収が始まって、嘗ての1970年代の社会主義国のような状態に戻りつつある。

 人は昔には戻れない。

 それに反発、または、逃げるように国境を越える亡命者が多発しているらしい。

 そんな事があるなんて、マスコミの報道はない。

 だが、ネットメディアでは多く取り上げられている。

 所詮は、マスコミも組織であり、権力者の一部になった。

 ネットメディアは、数多の者達がいるので、どうなるかは分からない。

 だが、組織になれば、所詮は、権力の一つと合一する。

 長いものには巻かれろ。それが人の性なのだ。


 そんな事とは無縁とは言えないが、遠い人物がいるMYだ。

 MYは、自身の作り出したナノマシン加工システムを使い国家や集団とは独立した、集団と国家と同等の力を持つ個人だ。

 まあ、この世界では、完全に世界のシステムに取り込まれているが…それでもその力は絶大、一人で国家、数多の軍団組織と同じ力を持っている。

 有史以来、人が求めて止まなかった。一騎当千なのだ。

 だが、それはフィクション、創作での話だ。そんな者が出て来た事に、結局は多くの人々が怯え始めた。

 眉唾な都市伝説にある、ボタン一つで核弾頭を発射できる権力者の恐怖が、現実に表れたのだ。



 ◇◆◇◆◇◆◇


 MYは、一人…家で考えていた。

 まさか、本当に自分が創造不可能とした存在、素材が出現するなんて…。

 興奮していたので、後で冷静になって裏を取ったが…王水 龍多に中国共産党や、どこぞの権力者達の影はなかった。

 両親が建て、後のローンを自分が払った二階家の居間で寝転んで考えていると、プライベートの端末にコールが来た。

 弟のアキトだった。


 MYは、端末を操作して、大型画面兼用のネットテレビのアキトを映す。

「どうした?」


 アキトが渋い顔で

「お兄、断った女の事なんだが…」


 MYは首を傾げ

「私から連絡はチャンと入れたぞ」

 

 アキトは項垂れ

「もう一度、会って欲しいって…さ」

 

 MYは嫌な顔をして

「50にもなるオッサンといて何が楽しいんだ? 断れ!」


 アキトは項垂れて

「なあ、お兄、彼女は…妻の雪菜も気に入るくらいに良い子だぞ」


 MYは皮肉に顔を引き攣らせ

「年齢差を考えろ20以上はあるぞ。気が合う事は無い。それは会って分かる」


 アキトは首を横に振り

「相手はそう、思ってないみたいだぞ。だからさぁ…チャンスをあげてやってくれないか?」


 MYは呆れで頭を振り

「いい加減に気付け、この世には、結婚出来る者と、出来ない者がいる。私は出来ない者だったんだ。ムリだ。断るのが嫌なら私から言って置くぞ」


 アキトが苛立ちな顔で

「お兄、インドの連中は、お兄のナノマシン加工システムで大発展した。その恩義を返したいって思っている連中がインドにはいるんだ。ソイツ等の為にも、結婚して子供を、家庭を作るってなってくれよ」


 MYは額を押さえ

「私の遺産は、お前とメイナちゃんとで分けろ。つまり…私の後はいない。そういう事だ」


 アキトは複雑な顔で

「いらねぇよ。俺はお兄がやってくれた事に関するナノマシン企業を抱えている。メイナちゃんの方も、お兄から…メイナちゃんの旦那と一緒にやったナノマシン素材創造事業M&Yを貰っている。必要ない」


 MYはニヤリと笑み

「なら、大丈夫だな。相続するも放棄するも自由にしろ」


 アキトは苛立ちの顔で

「お兄のナノマシン加工システム事業で、世界の大部分が運営維持されている。お兄が死んだら…世界が崩壊するぞ」


 MYは呆れ笑みで

「私が生きている間だけは、何とか出来る。私が死んだ後は知らん。死んだ後まで縛るなんて未来を生きる若人を苦しめるだけだ。大丈夫だ。何とかなる。それ程までに私は、人の悪意を信用しているからな」


 アキトが「はいはいそうですか!」と呆れ気味に告げ

「お兄が断って置けよ。彼女の事…」


 MYは笑み

「分かった。連絡して置く」

 通信が終わった。


 

 弟アキトは、日本軌道エレベーター運営会社の会長室のデスクで、兄との通信を終えて頭を抱えていた。

「全く…どうして…」

 その会長室には妻の雪菜もいた。

「どう?」

 アキトは苛立ちの顔を向け

「全く話にならん…」

 雪菜は座っているソファーの前にあるテーブルを見詰めて

「もしかして…半年前に離婚した事を…」

 アキトはデスクから離れ妻の雪菜の隣に座り

「どうだろう…お兄は、ダメージを受けているようには思えなかった」

 雪菜が苛立ちの顔を向け

「アキトは、鈍感なんだから。見えてないだけかもよ」

 アキトは額を抱え

「お兄としては離婚して、慰謝料として、アメリカで生産されるメタトロンの年間売り上げの八割を与える契約をしたんだぞ。年間6兆円の収入だ。しかも…税金は払い終わってのなぁ…。それでお兄は、スッキリしたと思っている。どうせ…お兄の実の娘じゃないんだから」

 雪菜は俯き気味に

「それでも…五年間も家族として、娘として愛したのよ。割り切れるとは…」

 アキトが厳しい目を見せ

「雪菜、お兄の怖さをお前は知らない。お兄は切り捨てるとなったら徹底的にやる。それは自分の心さえも切り捨てるように、鬼か悪魔になるくらいに…。だからこそ、皆がお兄の力を信望し畏怖する。そんな者だからこそ、人としての落とし所が欲しいんだよ。結局は女と子を成して、人の親になる。そうしなければ、お兄のような人達は、世の中には受け入れられない。そういう事なんだよ」

 雪菜が

「今度は、私がお兄さんを説得してみるわ。アキトが言うと当たっているように言うからね」

 アキトは肯き

「分かった。よろしく頼む」


 MYに人としての道を歩ませようとする者達がいたが…。



 ◇◆◇◆◇◆◇


 MYは約束の日、横浜の港に来ていた。そこには、王水 龍多がいた。

 龍多の案内で、船便の倉庫へ向かう。

 様々な書類にサインしている龍多に

「よく使うのですか?」

 MYが聞くと龍多が

「ええ…考古学の資料は、大きい荷物が多いし、なにより扱いが特別ですから。こういう事には慣れましたから」


 書類と検査が終わり荷物を受け取りに、荷物がある倉庫へ向かうと…フォークリフト・アーマーの両手に乗せられて、荷物が入った大きな木箱が運ばれる。

 MYは大きな荷台トラックを借りて正解だと思った。

 二メータ四方の木箱は、荷台のような場所しか乗らない。

 ゆっくりとその大きな木箱を運ぶフォークリフト・アーマー…人型のフォークリフトロボットスーツ。

 そして、それは起こった。

 運ばれる木箱から光が漏れる。

 周囲がざわめく。なんだ? どうしたんだ?  同じ作業をしている者達が驚きに近付く。

 そして、その場に荷物を下ろせとなり、運搬が中段する。


 龍多は自分が頼もうとした一メータ半のロボットの遺物の木箱が光を漏らしているのに驚き

「山中さん、すいません。ちょ」

と、MYを見た次にMYの体からも光が放たれているのに気付く。

「ええ…」

と、龍多が困惑する前に、自身から光が放たれる事に、MYは瞳を大きく広げて見詰めている。

「どうしたんですか? 山中さん?」

と、龍多が心配げに尋ねると、MYはニヤリと笑む。

「はははは…そうか! お前もそうなのかーーー」

 MYは驚喜していた。

「えええ」と龍多は青ざめる。


 MYは走り出す。あの龍多が持って来た存在が入る木箱へ。

 

 木箱の周囲では、困惑する作業員達が、どうしようと野次馬になっている。それをかき分けて同じ光を放つMYが木箱の前に来る。


 MYが光を漏らす木箱の前に来た次に、木箱が浮かび上がる。


 龍多も困惑する作業員達と共に事態を見詰める。


 MYが同じ光を放つ、浮かんだ木箱に触れた瞬間、光が互いに明滅する。それは共鳴しているようだった。


 木箱の板が勝手に剥がれてく。木箱が分解され、保護材がバラ撒かれると、そこには、あの一メータ半の大きなロボットの肘から先の腕があった。

 その一メータもある大きな手がMYに近付き、MYがそれに触れた瞬間、その腕の周囲にこびりつく汚れと垢が剥がれて、純白に輝く装甲の腕が出現し、その装甲の腕の全体が電子回路模様に明滅する。


 MYは、その純白の装甲腕の手に額を置き

「そうか…お前は…待っていたんだなぁ。出会うべき者をずっと、ずっと…」

 MYは涙した。

 それは、あの時と同じだった。

 とある山で、崩れた場所から出現したミズアベハに接触したMYは、光輝書(ゾディファール・セフィール)を得た事と…同じだった。


 コレもまた、MYに出会う事を待ち焦がれていた。


 MYはこれを運命の腕(ディスティニーアームズ)と名付けて、龍多から受け取った。


 そして…新たな希望がMYを満たしたが…それは新たなる絶望の幕開けでもあった。


 まず始めに、ディスティニーアームズを分析、それを複製出来るようにした。

 次に、人体との融合の実験を始める…必要はなかった。

 ディスティニーアームズとMYの親和性は当然の如く、当たり前のようにあった。

 故にMYは自分へ、ディスティニーアームズの素材、デウスマギウスを取り入れさせた。

 初期の人型のデウスマギウスが誕生する。


 そして、デウスマギウスの完成形の装甲体を二体、創造する。

 二体のRevolution Integer Automatic Reactant(革新型完全素体)

 三メータ半の巨体が、巨大なナノマシン液体の水槽に浮かんでいる。


 一つは、後々に融合するアレスジェネシスの体。

 もう一つは、それより更に進化させた躯体、白を基調とした黒のラインがある四メートル四方のアレスジェネシスの体より大きな装甲躯体に翡翠色の結晶多翼を背負い。

 四対の装甲腕が、脚部はスラスターとキャタピラが混ざったような形状。

 アレスジェネシスの体より禍々しかった。


 それを元にメタトロンタイプのナノマシンとデウスエクスマキナが融合した新人種、ガイヤシステム人種の研究に着手する。

 ガイヤシステム人種の製造の方法が完成すると、天使機(アイオーン)の研究も始めるも、やはり、人を基盤とした方が製造が早かった。


 だから、裏で自殺寸前の者達を探し出し、事を説明して協力を仰いだ。

 無論、強制ではない。断ればそれでいい。

 この時代、人がいる箇所には、MYがインドで成功を収めた社会的監視システムが至る所にあった。それによって、その傾向がある者達を探し出すのは容易だった。

 殆どの自殺は、人生が上手く行かない事への恨みや憎しみに近い絶望で自殺するので、カウンセリングを受けると良くなる。

 だが、それ以外、深い悲しみから来る自殺は、どうする事の出来なかった。


 そういう深い悲しみの者を探し出して、MYは接触、話をする。

 どうしても、女性の方が多いのは仕方ない事だが…。


「いいのかね?」

と、話をするMYの前には、ラファエルと似た赤髪の女性がいる。

 彼女は肯き

「はい。もう…私には誰もいませんから…」

 MYは腕を組み

「このアイオーン施術を受けると、君の記憶や君の人間としての機能は、アイオーン・コアによって変移して、人ではなくなる。つまり、全く別の存在になるという事だ。人としては死ぬという事だ」

 彼女は肯き

「はい。そうなりたいです。お願いします」

 MYは、彼女の性格分析を見る。几帳面で完璧主義、反面、マイナス思考になりやすい。所謂、典型的な良い人だ。だからこそ、多くの苦しみを抱える。

 世の中の大半は、鈍感で無知で、遠慮無しの人々だ。半分獣半分人のモドキが大多数だ。

 その中で彼女は、人としての部分が強すぎる為に、この世の中で生きているのに辛くなってしまった。

 まあ、ある意味、アイオーンになるには打って付けの人材だ。

 人しての規格を逸脱すると、獣のように己の欲に忠実になる愚か者が当然で。

 だからこそ、共感力が高い人物こそ、人としての規格を外れても、愚鈍な獣欲に支配されないで、理性と知性を持って過ごせる。


 一応、規定通りに二日待って、連絡を入れると意思が変わらないとして、様々な書類にサインして貰う。

 これが自分の意思であること。

 訴える肉親、または友人がいても裁判は本人が望む事ではない裁判拒否を…。

 財産は、法的な手段に準じるか、遺書によって行われると…。

 そして、遺書を書いて貰う。

 まあ、これを書いている時に考えを変えるなら、そこでストップだが…。

 アイオーンへの変移を受けた全員が、遺書を書いても意思を変える事はなかった。


 そんな事をやっていたら、弟アキトの耳に入り、太平洋沖に建造した全長50キロの人工島船に、アキトが怒鳴り込んで

「お兄! 何をやっているんだーーーー」

 MYは淡々と、彼ら彼女達がいるナノマシンポッドのスイッチを入れようとする。

 そのタッチパネルへ弟が手を叩き付け

「今すぐ、止めろ!」

 MYは淡々と

「これはお前の責任ではない。私の責任だ」

 アキトは兄の襟首を掴み

「人体実験だぞ!」

 その手に自分の手を重ねるMY、そして、その手がデウスマギウスの装甲の手に変貌した。

「はぁぁあ」と、アキトは怯えて離した。

 下がった弟アキトへ向いてMYが

「これが、私の望んだ事だ」

 MYの後ろには膨大な数のナノマシン水槽の円柱が並び、その中にデウスマギウス、アイオーン達、ガイアシステム人種となった者達が眠っている。

 MYは、彼を背に予言者の如く告げる。

「弟よ。見ろ、私の息子達と娘達だ。素晴らしいだろう」

 笑んだ兄の顔が狂気に染まっていると弟アキトには見えた。



 2035年、MYによって新たになったガイアシステム人種達は、MYと共に月面を開拓、火星へ向かいテラフォーミングを始めた。

 火星のテラフォーミングは、メルカバー(惑星防護機構)によって順調に進み。

 それを地球で見詰めるガイアシステム人種の旧来の人類ホモサピエンスは、脅威に感じていた。

 ガイアシステム人種には、旧来の人類を滅ぼすつもりはない。なぜなら、始まりであり、今後、同じようになるか、新たな可能性を秘めているからだ。

 だが、所詮は、賢い人(ホモサピエンス)という言葉を生み出した驕りの地球人、新たな人種が、旧来の自分達を滅ぼすという愚かな迷信を信じ始めて、2045年に始まる最終戦争の引き金を作り出す。

 そんな迷信を信じさえしなければ、地球人は、様々な宇宙人種を生み出す宝庫となったろう。

 結局は、理性無き愚かさを自覚しない事で、何時も悲劇を起こす。

 なぜなら、それが人類の、地球人のデフォだからだ。

 地球人は己より優れた者を理解できない。何時までの高慢という自信だけがある愚か者だった。


 MY…アレスジェネシスのやることは何時も同じだ。新たな可能性を探す事。それは希望と絶望が表裏一体なのだ。

 それは、逃れてきた別世界でも変わらない。


 アレスジェネシスは眼を覚ますと、何時もの天井がある。

「懐かしい夢だったなぁ…」

 デウスマギウスの巨体を反重力ベッドから起こして、背伸びをしていると、DIのセフィロスの立体映像が出て

「おはようございます」


 アレスジェネシスはセフィロスを見詰め

「そういえば、お前とは…どのくらいの付き合いか…」


 セフィロスは首を傾げ

「どうしたんですか?」


 アレスジェネシスは微笑み

「懐かしい過去の夢を見てなぁ…」


 セフィロスはフッと笑み

「そうですね。天帝が、デウスマギウスを完成させる頃からですね」

 

 アレスジェネシスが腕の一つで顎を擦り

「しかし…なぜ、12歳の娘のままなのだ?」


 セフィロスは淡々と

「この方が、立体映像を作るに少ない労力で済みますので。後、天帝の趣味です」


 アレスジェネシスは驚きに体を引かせ

「ワシは、ロリコンではないぞ!」


 セフィロスがニヤリと笑み

「赤子や、小さい子供が好きですから…。それが現れていると思います」


 アレスジェネシスは額を抱え

「自分の中に、そんなに犯罪者予備軍としての素質があると思うと…怖いぞ」


 セフィロスが

「はい。ですから、何か行動する場合には、慎重に我々に良く相談してください」


 アレスジェネシスが

「なぁ…それは…性的な嗜好に関して…だよなぁ。それ以外は、関係ないよなぁ…」


 セフィロスが

「……………では、次のご予定ですが」


 アレスジェネシスが

「おい、なんだ! その間は! どういう事なんだ!」

と、叫ぶもセフィロスは無視して事の進捗状況を報告する。

 

 本当に人間のようになってきた…とアレスジェネシスは痛感した。

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